131話 闇の薬
私は精霊からもらった弓矢を使い、この森の中心にある木を目掛けて矢を放ったのだ。
うまい具合に私の作った薬は弾け、薄墨の様な色の煙が立ち上ったのだ。
そしてその煙は渦を巻きながら広がって行き、この森を覆うほどになったのだ。
それと同時に、ある者には耳障りの悪い音が聞こえてきた事だろう。
その音は段々と大きくなり、めまいや吐き気を感じさせる程のものであったはず。
しかし、その不快な音の影響があったのは、この世界の主一人であったのだ。
実はブラック達を追いかける前に、私は『指輪に宿りし者』と相談したのだ。
闇の薬を二度と使いたくなかったが、この世界の不自然さを分かってもらう為に使うのならと、納得したのだ。
『指輪に宿りし者』と一緒にいた『闇の鉱石を支配する者』も手を貸してくれたのだ。
彼らは私が必要とする鉱石を作り出す事が出来たので、私は鞄にある漢方薬を見て考えたのだ。
一つ目は騒音拡大させる薬
ブクリョウ、ケイヒ、カンゾウ、ソウジュツ
の生薬から作られた漢方薬。
本来はめまいや耳鳴り、頭痛でも使われるもの。
そこに、闇と風の鉱石を配合させ、この森全体に広がるようにしたのだ。
私は前もって光の鉱石から作られる完全回復の薬を使っていた為問題なく、そしてここに集められた友人達はまるで催眠状態にあるようなもの。
この薬の効果で目が覚めてくれるなら・・・と、期待したのだった。
だから、ここで本当のダメージがあったのは一人だけだったのだ。
「何だ、この不快な音は。
頭が痛くなる。
この世界には必要のない騒音では無いか?
今すぐやめるのだ。」
この世界の主はさっきまでの美しい表情から一変して、苦痛で顔を歪めたのだ。
「無理よ。
これは実際に不快な音が出ている訳ではなく、そう感じるだけよ。
薬の効果が切れるまで・・・もしくは別の薬を使わなければ止める事は出来ないわ。
でもね、世の中には色々な音が存在するの。
あなたが感じてる不快な騒音も沢山あるはず。
だからこそ、心に響く美しい歌や音楽が際立つのよ。
自分が必要が無いと思うものは全て切り捨て、自分の望む物しか無い世界なんて、ちっとも素晴らしくなんて無い。」
「うるさい、うるさい!
とにかくどうにかするのだ。
この素晴らしい世界には、こんな不快な音は必要ないのだ。」
この世界の主は下を向き手で耳を塞いで、私の言葉など聞こうとしなかったのだ。
私はため息をつくと、鞄の中にあるもう一つの闇の薬に目を向けたのだ。
「この薬はあなたが恐れているものを見せてくれると思うわ。」
二つ目の薬は幻覚や混乱を招く薬
サイコ、オウゴン、ハンゲ、ケイヒ、ボレイ、ブクリョウ、タイソウ、ニンジン、リュウコツ、ショウキョウ
の生薬を含む漢方薬。
本来は、不眠や苛立ちなどの精神症状を改善する薬。
これに闇の鉱石を配合させる事で、効果を反転させる事となるのだ。
私は鞄から取り出した薬を手に持ち、この世界の主の前まで進んだのだ。
彼は不快な音に顔をどんどん歪めていったのだ。
私は彼に近づくと、この薬を破裂させたのだ。
彼は抵抗する事は無かった。
騒音が気になり私に目を向ける事さえ無かったのだ。
すると、先程と同じような黒ずんだ煙が彼を包み出したのだ。
そして、煙が彼に吸い込まれるように入っていくと、足下から崩れたのだ。
そして頭を抱えてしゃがむと、何かブツブツと呟き出したのだ。
きっと今の彼には色々な物が見える事だろう。
私には何が見えているかわからないが、彼には幻覚として不安に駆られる物が見えているはずなのだ。
彼が一番恐れているもの・・・
全てが、美しく綺麗なままで存在する事を良しとする彼にとって、衰退、崩壊などの変化、そして執着、欲、妬み、怒りなど人間では誰でも持ち合わせている、当たり前の感情を恐れているのかも知れない。
命あるものは永遠などなく、必ず終わりがあるのだ。
だからこそ、それまでに悔いがないように一生懸命に生きる事が素晴らしいのだ。
人にはそれぞれに持ち合わせている色々な感情があるからそこ、優しさや思いやりに触れると、素晴らしいと感じるのだ。
そんな事も知らずに世界を作るなんて・・・
少なくとも、あの三つの世界を作った『闇』『光』『大地』の意思と同じとは思えないのだ。
世界の創造者達は、彼に何を求めたのだろう。
一番の部外者である私が、それを知る事はできないかも知れないが、少なくともこの世界の住民が自分の意思で考え、生きて、終わりを迎える世界になって欲しいと願ったのだ。
私はこの世界の主には、見守りと少しの手助けだけを望むのだった。
私は弓矢に綺麗に光る薬をセットしたのだ。
そして先程と同じ場所である、この森の中心の木に矢を放ったのだ。
すると、優しく光る霧状のものが、渦を巻きながら森に広がったのだ。
私は完全回復の薬に風の鉱石を配合した物を、破裂させたのだ。
森中が優しい光に包まれると、この世界の主は顔を上げたのだ。
苦しそうに歪んだ表情から、何かに解放されたような安らぎを得た表情へと変わったのだ。
しかし、疲労のためかその場に座り込んだままだった。
ブラック達も目が覚めたようで、立ち上がりキラキラと優しく光る森を興味深く見回していたのだ。
私はそんなみんなを見てホッとした時、背中に視線を感じたのだ。
振り向くと、そこにはネモが黙って立っていたのだ。
その表情は今までと違いとても無表情で、声をかけることを躊躇したのだ。
まるで、さっきまでのネモとは違う人格に感じたのだ。