132話 創造者
ネモはさっきまでの気配と全く違っていたのだ。
私がネモをじっと見ていると、無表情のままネモが口をひらいたのだ。
「この世界を消去します。」
そう言って左手を高く掲げだのだ。
すると、周りの景色が歪み、崩壊し始めたのだ。
それはまるで消しゴムで絵を消したかのように、あっという間に何も無い白い空間になったのだ。
遠くを見てもどこまでも白い空間が続いているだけで、何も見つける事はできなかった。
つまり、この空間には外の世界から来た私達と、かつてのこの世界の主、そしてネモしか存在していないように見えたのだ。
誰もがその状況に驚き、言葉が出なかった。
しかし少しの沈黙の後、私は聞かずにはいられなかったのだ。
「ちょっと・・・待って。
ここに生きていた住民達は?
自然だけでなく、全ての生命も消えてしまったの?
あなたはいったい何をしたの?」
「ここは、我らが良しと思わない世界。
消去に値する場所。
あなた方は・・・元の世界に戻りなさい。」
ネモは表情一つ変えずに答えると、この世界に入った時と同じ魔法陣を作り上げ、この世界から立ち去るように促したのだ。
すると、私の指輪から明るい光の塊が出てきて、指輪に宿りし者』が現れたのだ。
ブラックの指輪の片割れと顔を見合わせると、嬉しそうにネモに向かい頭を下げてひざまづいたのだ。
それを見て、ネモの体で話している者が、あの『闇』『光』『大地』の意思である事を理解したのだ。
だからこそ、この世界の全てを無にする事も出来たのだろう。
そして『指輪に宿りし者』達をはじめ、自然から生まれた者達は皆、ネモを見る目が変わったのだ。
しかしネモの姿の創造者は、そんなみんなを見ても表情一つ変わる事はなかった。
だが、私は何だか納得がいかなかった。
良しとしない世界だから、リセットしてまた新しい世界にすれば良いという事?
ゲームと同じと言うのだろうか?
この世界には、自分の意思を持っていなかったかもしれないが、色々な生命が存在したのだ。
それに、この世界を作るために犠牲になった者達もいるのだ。
ここが何も無くなってしまったら、何のために犠牲になったかわからないではないか。
私はカクを見て、心が痛んだのだ。
それなら、その人達が亡くなった事に意味を持たせ、少しでも納得出来るものにしたいと思ったのだ。
目の前にいる者は尊く、素晴らしい存在なのかもしれない。
しかし、今やっている事はこの世界の主と同じでは無いか?
「私は・・・この世界に思い入れがあるわけではありません。
ご存知かもしれませんが、あなた方の作った世界とは別の世界から来た者です。
そんな私が言うのも何ですが、この世界を作るために犠牲になった者達がいるのです。
全てが無になったら、その人達は何の為に犠牲になったのかわからないではないですか?
もう一度だけ、あの者に託してはどうですか?
あなた方なら、元に戻す事が可能では無いですか?」
ネモの姿の創造者は私に目を向けたが、黙ったままであった。
その姿を見て、私は不安がよぎったのだ。
つい勝手な事を言ってしまったが、私達も簡単に消されてしまうのでは?
余計な事を言ってしまったと今更ながら後悔したのだ。
精霊達やブラックは緊張した面持ちで、黙ってこちらを見ていたのだ。
そしてこの世界の主であった者は、この状況に憔悴して座り込んだままであった。
少しして、ネモの姿の創造者は口を開いたのだ。
それは私にとって、とても長い沈黙に感じたのだった。
「あの者が変わらなければ、ここは我らが良しとしない世界のまま。
あの者にこの世界の主たる資格があるかどうか、見せてもらいましょう。
もちろん、このままで良ければ何もしなくて結構。
ただし、今やここは、何も作り出す事ができない世界。」
そう言うと、手を大きく動かして何も無い空間に一つの扉を作り出したのだ。
「決断が出来たら、この扉を開けて中に入ると良いでしょう。」
ネモの姿の創造者は無表情のまま、かつてのこの世界の主を見たのだ。
彼は下を向いて黙ったままであった。
かつてのこの世界の主がどうにかしたいと思わなければ、私が何を言おうがどうにもならないのかもしれない。
しかし、私はずっと気になっていた事があったのだ。
それは、ネモと言う存在。
「あの・・・ネモはどうなるのでしょうか?
彼女も消えてしまうと言う事ですか?」
「この世界で、作り出したものは全て消去します。
この体は我らの意思を伝える手段として、まだ存在しているのみです。」
それを聞いたかつてのこの世界の主は、急に顔を上げネモを見たのだ。
そして意を決したように話し出したのだ。
「やらせてください。
全てが無くなっても仕方がないのですが、ネモだけはどうか・・・
私にもう一度機会をお与えください。」
さっきまで憔悴していた彼は、力強く懇願したのだ。
やはり、彼にとってネモは特別な存在。
ただ作り上げた他の住民達とは違うのだろう。
私は何となくではあるが、彼女自身の意思が存在するように感じていたのだ。