133話 扉の中
「では、扉の中へ・・・」
ネモの姿の創造者は、そう言い扉を開いたのだ。
中は暗く、外からは何も見る事はできなかった。
「あの・・・その扉の中はどうなっているのでしょうか?」
私がそう聞くと、相変わらず無表情で淡々と答えたのだ。
「それは入った者しかわからないでしょう。
あなたも、一緒に入っても構いませんよ。
あなたに危害を加えるものではありませんから。」
「では・・・私も一緒に入ります。
私が頼んだ事ですから。」
すると、私の後ろから声が上がったのだ。
「ちょっと待って舞、一緒に行くなんて危険だ。」
「舞、それは危険だよ。」
それはブラックと森の精霊がタイミングを合わせたかのようにそれぞれ叫んだのだ。
「でも・・・何も危害を加える事はないって言ってるし。
大丈夫よ。」
「それなら、私も一緒に行きますよ。」
「一緒に私も行くよ。」
二人はまた同時に叫んで、顔を見合わせていたのだ。
そして森の精霊は小さな体となり、私の肩にちょこんと座ったのだ。
ブラックはそれを見て少し不満そうな表情をしたのだが、すぐに私の横に並んで、私に優しく微笑んだのだ。
かつてのこの世界の主は、そのやり取りを不思議な顔で見ていたのだった。
結局私が行くならと、ここにいる者達は皆一緒に扉の中に入る事になったのだ。
『闇の鉱石を支配する者』は自分の住む世界に戻ろうと考えていたようだが、私の『指輪に宿りし者』に睨まれると渋々一緒に行くことを承諾したのだった。
ユークレイスはブラックが行く所には、自分ももちろん一緒に行くと、躊躇する事は無かったのだ。
カクはと言えば、納得のいく答えを探す為に、一緒に向かうと決めたのだった。
私が扉の向こうに一歩足を踏み入れた途端、さっきまで暗闇に感じていた場所が、霧が晴れたように明るい場所に変わったのだ。
そして誰もがとても驚いたのだ。
そこは、さっき創造者により消された世界そのものであったのだ。
多分一番驚いたのは、この世界を作った彼だろう。
「いったいどうなっているんだ。
ここはさっき消された世界そのものでは無いか?」
彼がそう呟いた途端、今入ってきた扉がバタンと閉まり、扉は霧のように消えたのだった。
私達に創造者は危害は加えないと言っていたが、そんな簡単に戻ることができない場所なのかもと、感じたのだ。
「・・・何だか、嫌な雰囲気だね。」
ブラックの『指輪に宿りし者』は笑いながらそう話すと、誰もが沈黙したのだ。
「まあ・・・先に進んでみましょう。」
私も不安はあったが、ここに留まるわけにもいかないので、みんなに進むように促したのだ。
問題はこの場所で、彼がこの世界を任されるに値する者と認められなければならないと言うこと。
きっと創造者はここでテストでもしたいのだろう。
この世界を作った彼を見ると、ずっと緊張した面持ちだった。
少し歩くと、そこは前に通ったことがある場所と同じように感じたのだ。
そこには村の人達が住んでいる家や、お店のような建物も何軒かあったのだが、以前見た時とは違いとても賑やかな場所となっていたのだ。
しかし、それだけでなく住民達の様子も違っていたのだ。
それはまるで人間の世界と同じように、それぞれの住民の意思がはっきりとあったのだ。
ある者は豪快に笑っていたり、ある者はブツブツと文句を言って憂鬱な顔をしていたり。
また、何かについて言い争いをしている者達や、それを仲介するような者も。
それぞれの個性や意思がはっきりと見えたのだ。
しかし、それを見たこの世界の主は、驚きと不快感で顔をしかめたのだ。
「私はこんな世界を創った覚えはない。
いったい・・・」
私達に気付いた住民達は、一瞬静かになったがすぐにザワザワと騒ぎ出したのだ。
住民達は、よそ者を見る不信感の塊のような目でこっちを見たのだった。
しかしその視線は、この世界を創った彼のみに注がれているように見えたのだ。
「おい、どこから来た?
よそもんだろう。
なんか文句でもあるのか?」
そう言って住民の一人が、彼に詰め寄ったのだ。
見た目は確かに以前の住民と同じであったが、表情や言葉遣いなどは荒々しく、彼が創った住民とは思えなかったのだ。
「この世界に不似合いな者達だ。
消去に値する者だな。」
そう言って、彼はそこにいる住民達を消し去ろうと、手に力を込めるのがわかったのだ。
「待って、それではダメよ!」
これでは、創造者のテストに受かるなんてありえない。
私はそう思って彼を止めようとしたのだ。
すると、私の言う事をきいた訳ではなかったが、目の前の住民達に変化は見られなかったのだ。
彼は自分の掌を見て、顔を強張らせていたのだ。
「おかしい・・・何も感じられない。
ここの住民達とは繋がりが感じられない。」
ここの世界は、彼が創った世界と同じに見えるが、実際は違うと言うことなのだろう。
彼が作ったものでないなら、何の影響を及ぼすことが出来ない。
「何をブツブツ言っているんだ。」
そう言って詰め寄ってきた住民は、彼を突き飛ばしたのだ。
倒れた彼は動揺もあってか、立ち上がることが出来ないようだった。
私は彼に駆け寄り、その住民を睨んだのだ。
「乱暴な事はやめてよ。」
私の声が聞こえてないのか、その住民は笑いながら立ち去ったのだ。
遠目に見ていた他の者も興味が薄れたのか、その場をみんな離れて行ったのだ。
「ちょっと待って!」
私はそう叫んだのだが、誰も気に留める者はいなかったのだ。
不思議な事に、私だけでなく彼以外の一緒にこの扉の中に入った者にも目線を向ける者はいなかったのだ。
もしかして・・・
私はその場から立ち去ろうとしている女性の腕を掴もうとしたのだ。
しかし、私の手はその女性をすり抜けてしまい、触れることすら出来なかったのだ。
つまりこの世界の人達に私達は認識されてないと言う事。
見えているのは彼のみ。
声すら聞こえていないようなのだ。
なるほど、危害を加える事はないと言うのはこの事か。
何だか、私は幽霊になった気分だった。
私は座り込んでいる彼に話しかけた。
「どうも、あなた以外の者は、住民達に認識されてないみたいよ。
ここはあなたの作った世界に似ているけど、きっと違うんだわ。
ここの住民には個々の意思がちゃんとあるみたいだし。
創造者達は、あなたに何をさせたいのかしらね。」
私は彼の手を引っ張って立ち上がらせ、元気付けようとしたのだ。
しかし彼の顔を見ると、とても不安そうな目をしていたのだった。