140話 お酒の力
その夜、魔人の城ではちょっとした宴が催されたのだ。
やっと、この国も落ち着きを取り戻すことができ、幹部達を労う為にブラックが指示したものであった。
舞も今夜は城でゆっくりして、人間の世界のカクのところには、明日向かう事にしたのだ。
しかし、ジルコンからドレスを借りて、宴に参加する予定であるのだが、相変わらず露出の多いドレスばかりで、みんなの前に出る事を躊躇していたのだ。
ジルコンのドレスは素敵なのだが・・・やはり私にとっては少し恥ずかしさを伴うものが多い。
私はどのドレスにしようかと悩んでいると、ジルコンが嬉しそうに囁いたのだ。
「舞、ブラックはブルーの色が好きだと思うのよねー
これとかはどう?」
ジルコンが勧めたドレスは、やはり布の部分が私にとっては少ないような気がしたのだが、確かにブラックの好きな色かもしれないと思ったのだ。
ブラックが作り出す綺麗な宝石のような石はいつもブルー系であり、このドレスはその色にとても酷似していたのだ。
以前、ブラックのお気に入りの魔獣に使用した石や、私にくれたペンダントと同じような色。
「ジルコン、これを借りるわ。」
私がそう言うと、ジルコンは張り切って私の支度を手伝ってくれたのだ。
私とジルコンは宴の場所に向かう途中、とてもいい匂いがする事に気づいた。
その匂いを嗅ぐだけで、とても満たされた気分だった。
ホールの扉を開けると、そこには以前と同じように、素敵な食事とお酒が振る舞われていたのだ。
ブラックをはじめ、他の幹部達はすでに宴を楽しんでいた。
「舞、遅いぞ。
早くこっちに!」
アクアはそう言って私の手を取ると、自分の席の隣に座らせたのだ。
私はチラッとブラックを見たのだが、既にブラックは他の幹部と話をしており、私に目を向ける事はなかった。
少し寂しい気持ちもあったが、ブラックは魔人の国の王なのだ・・・
私はアクアやスピネル達の楽しい話と美味しい料理の為か、久しぶりに少し飲み過ぎてしまった。
隣にいるアクアは、成人の姿になってからお酒を飲むようになったのだが、あんな大きなドラゴンになれるのにお酒にかなり弱いことがわかったのだ。
アクアは、半分寝ているようでもあるのだが、なぜか私の手を離さなかったのだ。
私にとってアクアは少年の頃のイメージが強く、私より大きくなった姿を見ても、弟の様に可愛い存在なのだ。
「舞、もう子供扱いするな・・・ここにいてくれ・・・」
いきなりムクッと起きてそう話すのだが、すぐにスヤスヤ寝息を立て始めたのだ。
私とスピネルはその態度がとてもおかしくて、やっぱりアクアだと、顔を見合わせたのだ。
私は寝てしまったアクアの手を離し頭を撫でると、酔い覚ましにバルコニーに出たのだ。
柔らかな風が頰に当たる感覚が、とても心地良かった。
こんなにゆっくり出来たのはいつ以来だろう。
・・・そうだ。
私がブラックを疑ったあの時。
魔人の国の五百年祭。
私がブラックを信じられなかった事が原因で、色々な事が起きてしまった。
そう言えば、記憶が戻ってからブラックとちゃんと話をしていなかった・・・
そんな事に考えていると、いつの間にか誰かが後ろから抱きしめてきたのだ。
一瞬驚いたけれども、すぐにブラックである事がわかったのだ。
私の首筋に顔をくっつけてくるなんて、彼以外にいないのだ。
「舞、やっと二人で話ができますね。」
そんな風に耳元で囁かれると、ドキドキせずにはいられなかった。
どうもその話し方や吐息から、ブラックもだいぶ酔っている様に感じたのだ。
「ブラック、かなり酔っているみたいね。
大丈夫?」
私はそう言ってブラックの方を見ようとしたが、ブラックは抱きしめた手を緩めることはなかった。
「もう少しだけ、このまま。
さっきはアクアに連れて行かれましたからね。
もう、勝手にどこかに行くのは許しませんよ。」
ブラックはそう言うと、私の身体を優しく撫でながら、また強く抱きしめたのだ。
正直、ドレスの上から触れられるブラックの手の動きを気にせずにはいられなかった。
お酒のせいもあるのか、今日のブラックはいつになく積極的に感じたのだ。
「ブラック、ちょっと待って。
私、今日は色々話したいことがあるのよ。
そっち向いてもいい?」
「・・・じゃあ、私の部屋で話そう。」
ブラックは少し考えた後そう言うと、一瞬で私達は別の場所に移動したのだ。
ブラックの執務室に移動したのかと思ったら、そうではなかった。
綺麗に整頓されたその部屋をよく見ると、どうやらブラックの私室の様なのだ。
沢山の本が置かれた書斎の様な場所の奥には、ソファやベットが置かれていていたのだ。
実はブラックの部屋に入るのは初めてだったのだ。
「ここなら、ゆっくり話ができますね。
こっちに。」
ブラックは私を軽々と抱え上がると、ソファに座らせたのだ。
そして、ブラックは私の横に座ると、私の髪を触りながら私の目を見たのだ。
「本当に綺麗な黒い瞳だね。」
薄暗い部屋に窓から差し込む星あかりの中、私に言わせれば、そう言うブラックの方がとても美しく魅力的なのだ。
そんな彼の手で、髪の毛から首筋や肩に触れられると、何も考える事など出来なかった。
私が何か言おうとすると、すぐにブラックは顔を近付け唇をふさいだのだ。
私はそんなブラックに身を任せようと思った時である。
突然ブラックの動きが止まったのだ。
よく見ると・・・いつの間にか寝息を立てて眠っていたのだ。
そう言えば、ブラックもお酒に弱かった気がする・・・
アクアと同じではないか!
私は大きなため息をつくと、ブラックをソファに横にしてベットにある毛布をかけたのだ。
少し残念な気持ちもあったが、すやすや眠るブラックを見ていると、とても幸せな気持ちになったのだ。
「ブラック、おやすみなさい。」
私はブラックの頬にキスをすると部屋を出たのだった。