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私の薬華異堂薬局は異世界につくるのだ  作者: 柚木 潤
第4章 第四の世界編
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137話 負の感情

 舞達はその状況に戸惑っていたのだ。


 ゾンビのように近付いて来た者達は皆、囁くような小さな声で彼に何か訴えているようだった。

 しかし今の彼はその状況でも、落ち着いた表情をしていたのだ。

 何人もの人達に囲まれるその状況は、見ているこちらの方が恐ろしく感じるほどであったのに・・・。

 そして、彼に集まって来た者達の中に、見た事のある顔があったのだ。

 私はすぐにカクを見たのだ。

 予想通り、カクは驚きで顔を強張らせていたのだ。

 無理もない・・・

 そこにはカクの両親の姿があったのだ。

 他の者と同じように彼に向かい、何やら恨み言のようなものを呟いているように感じたのだ。

 ここにいるのは、彼により傷つけられたり命を落とした者なのだろう。

 だが・・・本物とは思えない。

 さっきの二つの世界も作り物だったはず。

 この暗く冷たい世界も偽物に違いない。

 カクから聞いていた両親の事を考えると、あんな風に詰め寄り、恨み言で責め立てる人達では無かったはず。

 そうとわかっていても、その姿を見るのは辛い事なのだ。


 すると、かつての世界の主は目を瞑り、静かにそこに座り込んだのだ。

 自分を責める沢山の呟きに囲まれながらも、彼は動揺したり、耳を塞ぐこともなかった。

 そしてまるで何かを吸い取っているかのように、周りを囲んでいる者達から黒い煙のような物が、彼に向かって流れていくのが見えたのだ。

 そうだ・・・彼は今まで自分が必要とした美しい部分のみの情報を得て来たのだ。

 それ以外の部分には目を背け、彼により搾取された者達は命を落とす事となったのだ。

 だから・・・今の彼は、どんな人の中にもある醜い感情・・・怒り、妬み、そして不安や悲しみなどを全て吸い取り、理解しようとしている。

 少なくとも私にはそう見えたのだ。

 途中、辛い表情をすることもあったが、すぐに平常心を保ちしばらくその状況が続いたのだ。

 

 すると、彼の周りを囲んでいた者達の表情が変わっていくように見えたのだ。

 そして次々と呟きを止めると、彼の周りに静かに座り込み出したのだ。

 そして黒い煙のようなものは、全て彼の中に収まったように思えたのだ。

 しかし、多くの人の負の感情を一気に取り込んだ彼は問題ないのだろうか?

 私はそれが不安だった。

 カクは静かに座り込んでいる自分の両親の元に行き、じっと彼等を見つめていたのだ。

 今の私達は彼等に触れることもできず、声をかけることもできない。

 もちろん、ここにいる彼らは本物では無いはず。

 それでも、幼い頃に別れたままの両親を、直近で見る事が出来た事はカクにとっては喜びでもあるのだ。

 だが、それと同時に見る事しか出来ない事が、とても辛いはずなのだ。

 私もここで母やおじいちゃんを見る事が出来たなら・・・


 私は考えるのをすぐにやめた。

 今はそんな状況では無いのだ。

 そして彼に歩み寄り、そっと声をかけたのだ。


「あなたは大丈夫なの?」


 彼は胸や頭を押さえながら、押し寄せる負の感情と戦っているように思えたのだ。


「・・・彼らの感情は、私が知るべき物なのですよ。

 それを知らずに、世界を作る事などあってはならない。

 それが、創造者のお考えだとわかりますから。」


 そう言いながら、どうにか自分の中で消化しようと、苦しんでいたのだ。

 私に出来る事は・・・

 心を穏やかにさせるあの薬。

 しかし、今回はその薬は持っていないのだ。

 漢方薬はあるのだが・・・

 私は自分のはめている指輪に目を向けたのだ。

 そして指輪を触りながら、『指輪に宿りし者』に心で呼びかけたのだ。

 何故か扉の中に入る時から、『指輪に宿りし者』達は指輪の中に入ったままであった。

 私と一緒に行くと決めたものの、彼らが崇拝する創造者の意に沿わない事があるのではと、心配しているのだろうか・・・

 私が思う精神に関わる薬には、光の鉱石が必要なのだ。

 すると、指輪が暖かくなったかと思うと優しい光と共に、『指輪に宿りし者』が現れたのだ。


「ここはなんと、不気味な場所なのだ。」


 出てくるなり、美しい顔を不快感で歪めたのだ。


「そうね。

 それより、お願い助けて欲しいの。

 光の鉱石を少しだけ分けてもらう事は出来るかしら?

 作りたい薬があるの。」


「・・・無理だな。」


「どうして?

 創造者の考えに背くかもしれないから?」


「舞、何を言っているのだ?

 そんな理由では無い。

 ここでは我らの力を使う事は出来ないのだよ。」


 やっぱり、私が持っている薬だけが例外という事なのだろうか。

 目の前で苦しむ彼を少しでも助けになればと思ったのだが、そんなに簡単では無いらしい。


「・・・そうなのね。」


 どうにか出来ないかと考えていると、苦しそうに座り込んでいる彼は私に言ったのだ。


「これで・・・これでいいのです。

 誰かの手を借りて、楽になってはいけないのですよ。

 もう、あなたは私を助けてくれた。

 さっき、ネモに会えただけで十分です。

 偽物かもしれないが、あの時ネモの気持ちがわかって良かった。

 そして自分の気持ちも。

 ・・・だから、結末がどうであれ、私は満足ですから。」


 彼が私にそう言った時、またこの世界は固まったのだ。

 

 

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