154話 ネフライトの回想 Ⅱ
「どうだ?
力が欲しいか?」
頭の中に誰かからの思念が流れて来た。
それと同時に、兄が部屋に入って来たのだ。
しかし、いつもの兄と違い、仮面のような表情をしていたのだ。
そして兄の口が開くと、さっきと同じ言葉を発したのだ。
「力が欲しいか?」
兄の姿ではあるが、そう話しているのは兄ではない何者かである事は、すぐにわかったのだ。
「誰だ?
兄の中に入っているお前は・・・誰だ?」
私は声を震わせながら、小さな声で話したのだ。
「私は・・・この世界全てを作りし存在。」
そう言うと、手のひらの上に黒い煙のような物を作り出したのだ。
それは渦を巻いて丸い塊となると、あっという間に広がり私はそれに飲み込まれたのだ。
気付くと、私の寝ている場所と兄の姿をした何者かの場所以外は、真っ暗な闇となっていたのだ。
その吸い込まれるような黒い世界は神秘的にも感じたが、やはり恐ろしさがどんどん込み上げて来たのだ。
この世界を創りし者?
私が読んだ古の本の中に、そんな話が書いてあったのを思い出したのだ。
もちろんそれは、その本を書いた者の想像に過ぎないと思っていた。
この世界を生み出した、創造者が存在すると。
しかし、未だそれを裏付ける証拠は全く無かった。
何処かの魔人による魔法かとも疑ったが、目の前にいる者はブラック様でも敵わない超越した力である事を、頭では否定しても、身体が感じていたのだ。
・・・抗う事の出来ない存在。
「お前はブラックの元にいたいと考えているな?
だが、そうなる為には力が必要だろう。
その力を私が与えてあげようと、話しているのだ。」
「・・・しかし、私ごときに何故に力を?」
私は恐る恐る聞いたのだ。
この存在にとって、私に力を与えるどんなメリットがあるのか、全く想像出来なかったのだ。
「私にも・・・寿命というものがあるのだ。
万物は存在した時点で、いつかは終わりを迎えるのが自然の摂理なのだ。
寿命の長さが違えど、それは私とて変えることは出来ない。
だが、少しでも長らえる方法が無いかと考えたのだ。
私は意思としての存在。
物質的な物を持たないのだ。
しかし、私の寿命がつきかける時のみ、他の魂との融合が図れる。
それ以前では、私の意思の強さに耐えられる物質は無く、意味が無いのだ。
私はいずれブラックとの融合を図り、天から見下ろす創造者の立場から、地上に降り立ちこの世界を治める立場にと思っている。
ブラックは融合を図れる物質的な存在の中では、一番なのだ。
だから、その時が来た時に私の手伝いをして欲しいだけなのだよ。
ブラックにとっても、この世界全てを支配する王となるわけだ。
良い話と思うがね。」
「ブラック様の意思はどうなるのですか?」
「もちろん私と融合するだけで、消えることは無い。
どうだね?」
目の前にいる者の話は、とても魅了的に感じたのだ。
ブラック様が世界の頂点になる時に、私が隣にいる事が出来るなら・・・
その時、私はその思いだけに囚われていたのだ。
そしてブラック様の思いを考える事など無く、私は契約したのだ。
私が承知すると、目の前にいる兄の姿をした者は、私にある物を差し出したのだ。
小さな種のような黒い物で、それを含むように言われたのだ。
私は思い切ってそれを飲み込みと、自分の身体の異変に身構えたのだ。
しかし・・・何も起こらなかったのだ。
「強くなった感じがしません。
私は何を飲んだのでしょうか?」
私はすがる思いで、兄の姿の創造者を見たのだ。
私は騙されたのだろうか?
「お前の強さは鍛錬により増幅するのであろう。
何もしなければ今のままだが、鍛錬することで本来の何倍もの魔力と力を短期間で得られる物だ。
あっという間に、この兄達など抜かしてしまうくらいのな。
それに、急に魔力が増えたのであれば、周りに警戒されるであろう。
お前が本気で力を得たいのであれば、鍛錬を積むことだな。
そして、ブラックを守るのだぞ。
もちろん、これは契約だ。
私の手伝いを断るのであれば、力は返してもらうまでの事だ。
そして、これは他言無用である事はわかるであろう。」
そう言い終わると、兄の身体がゆっくりと足から崩れたのだ。
気付くと周りにあった闇が消えて、元の部屋に戻っていたのだ。
そして・・・私は今ブラック様の隣にいる事が出来たのだった。
○
○
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・・・ついにその時が来た。
それまでブラック様が安心して過ごせる場所を提供し、お守りする事が私の役目。
ブラック様は私の予想以上に魔人としては強い存在となられ、私がお守りする事は無かった。
しかし、異世界から来た人間の娘に翻弄され、心を痛められた事もあり、その点は私では癒す事が出来なかった・・・
そして今また、心を悩ます存在の娘がいる事が、正直心配の種なのだ。
今は良くとも、寿命の短い人間と同じように時間を過ごす事が出来ない事で、悩まれる時が必ず来る。
私はそんな小さな事で悩まれるブラック様を見たくはないのだ。
しかし、創造者と融合する事でその力を得る事が出来れば、ブラック様はこの世界全ての頂点になるはず。
悩む事も無くなるのかもしれない。
・・・今のブラック様は、魔人の王ですらいつでもやめて良いと言っておられる。
しかし、私はそんな事をさせたくないのだ。
それは私のエゴだとわかっている。
私はブラック様に憎まれても、消滅させられても構わない。
ブラック様が唯一の存在となって頂けるなら、喜んで命を差し出したいのだ。
私はこの日が来るのを、そう思って心待ちにしていたはず。
・・・だが、何だろう。
この心にある迷いは・・・
ネフライトは結界のキューブを大事にしまうと、森の奥に消えて行ったのだった。