134話 感謝
今いるこの世界は、あの創造者達に書き換えられたものなのだろう。
だから、この世界を作ったはずの彼との繋がりが無いのかもしれない。
そうなると、そこで項垂れている彼はこの世界で何もする事が出来ないのか?
私は元気付けようとした時、少し離れた所で彼を伺っている親子がいる事に気付いた。
多くの他の住民が立ち去ったのを見て、十歳位の男の子が駆け寄ってきたのだ。
そして小さな声で彼に話しかけたのだ。
「大丈夫?
早くこっちに来て。」
そう言って、建物と建物の間の細い路地に行くように促したのだ。
彼は返事をする事は無かったが、その男の子に抵抗する事なく後をついて行ったのだ。
彼と子供が移動するのを見て、後からその子の母親も向かったのだ。
特に彼が危険になる事はないと思い、私達はその様子をそっと見守る事にしたのだ。
「大丈夫ですか?
怪我はないかしら?
あの人達はいつもそう。
よそから来た人に酷い扱いをして。」
その男の子の母親は優しく声をかけてくれたのだ。
「あいつらは嫌な奴なんだ。
他の人達も何もしないで一緒に笑ったりしてるのもおかしいんだよ。
ねえ、うちはすぐだから、休んでいくと良いよ。」
男の子は怒りながらそう言ってニコリとしたのだ。
彼はそんな二人を、驚いた顔で見ていたのだ。
二人に言われるがまま、彼はその親子の家に案内されたのだ。
そして私達も彼らの後を追う事にしたのだ。
しかし、その家はお世辞にも素晴らしいとは言えなかった。
今にも屋根が落ちてくるのではないかと心配になるくらい古く、質素な住まいであった。
よく見ると、その親子の衣服も他の者に比べたら薄汚れているように見えたのだ。
連れてこられた彼は家の中を見回し、再度その親子に目を向けると、少し顔をしかめたのだ。
美しいものを良しとする彼にとっては、本来ならば消去すべき場所となるのだろう。
「何もないけど、休む事は出来るかしら。」
そう言って、小さな果物と一杯の飲み物を出してくれたのだ。
明らかにこの親子は貧しかったのだ。
その時、突然家の窓がガシャーンと大きな音を立てて割れたのだった。
どうやら誰かに石を投げ入れられたらしい。
窓ガラスが割れて、近くにいた母親が腕に怪我をしたのだ。
「くそ、あいつらだ。
母さん、大丈夫?」
男の子はそう言うと、急いで家の外に出て様子を見に行ったのだ。
「おい、何でよそもんを匿っているんだ。
お前達はいつもそうだな。」
すると、さっき彼を突き飛ばした男達数人が笑いながら立ち去って行ったのだ。
「俺がもっと大きくて強かったらあんな奴・・・」
男の子は家の中に戻ると、悔しそうに話して涙ぐんでいたのだ。
「そんな事を言わないのよ。
それに大した怪我じゃないわ。」
その子の母親は優しく微笑んだのだ。
それを見て、今まで黙っていた彼はたまらず言葉をかけたのだ。
「私のせいですね。
優しくしてくれるあなた方を虐げるこの世界をどう思いますか?
もっと誰もが等しく幸せな世界に変わったら良いと思いませんか?」
その母親は少し考えた後、口を開いたのだ。
「・・・もちろん、そう思うわ。
でも、この世界もそんな酷いことばかりじゃないのよ。
無償であの窓を直してくれる人や、食べ物が足りない時に分けてくれる人がいたり、あの人達に何も言えなくても私達に優しくしてくれる人はいるのよ。
この世界も捨てた物じゃないのよ。
それに・・・あの人達にも色々と理由があるのよ。
以前はあんなでは無かったわ。
前に旅の人を家で休ませてあげた時に、財産を盗まれたり食べ物を取られたりと辛いことがあったの。
でも、そんな人ばかりじゃないって、いつかきっとわかると思うわ。
この子が大きくなった時は、もちろんもっと良い世の中になると思いたい。
そうなる様に努力する事が、今は大事だと思うのよ。」
「私にはあなた方に何もする事が出来ない・・・」
「私達が勝手にあなたを招いたのだから、気にする事はないわ。
何かしてあげたいと思ってくれるだけで十分なのよ。」
彼が辛そうな顔で下を向くと、その母親は優しく話してくれたのだ。
そういえば、私達は幽霊の様な存在だけど、私達の行うことや魔人や精霊の力は問題なく使えるのだろうか?
私は鞄からある薬を取り出したのだ。
それは少しだけ治癒能力を高める薬。
光の鉱石を使ったものでないから、完全回復のものでは無いけど、少しでも傷が癒えるように。
私はその母親に近づいてそっと薬を押し付けたのだ。
私自身は触れる事は出来なかったが、薬越しに彼女の感覚があったのだ。
もしかしたら・・・
すると彼女自身が優しい光に包まれたかと思うと、すぐに身体の中に吸収されたのだ。
私達を見えない親子にとっては、急にそんな現象が起きて驚いた様子だった。
それは彼も同じで、驚いた顔で私を見たのだ。
「あら、何かしら?
急に痛みが引いて楽になったわ。
あなたのおかげかも。
こんな事初めてよ。
ありがとうございます。」
母親は驚きで子供と顔を見合わせて喜んだのだ。
「いや、私は何も・・・」
「ううん、きっとあなたに優しくした事で、良い事が起きたのですよ。」
それを聞いた彼は、自分の掌をじっと見て力を込めているように見えた。
すると、掌の上にいくつかの果物を作り出す事が出来たのだ。
彼は嬉しくなりどんどん作り出すと、あっという間にテーブルの上が多くの食べ物で埋め尽くされたのだ。
親子は驚いて目を丸くしたのだ。
そして彼は困った様な顔をして、一言だけ伝えたのだ。。
「私こそ、ありがとう。」
その途端、この世界の時間が止まった様にその親子の動きが止まったのだ。
動いているのは、私達と彼のみになったのだ。
そして、先ほど入って来た扉と同じ形のものが、静かに現れたのだ。