表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の薬華異堂薬局は異世界につくるのだ  作者: 柚木 潤
第4章 第四の世界編
135/178

135話 第二の扉

 かつてのこの世界の主は、目の前に現れた扉を見ながら考えていた。



 私はあの親子の見た目や生活ぶりから、美しい存在とは思えなかった。

 今までだったら、すぐに消去していたものばかり。

 あんな境遇にいたら、誰だってこんな世界から抜け出したいと思うはずなのだ。

 ・・・しかし、その母親は違ったのだ。

 与えられた素晴らしい世界よりも、より良い世界にする為に、今ここで出来る事をしたいと。

 辛い状況でも、その中に小さな幸せを見出せるその親子に驚いたのだ。

 私は今までそんな事を考えた事がなかった。

 そして、何ら関係のない私を気遣い、それによって起きた怪我でさえ、気にする事は無いと言うのだ。

 私は自然と感謝の言葉を口にしていたのだ。

 今まで、本当の意味で感謝の言葉など口にした事は無かった。

 誰に対してもそんな気持ちを抱いた事など無かった。

 私を作った創造者に対してさえもだ。

 そして・・・この親子に出来る事があればと思ったのだ。

 

 それにしても、あの人間の娘が使ったもの・・・

 あれはいったい・・・

 森で私を苦しめたものとは違い、今度はあの母親を癒やしたのだ。

 それにあの娘の創造者に対しての態度も驚きだった。

 関わりのない世界から来た者だからなのか、真っ直ぐに創造者を見るあの黒く大きな瞳は、とても美しかったのだ。

 そして私はチャンスをもらったのだ。

 正直なところ、あの娘が私と一緒に来てくれた事が、今はとても心強く思うのだ。


 私は目の前の扉に目線を移した。

 扉の向こうは元の世界になっているのだろうか?

 私はその扉をしばらく眺めた後、意を決して開けたのだ。

 しかしそこは、私が想像していた場所とは違っていたのだ。

 扉の中に入ると、そこには見渡す限り緑の草原が続いていたのだ。

 見覚えのない場所・・・

 ここは私と何の関わりを持たない世界なのだろう。

 しかし、温かい日差し、頬に当たる心地よい風・・・

 私はそこに立っているだけで、とても癒されたのだ。

 よく見ると、草原の中にポツンと一軒の家がある事に気付いた。

 私はとりあえず、そこに向かったのだ。

 その家の前に立つと、聞き覚えのある声が聞こえてきたのだ。

 私はそっとその家の入り口のドアを開けて、中を覗いたのだ。

 すると、ネモが嬉しそうに歌いながら料理をしている姿を、私は見る事が出来たのだ。

 そんな姿を見るのは初めてだった。

 いや・・・私が作ったネモはそんな事はしない。

 それに、あんな楽しそうに笑う事も無かった。

 彼女は私の忠実な部下であった。

 ネモは他の住民と違い、私が全てをコントロールしている訳ではなった。

 しかし、彼女の意思での行動に任せていた時も、私の意に背く事など全く無かったのだ。

 彼女は素晴らしい部下であり、私の唯一の話し相手だったのだ。

 だから、ネモが消えてしまうことだけは、どうしても避けたかったのだ。

 彼女がいなくなったら・・・私は一人になってしまう。

 

 しかし、私のコントロール下でない彼女が、あんな楽しそうに笑う事は今まで無かった。

 もしかしたら、創造者が入っていた様に、今のネモの身体には別の者が入っているのか?

 そう考えながらネモを眺めていると、ネモがこちらに気付いたのだ。


「あ、お帰りなさいませ。

 主様。

 今、お食事の準備をしていますから、もう少し待っていて下さいね。」


 ネモはそう言ってニコリとして、椅子に腰掛けるように進めたのだ。

 私が不思議な顔でそんなネモを見つめている間に、テーブルに次々と美味しそうな料理が出されたのだ。

 そしてネモは私の前に座ると、たわいのない話を始めたのだ。

 それは、以前のような部下が主に報告をしている状況とは全く違ったのだ。

 まるでそれは、友人や恋人にでも話しかけているかのようだった。

 話しながら色々な表情をするネモを見ているだけで、私は幸せを感じたのだ。

 本当はこんなネモを望んでいたのかもしれない。

 そう思った時である。

 急にネモの表情が変わったのだ。

 それは、私が長い間見てきたもの。

 そうだ・・・ネモは私が指示しない限り、あんな楽しげな表情をする事は無かったのだ。

 今のネモのように。

 

 その時、家のドアがギーっとゆっくり開いたのだ。

 私は振り向いて、ドアの方を見ると唖然としたのだ。

 そこには、ある者が立っていたのだ。

 ネモは椅子から立ち上がると、その者に向かって歩き出したのだ。

 そこに立っていたのは、私自身だったのだ。

 私が驚いていると、もう一人の私はネモに指示をしたのだ。


「そこにいる者を消去しなさい。」


 そう言って手のひらから作り出した剣をネモに渡したのだ。

 すると、ネモは無表情のまま剣を構え、私に近付いて来たのだ。


「ネモ、やめるんだ。

 よく見てくれ、私だ。」


 私はネモを止める為、一生懸命説得しようとしたのだ。

 しかし、ネモはそんな言葉には耳を貸す事は無かった。

 もう一人の私の指示のもと、私に近付くと剣を振り下ろして来たのだ。

 私は手のひらから盾を作り出し、ネモの剣を防いだのだ。

 私はネモを傷つける事が出来なかったので、防御に徹するしかなかったのだ。

 しかし、剣を振り下ろしたネモの顔を見た時、私は今まで彼女に酷い事をしてきたのだとわかったのだ。

 一瞬だったが、無表情の彼女の頬を涙が伝うのを私は見たのだ。

 きっとこんな事はしたくないのだろう。

 心ではそう思っても、もう一人の私にコントロールされている限り、抗う事は出来ない。

 私は今までなんて事をしていたのだろう・・・

 このままネモに傷つけられるのは、自業自得なのかも知れない。


 ネモが剣を振り下ろそうとしていたが、私は盾を持つ手を下ろしたのだ。



 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ