136話 第三の扉
舞達は、かつてのこの世界の主が次の扉を開けるのを待っていた。
そして、舞はさっきの彼の行動を考えていた。
私は、正直彼があんな風にあの親子に感謝をするとは思わなかったのだ。
ましては、沢山の食料を作り出してあげるなど、今までの彼では考えられなかった。
そして、この空間が固まった後に出て来た扉の先が、元の世界に戻っている事を私達も期待したのだ。
しかし、扉の先は見たこともない世界になっていた。
彼は草原に立つ一軒家に向かったので、私達も後を追ったのだ。
そして、彼がネモと嬉しそうに話をしている姿を見て、私達はそっと見守ることにしたのだ。
ところが、いつの間にか家の前にある人物が立っていたのだ。
そこに立っていたのは・・・彼自身だった。
厳密に言えば、以前の彼なのかも知れない。
「ちょっと待って。
中にはあなた自身が!」
私は声をかけて止めようとしたのだが、私はその者に触れる事が出来なかった。
そんな私の言葉に気付く事もなく、さっきの世界と同じように、私達の存在は認識されていなかったのだ。
私はとても嫌な予感がしたのだ。
その者に続いて部屋に入ると、中にいるネモの様子が先程覗いた時とは全く違っていたのだ。
多分、さっき現れた者のコントロール下にいるのだろう。
何が始まるのかと見守っていると、その者は鋭い剣を作り出し、ネモに持たせたのだ。
そして、無表情なネモが、さっきまで楽しく話をしていた彼に剣を向けたのだ。
それを見ていた彼の表情。
私にはネモの行動を受け入れようとする姿に見えたのだ。
「このままだとまずいわ。
彼はネモを受け入れるつもりだわ。」
私がそう呟くと、ブラックも同じように感じていたのだ。
「そのようですね。
どうにか止めないと。
しかし・・・今の私達では・・・」
私は急いで鞄からある薬を取り出したのだ。
きっとこの薬ならどうにかなるはず・・・
私はそう考え、急いで部屋の入り口に立っていた者にその薬を投げつけたのだ。
すると、さっきまで薄笑いを浮かべていたその者は、何が起きたか分からない様子で周りを見回したのだ。
その者は明るい光に包まれると、あっという間に霧状の光が身体に吸収されたのだ。
そして私の予想通り、その者は膝から崩れ落ち倒れたのだ。
それと同時に、ネモは手に持っていた剣をガシャンと落とし、床に座り込んだのだ。
私はホッとして胸を撫で下ろした。
以前、森の精霊にも使った薬。
少しだけでも眠って貰えば、ネモのコントロールが出来なくなるはず。
それを願ったのだ。
私はネモに目を向けると、頬に光る物を見る事が出来た。
あれは涙?
二人の関係を何となくだが、理解できたのだ。
彼はネモのもとに行き座り込むと、ネモの手を取ったのだ。
そしてネモの目をしっかりと見て、一言話したのだ。
「ネモ、今まですまなかった。」
それを聞いたネモは嬉しそうに微笑みながら、顔を横に振ったのだ。
すると、さっきと同じようにネモの動きが止まったのだ。
この空間自体が固まったようなもの。
そして、私たちの前に、新しい扉が現れたのだ。
今度こそ、元の世界に戻れるのではと、私は期待したのだ。
多分創造者は、彼に色々な事を知って欲しかったのかも知れない。
人の幸せは様々。
少なくとも、誰かがコントロールする物ではない事を、彼はわかってはくれたのだと思う。
彼はそこに固まっているネモの頬にキスすると立ち上がり、私を見たのだ。
「・・・ありがとう。
私はネモに傷つけられても構わないと思ったよ。
でも私を傷つける事がネモの希望でないのなら、あなたに止めてもらってよかったと思う。
感謝するよ。」
そう言うと、新しい扉の前に立ったのだ。
彼のその言葉を聞いてきっと元に戻れると、誰もが思ったのだが・・・
彼の開けた扉の中を覗いた時、私は考えが甘かったと思ったのだ。
扉の向こうに足を一歩踏み入れると、そこはとても暗く冷たい場所であったのだ。
そこは黒翼国の地下の森を思わせる怪しさがあったのだ。
目には見えないが、至る所に何かの気配を感じたのだ。
私はブラックにしがみつき、誰もが周りに警戒したのだ。
もちろん、今までと同じで私達は誰からも認識されないだろうと分かってはいたが、気にせずにはいられなかったのだ。
私達は扉が現れない限り、前に進むしかなかった。
しかし、こんな暗闇の中でも、私たちの前を歩く彼からは不安や恐れを感じる事がなかった。
ネモと会った時に、何か覚悟のようなものを決めたのかも知れない。
しばらく歩くと、何者かが集まってくる気配を感じたのだ。
ただの人間である私でさえわかるほど、その者達は近くまで来ていたのだ。
すぐに、それは怪物などではなく人である事がわかった。
よく見ると、人間、魔人、翼人など色々な種族の者達であったが、共通して顔色が悪く虚な目をして、まるでゾンビのように徘徊していたのだ。
そして今、前を歩く彼に向かって集まって来ていたのだ。