152話 正当防衛
私達はマキョウ国の小さな部屋に閉じ込められた。
窓のないとても殺風景な部屋で、ソファだけが不自然に置かれていたのだ。
何だか、こんな事にしか使えないような部屋・・・
マキョウ国の王は、勝手な言いがかりをつけてこんな部屋に閉じ込めた訳だが、きっと理由は何でも良かったのだろう。
私を拘束する事が出来れば・・・
部屋の中では、カクがブツブツと何か言いながら、青い顔をしてウロウロしていた。
シウン大将は床にあぐらをかき、目をつぶってこの状態の打開策を考えているようだった。
小さなドラゴンの姿のアクアは、退屈だったようで床に転がって昼寝をしていたのだ。
私はそんな呑気な姿を見て、そろそろアクアに動いてもらおうかと思ったのだ。
その時、扉からガチャという音がすると、重たい扉がギーっと開いたのだ。
そこにはザイルが立っていたのだ。
王や衛兵と一緒ではなく、一人のようだった。
「衛兵には外すように伝えました。
今のうちに、逃げてください。」
「どうして貴方が・・・」
私は思ってもいない言葉が出てきた事に、とても驚いたのだ。
ザイルはすでにあの『闇』の創造者の指示のもとに動いていると私は思っていたのだ。
しかし、そうではなかったようだ。
だとすると、マキョウ国の王だけが・・・
ザイルはため息を吐くと、王について話し出したのだ。
「王になる前の彼は、あんな感じではなかったのです。
私の家は代々、王族と遠縁にあたる彼の一族を影で支える立場にありました。
ですから、表立って事を起こす事はなく、あまり存在を知られないような生活をしていたのです。
しかし、即位後は影という訳にもいかず、私も表に出る機会が増えてしまいました。
ただ、彼を支える事には何も変わりがないのですが。
しかし・・・王になってから、人が変わってしまったのですよ。
子供の頃から世話をしておりましたが、彼はとても臆病で人前で何かを話す事さえ、うまく出来ない方でした。
王に即位する事自体をとても不安に感じていたのですよ。
まあ、当たり前でしょう。
これまでの長い年月、王位継承とは遠すぎる立場でしたから。
それが、即位してからというもの、別人のようになったのです。
今では臆病などころか、誰の前でも自信に満ちた態度。
それだけなら良かったのですが、誰の意見にも耳を貸さず、この国の独裁者にでもなったように感じます。
今の王に逆らえる者などおりません。
昔から知っている私の言葉すら、聞こうともしないのですから。
それに何故か強く意見を言う者は、不慮の事故などで命を落とす者も出てきて・・・
王位継承についても、まるで誰かがお膳立てしてくれたかのように、あっという間に決まった次第です。
誰かが引いたレールに乗せられてるような・・・
何者かは分かりませんが、何処かに王の指南役がいるのではと私は思うのですよ。
今回、舞殿に会いたいという話も急な事でした。
それに皆様を軟禁するという事は、サイレイ国と争いになるくらいの大それた事なのに・・・
いったい何を考えているのか。
正直、今の王が恐ろしいのですよ。
・・・とにかく、急いでここを」
そう話し終わった時、後ろから衛兵と共にマキョウ国の王が現れたのだ。
「ザイル、いったい何の話をしていたのだい?」
マキョウ国の王は疑いの目でザイルを見たのだ。
「いえ・・・体調が悪い事は無いか、伺っていただけで・・・」
ザイルは言葉を濁したのだ。
「ふん・・・まあ後でじっくりと聞くとしようではないか。
とにかく、私はまだ舞殿から話を聞いていないのでね。
勝手に帰られたら困るんだよ。」
王はそう言いながら、ニヤニヤとした不快な表情を浮かべたのだ。
「いったいどう言うつもりですか?
私は王妃に何もしていませんよ。」
「ああ、王妃の体調は心配は無いようだよ。
しかしだね、舞殿・・・貴方は我々の国にとってはとても脅威なのですよ。
貴方の使う薬は全てを滅ぼしかねない。
いつその刃が私に向かってくるか、わからないではないか?
私はそれが怖いのですよ。
だからこそ、我々の元に置いておきたいと思いましてね。
どうでしょう・・・我々に協力してもらうと言う事は?
舞殿から良いお返事がもらえれば、他の皆さんにはすぐにサイレイ国に戻っていただいていいのですよ。」
そう言うと、勝ち誇ったような品のない笑いを浮かべたのだ。
私は余計不快感を増して睨んだ時、私より早く声を上げた者がいた。
「何を言っているのです。
舞殿は我サイレイ国の薬師として勉強しているお立場。
そして何より、後見人は我が国の薬師取りまとめのケイシ家ですぞ。
それに、この国に一人留まるなど、あり得ない話ですな。」
目を瞑って黙って聞いていたシウン大将は、立ち上がり私の前に出てそう叫んだのだ。
「私は貴方に協力するつもりはありません。
もちろん、貴方の裏にいる者にもね。」
私がそう言うと、マキョウ国の王は表情を変えて私を見たのだ。
「なぜそんな事を・・・」
「とにかく、ここに留まるつもりは無いわ。
アクア!」
私はウトウトしているアクアにそう言って、叩き起こしたのだ。
アクアはビクッとして起き上がると、私を見て自分のやるべき事を理解したのだ。
アクアはすぐに小さな翼をパタパタと羽ばたかせると、あっという間に巨大化していったのだ。
周りにいた私以外の者は驚いて声も出ないようだった。
そして、部屋の壁だけでなく、城の城壁の一角を破壊しながらアクアは本来の大きさに巨大化したのだ。
私は崩れ落ちてくる瓦礫から避ける為、カクとシウン大将をアクアの翼の下に呼び寄せたのだ。
シウン大将はすぐに理解して、青い顔で固まっているカクを促し、私の元に連れて来てくれたのだ。
マキョウ国の王は驚いて床に座り込み、口を開けて立ち上がる事が出来ないようであった。
ザイルも目を見開いて私達を見ていたが、少しホッとした表情に見えたのだ。
私達が閉じ込められていた部屋は、城の端の方だったので、アクアはそのまま飛び立てるようだった。
私達がアクアの翼に乗ると、アクアは口を開き炎を一吹きしたのだ。
城の一部が黒く焼けこげ、兵士達が逃げ惑うのが見えたのだ。
アクアがもう一吹きしようとするのがわかったので、私はアクアを止めたのだ。
「アクア、もうやめて!
サイレイ国の城まで向かって。」
さて、これから何てオウギ王に話したらいいものか。
城を壊してしまった訳だし、マキョウ国も絶対に何か言ってくるはず。
場合によっては、攻めてくる可能性も。
今更ながら、サイレイ国に迷惑をかけてしまった事を後悔したのだ。
もっとスマートに逃げる方法があったかも・・・
かなり気が重くなったのだ。
私がため息をつくと、私を気遣ってかシウン大将が声をかけてくれたのだ。
「舞殿、心配はいりませんよ。
私が、オウギ様にはちゃんと話しますので。
今回は正当防衛です。」
そう言って元気づけてくれたのだが、やはり気が重かったのだ。
横にいるカクはホッとしているのかと思ったが、高い所が苦手なようで、やはり青い顔をして掴まってるのがやっとのようであった。