143話 晩餐会
舞やブラック達が人間の国につながる洞窟を抜けると、すでにそこにはオウギ王からの迎えの馬車が来ていたのだ。
魔人達は瞬時に移動する事は出来たが、馬車に乗り込みゆっくりと街中を眺めながら城に向かったのだ。
城に近付くと、国旗や飾りなどお祝いのムード一色であり、オウギ王が国民から慕われているのだと、誰もが感じる事が出来た。
舞は外を見ながら、今回この式典に参加できる事が本当に嬉しかったのだ。
私達が城に着いた時には、すでに各国の王族方は到着しており着席しているようだった。
特に紹介された訳では無いが、私は着席している王族の方に目を向けると、今回問題とされている王がどの人物なのかすぐにわかった。
私は魔人のような力は無いが、なぜか不快な感覚や危険な感覚だけは敏感に察知する事が出来たのだ。
王自体は、痩せこけて目がギョロっとしており、王の風格というものは全く感じられなかった。
そしてその側近とも言うべき人物。
彼はちょうどブラックと同じくらいの身長で、チラッとしか見えなかったが端正な顔立ちをしている様に見えたのだ。
まるでこちらの方が、王様と言われてもおかしく無いくらいの雰囲気を醸し出していた。
ただ、二人とも不快な感覚である事は変わらなかったのだ。
すると、私が彼等を注視している事に気付いたかの様に、側近の彼が私の方に視線を向けてきたのだ。
私は驚いてすぐに目線を外し、それ以降は彼を見る事は出来なかった。
即位三十周年の式典自体は問題なく進行していき、オウギ王は国民に向けての挨拶なども終え、後は晩餐会のみとなったのだ。
そして、晩餐会の時間まで、各国にそれぞれ寛ぐ部屋が用意されていたのだ。
オウギ王の計らいかは不明だが、それまで他の王族と接触して話す機会は全く無かった。
「舞、疲れたのじゃ無いですか?」
ブラックはそう言って、私がいるソファの横に座ったのだ。
そして私の頬に手を置くと、心配そうな顔をしたのだ。
「大丈夫よ。
初めてのことで緊張したけれど、ただ座っているだけだったし。
どちらかというと、これからの方がね。」
そう言ってブラックに笑いかけると、私の手を握って見つめてきたのだ。
正直、二人きりならこのシチュエーションも嬉しいのだが、ユークレイスとトルマも一緒なのだ。
まあ、二人とも我関せずというタイプなので、こちらに関心がない様だったが、私はとても恥ずかしかったのだ。
そう思っていた時、扉がノックされたのだ。
ユークレイスが扉を開けると、オウギ王とヨクが立っていたのだ。
「魔人の王よ、今回はご出席大変嬉しい限りですぞ。
色々と心配をかけてしまったようで、申し訳ない。」
そう言ってオウギ王は頭を下げたのだ。
「いえ、問題ありませんよ。
即位三十周年、おめでとうございます。
舞とこうして一緒に出席出来るなんて、喜ばしい限りですよ。」
ブラックはそう言って私を見たのだ。
「舞にも悪かったね。
食事やお酒は上等の物を用意したから、楽しめると良いのだがね。」
オウギ王はそう言って、私に笑いかけたのだ。
「いえ、オウギ王。
こんな機会は滅多にありません。
私の方こそ、ありがとうございます。」
私はそう言って頭を下げたのだ。
しかしここからが本番なのだ。
晩餐会に、作った薬をあからさまに持ち込む事を避け、私はドレスの中に隠したのだ。
実は今回のドレスはかなりふんわりした物で、内側に大きなポケットを作ってもらったのだ。
元々重たい物では無かったので、ある程度の数を持ち込む事ができたのだ。
しかし、ブラックから一番怪しいのはマキョウ国の王の側近であると聞いたのだが、彼はこの晩餐会には参加しないはず。
そうであるなら、それほど心配ないのではとも思ったのだ。
しかし、魔人対策の結界を自分の城に施していたことから、魔人に対して良い印象どころか警戒していると言う事は確かなのだろう。
それを考えると、警戒しすぎると言う事は無いのかもしれない。
ブラックの方が、それをよくわかっているのだろう。
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ブラックは今回色々考えなくてはならない事が多かったが、舞と一緒に参加できる事がとても嬉しかったのだ。
ブラックは、ジルコンと降りて来た舞を見て、目を離す事が出来なかった。
舞を手放す事など絶対に出来ないと思うほど、ブラックにとっての舞は魅力的であったのだ。
実際晩餐会の会場に入ると、スラリとして端正な顔立ちである魔人のブラックと、この世界には存在しない黒い瞳と黒髪の舞は、誰からも注目を浴び、一目置かれたのだ。
私達が部屋に入った途端、こちらに向けられる多くの視線を感じたのだ。
きっと私では無く、魔人のブラックへ向けてのことだろう。
多分、魔人の王を近くで見るのが、オウギ王以外は初めてなのだと思う。
そうはわかっていても、とても緊張するのだ。
ブラックの腕にしっかり掴まりながら深呼吸をして、部屋の様子をじっくりと眺めた。
すでに多くの食事や飲み物が長いテーブルにセッティングされており、準備していた者は一名を残し、みんな部屋から出て行ったのだ。
一名と言うのは扉の近くに立っている者で、この会場の責任者のようだった。
中の状況によって必要な物を手配する為に在室しているようだった。
彼が何かサービスするわけではなく、基本的にはオウギ王達がゲストをもてなすと言うスタイルらしい。
晩餐会と言うより、豪華なホームパーティーという感じだろうか。
食事をするテーブル以外に、大きなソファやテーブルも何ヶ所か置かれており、舞とブラックもソファに座ったのだ。
すぐに二人の少年が、私達にお茶やお菓子を持参し勧めたのだ。
どうやら、オウギ王のご子息の様で、テキパキとゲストである各国の王族の対応をしていたのだ。
少し離れたところにマキョウ国の王と王妃が座っていた。
ちょうどオウギ王が声をかけている様子で、特に不穏な雰囲気は無かった。
「舞、とりあえず美味しい食事をいただきましょう。」
ブラックはそう言って私の手をとったのだ。
多くの食事が乗っているテーブルを見ると、料理が小皿に少量ずつ乗っていたので、色々な物を少しずつ食べらる様になっていたのだ。
私は美味しそうな料理を見て、あっという間に緊張がほぐれたのだ。
カクテルの様な綺麗な色のグラスが並んでいたが、流石に今後を考えると、残念だがお酒に手をつける事はやめたのだ。
ソファに戻って食事を楽しんでいると、何人かがブラックに挨拶に来たのだ。
ただ、挨拶はあっても、魔人と接するのが初めての為か、長居をする王族は無かった。
ブラックも私もある意味ホッとしていたのだ。
ヨクから話は聞いていたが、人間の世界と魔人の国との窓口は大国であるサイレイ国のオウギ王の役目となっており、他の小国である国々が直接交渉などをする事はタブーとされていたのだ。
だから挨拶はしても、政治的経済的な話をする事は無く、短い話で終わるのだった。
しかし、例外があったのだ。
痩せてギョロリとした目のマキョウ国の王が挨拶に来た時だった。
はじめは他の国々と同じ様な挨拶で始まったのだが、途中私の方に目を向けて、ニヤリとしたのだ。
「こちらの素敵なお嬢様は・・・魔人では無い様ですな。」
今回誰一人として、そんな話をした者はいなかった。
誰もが、魔人の王の連れなら魔人と思っていたのだろう。
私はその表情を見て、背筋が寒くなるよう不快感を感じたのだった。