144話 忠告
マキョウ国の王は舞を舐める様に見た後、ニヤリとしたのだ。
「よくご存知ですね。」
私は顔をしかめて、一言だけ低い声で答えた。
すると、マキョウ国の王はニヤニヤしながら小声で話し出したのだ。
「ああ、実は先日起きた、薬師大学校での件を耳にしたのですよ。
近隣諸国で起きた騒動などは、なるべく把握する様にしておりましてね。
その時の黒髪の少女があなただと、すぐに分かりましたよ。
こんな綺麗な黒い瞳と黒髪の女性を、この世界で見た事がありませんからね。
魔人の王が羨ましい限りですよ。」
確かにあの時は、多くの人の前で薬を使った訳で、魔人達と行動を共にしていた事を考えると、他の国にも情報が伝わっていてもおかしくは無いのだ。
ただ・・・この王様の言い方がなんだか引っ掛かるのだ。
私がどう返事をしようかと考えていると、ブラックが話し始めたのだ。
「マキョウ国のお話もこちらに届いておりますよ。
即位後は色々と改革されている様で。」
ブラックはそれ以上具体的な事は話さず、マキョウ国の王の目を見て微笑んだのだ。
すると、一瞬表情をこわばらせた様に感じたが、すぐにまたニヤニヤと私たちを見たのだ。
「いえいえ、まだまだですよ。
新参者にはなかなか大変でしてね。
でも、これからなんですよ。
・・・私のやりたい事はね、ハッハッハ。
では、王妃が待ちかねておりますので、失礼。」
そう言うと、マキョウ国の王はその場を離れたのだ。
私はその姿を見て少しだけホッとし、ため息をついた。
他国の内情まではわからないが、今回はオウギ王の考えすぎだったのでは。
私がそう思った時である。
さっきまで、ガヤガヤと話をする声や食器の擦れる音など、色々な音に溢れた部屋が、一瞬で無音になったのだ。
そして誰も微動だに動く事は無かったのだ。
「ブラック、見て、みんなが・・・」
そうブラックに言葉をかけたのだが、隣にいるブラックでさえ動く事は無く、固まった様な状態で私はどうしていいかわからなかった。
しかし、この雰囲気はあの時と同じでは無いかと思ったのだ。
そう、第四の世界に行った時である。
この世界の創造者達が作った扉の中の世界。
別の場所に移動するときには、自分たち以外は時間が止まった様に動かなかったのだ。
そんな事を思い出していると、無音だった世界に前の方からカッカッと足音が聞こえてきたのだ。
よく見ると、固まっている人々を避けて歩いてきたのは、オウギ王であった。
しかし・・・その表情や、この状況に驚いてさえいないオウギ王を見て、中には違う者が入り混んでいる事は明らかだった。
無表情で私の前で止まると、いきなり話し出したのだ。
「伝えたい事が・・・異世界からきた娘よ。
魔人の王を守れるのはそなたしかいないだろう。
『闇』が彼を狙っている。
私達に出来る事は忠告しかないのだ。
それも、『闇』が人の中に入っている時でないと、我々の忠告もばれてしまう。」
「あの・・・あなたは以前お会いした創造者ですね。
創造者には 『光、大地、闇』の三者がいる事も知っています。
しかし・・・今のあなた方は・・・」
「そう、我らは『光』と『大地』。
我らは意思としての存在。
しかし、我らも永遠ではない。
寿命というものがあり、消滅の時間が近付いたのだ。
それが自然の摂理。
意思である我らは自由であり、物質的な拘束などに興味はないのだ。
だが・・・『闇』は違ったのだ。
時が流れるにつれ、色々なものの進化や繁栄を見ている傍観者では無く、その中に身を置き支配者となる事を望む様になったのだ。
だから、自分が消滅する直前に、より強い者との融合を考えたのだ。」
「それがブラックだというの?
でも、なぜ今になって・・・」
「今という訳では無く、『闇』は以前から計画を練っていたのだよ。
長寿の種族を創造する事に、いにしえから力を注いできたのだ。
そして自分の寿命もつきかけ、時が熟したという事だな。
ここに作られた三つの世界の中で、一番強い種族が魔人である事は、誰もがわかっているはずだ。
だが、魔人の王は他の世界を侵略しようとは考えてはいない。
やろうと思えば出来るのにだ。
まあ、必要と感じないのだろうが。
しかし・・・『闇』と融合するとなると、変わってしまうだろう。
今の我らの様に、一時的に身体を借りる事と融合は全くと言って違うのだ。
ただ身体の中に存在するだけであれば、自分の寿命が来れば消滅する事となり、何も変わらないのだ。
ここで長寿である魔人と融合すれば、物質的な拘束はあるが、消滅を避ける事が出来る。
そして、『闇』は支配者として生きるつもりなのだろう。
しかし、そんなシナリオは我らの望んだ世界では無い。
だが、我々は対等な立場であり、『闇』に干渉できない。
そんな『闇』に抗う事が出来るのは・・・異世界から来た其方しかいないのだ。」
「どうやって私がそんな存在に・・・」
「私たちの出来る事は、創造する事と消滅させる事のみ。
先日の第四の世界は我ら二者で作ったものであったが、ここは三者で創造したもの。
つまり、三者の同意のもとでの創造、消滅なのだよ。
見ているだけしか出来ない・・・あくまでも、傍観者なのだよ。
傍観者が舞台に上がる事は許される事では無いのだ。
それが我らの意思であったはず。
融合を何としても、阻止して欲しい。
・・・もう時間だ。
そして、大事なのは闇に気付かれない様にする事。
気付かれてしまえば、他の者を使い其方を消しにかかるだろう。
注意するのだ。」
オウギ王の姿の創造者はそう言うと、また来た方向に歩き出したのだ。
いきなり聞いた話を全て理解するには、あまりに時間が足りなかった。
それに、気付かれたら消されるとは。
とても恐ろしい事をさらりと言われたような・・・
まだまだ聞きたい事があったので、呼び止めようとして声を上げたのだ。
「待って、急にそんな事を・・・」
しかし、私の声はこの部屋に溢れる色々な音に、あっという間にかき消されたのだ。