145話 黒い塊
舞やブラックが晩餐会に出席している間、ユークレイス達は別の部屋で控えていた。
そこでも食事や飲み物がふるまわれており、今回出席した各国の王に仕えている側近達が、一つの部屋に集まっていたのだ。
ユークレイスは静かにお茶を飲みながら、周りの心の声に集中していた。
トルマはキョロキョロと、各国の側近に目を向けていたのだ。
そこには、いざと言う時に王や王妃を守れるような頑丈な体格をしている者や鋭い目つきで周りを警戒している者など、それなりの精鋭が同行しているようだった。
ユークレイスはマキョウ国の側近であるザイルに目を向けたのだ。
以前、マキョウ国で彼を見かけた時は、彼の考えが読めないどころか、こちらの場所を探知されそうになるほどの危険人物と感じたのだ。
しかし、今ここにいる彼は全くと言って普通の人間であり、警戒すべき存在には感じられなかったのだ。
彼の考えは容易に知ることもでき、以前との違いにユークレイスは違和感しか無かったのだ。
トルマはユークレイスと違い、自分よりも強そうな者を探していた。
魔力に頼った力ではなく、武人としての強さを高めたかった彼は、人間であるがシウン大将のような素晴らしい者がいないかと辺りを伺っていたのだ。
そんな時である。
晩餐会を行っている会場の扉がバタンと急に開いたのだ。
そして多くの人々が叫びながら外に出てきたのだ。
その声を聞いて、別室に控えていた側近達が何事かと急ぎ晩餐会の部屋に向かったのだ。
ほとんどの王族は部屋から出てきて、皆混乱している様子だった。
ユークレイスとトルマも部屋に向かうと、そこには数人の者が何かを見上げていたのだ。
その中にブラックや舞がいた事で、二人はとりあえずホッとしたのだ。
しかし、その視線の方に目を向けると、大きな黒い塊が浮かんでいたのだ。
そして下には何人かが倒れていて、よく見るとマキョウ国の王もその中の一人で、意識はないように見えた。
傍で、マキョウ国の王妃が顔に両手を当てて真っ青な顔で立ちすくんでいたのだ。
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ユークレイス達が晩餐会の会場に入る少し前の事である。
ブラックは舞の様子がおかしい事に気付いた。
「舞、顔色がすぐれないですよ。
具合が悪いのですか?」
私が舞に声をかけた時、じっと一点を見て何やら考えているようだった。
「ああ、ごめんなさい。
大丈夫よ。
こんな場所初めてだから、少し疲れただけだと思うわ。」
そう言って、ニコリとした。
「・・・何か飲み物をとってきますね。」
舞は私を心配させまいと元気そうに振る舞ったが、微笑んだ表情とは違い、やはり何かを考えているようだった。
舞の事なので、必要があれば私に話してくれる事だろう。
今は詮索することはやめたのだ。
私が飲み物を持って舞のところに戻ろうとした時である。
窓際に座っていた女性が悲鳴を上げたのだ。
その方向に目を向けると、太く大きないくつかの足をカサカサと動かし、白い糸のようなものを出した生き物がこの部屋の天井に佇んでいたのだ。
それはまるで宙に浮いているように見えた。
しかし、このような生き物はこの世界には存在しないはず。
なぜここにいるのかががわからなかった。
とにかく、その大きな蜘蛛のようなものの元に急いだのだ。
すでに舞も近くにいたが、金色の弓矢を手に持ち、狙いを定めていたのだ。
しかし、白い糸に体を拘束されて、天井から吊られた状態の者が数人いたのだ。
意識はあるが体を動かす事が出来ず、もがいているような状態であった。
オウギ王は事態が深刻であると考え、扉の外の衛兵を呼ぼうと試みたのだが、扉はすでに白い糸に囲まれていて開けることは不可能であった。
「何と言う事だ。
こんな怪物が現れるなんて・・・一体どこから!」
オウギ王が力一杯扉を叩いたり蹴ったりしたのだが、蜘蛛の糸で覆われた扉は衝撃が吸収されるようで、外にまで音が響く事は無かったのだ。
確かにここは密室のようなものであった。
とにかく私はこの化け物を消滅させようと、左手を向けたのだ。
しかし、この大きな蜘蛛は糸で拘束した人間達を盾にするかのように、自分の前に集めたのだ。
これでは人間達にも被害が及ぶかもしれない。
私はどうしたものかと考えていると、狙いを定めていた舞が矢を放ったのだ。
そして、拘束された人間達を上手く避け、黒い的に当たったのだ。
すると、優しい光がその蜘蛛の化け物自体を包み込んだのだ。
さっきまでサカサカと多くの足を動かす音が響いていたのだが、あっという間に動きが止まり静かになったのだ。
「今のうちに、みんなを下ろして!」
私は舞が言う通り、白い糸に触り力を込めたのだ。
すると、白い糸は黒い塊となりパラパラと砕け、捕まっていた人達を下ろす事が出来た。
そして、白い糸で囲まれた扉に目を向け、同じように糸を黒い灰に変えたのだ。
オウギ王が扉を開くと、我先に部屋を出ようと多くの者が叫びながら扉に集中したのだ。
私は舞の薬で眠ったままの大きな蜘蛛の怪物を消滅させようと、左手を向けた時である。
舞が叫んだのだ。
「待って!
これが元々いたところを私は知っている。
なぜここにやってきたかわからないけど、元の場所に戻してあげたいの。
ブラック、結界に取り込むとかは出来るかしら?」
明らかに、黒翼国の地下の森の事を言っているのだと、すぐにわかった。
「出来ると思いますよ。」
私は小さなキューブ状の結界を作り出すと、その大きな蜘蛛めがけて投げたのだ。
するとその蜘蛛を囲む結界ができ、あっという間に元の小さなキューブの大きさになったのだ。
どう考えても、誰かが意図的にこの怪物を持ち込んだ事は間違いないのだ。
しかし・・・翼国は魔人の国を通らないと行く事は出来ないはず。
しかも、今は私の作った結界で簡単には出入りできないのだ。
では、一体誰がこんな事を・・・
舞を見るとその黒い瞳は力強く、やはり何やら考えているようだった。