120話 取引
私はカクのあんな冷たい表情を見たのは初めてだった。
いつも優しく微笑んでいた姿とは一転、今のカクは私の知らない人のようだった。
「カク、どう言う事?」
私はカクの肩を揺すって顔を見たのだが、カクは目を合わせなかった。
「舞・・・僕の両親は、まだ僕が小さい頃、あのシンピ鉱山の採掘場で亡くなったんだよ。
その時は事故という事で片付けられたけど、亡くなった原因がわからなかったんだ。
二人とも争った様子や怪我も全く無かったんだよ。
そして今、目の前にいるその者は、僕の子供時代の姿をしているんだよ。
つまり僕の両親である二人が知っている僕の姿。
・・・関係ないとは言わせない。
そいつが両親を亡き者にしたのに違いない!」
カクは『闇の鉱石を支配する者』を指差しながら、叫んだのだ。
「これがカクの子供時代の姿?」
言われてみれば、何と無く面影があるかもしれない。
私はその少年の姿をじっと見たのだ。
カクの言葉を聞いた『闇の鉱石を支配する者』は、腕を組んで何やら考えているようだった。
「ふーん、この姿ね。
ああ、思い出したよ。
僕にとっては、ついこの間だからね。
ある人間達の最後の強いイメージを僕が受け取ったんだよ。
それまでは、人の姿になんて興味が全く無かったんだけどね。
その時々で、色々な姿で存在していたよ。
別に器と同じようなものだからね。
兄弟達みたいに特定の姿になることなんて、考えてもなかったよ。
でもあの時は、その人間達の強いイメージに何かあるのかと思ってね。
それからその姿になっているだけさ。
あ、でも、お前の言っていることには間違いがある。
確かに関係はあったけど・・・
・・・殺したのは僕じゃないよ。」
「そんなわけないだろう!
あの場所はお前がいたところだろう。
お前以外に誰が両親に手をかけたというんだ。
あれは、人間に出来ることでは無い。」
カクはそう言いながら、『闇の鉱石を支配する者』を真っ直ぐに見たのだ。
「確かにそうかもしれない。
しかし僕じゃないよ。
本当の事を知りたいか・・・
そうであるなら、僕を鉱山に閉じ込めるわけにはいかないぞ。
そうなれば、ずっと謎のままだな。
まあ、僕が殺したと思い込む事は勝手だ。
だが・・・真実は違う。」
そう言って、『闇の鉱石を支配する者』はニヤリとしたのだ。
「カク殿・・・あの者の言う事が正しいとも限りません。
落ち着いてください。
舞も、今は『指輪に宿りし者』の言うように、鉱山に再度閉じ込めた方がいいはず。」
ブラックはそう言うのだが、私はカクの事が関係なくとも、以前と同じ状態にする事は正解でない気がしてならなかったのだ。
「もし・・・もし本当に殺してないと言うなら、その真実とやらを今ここで話せば良いじゃないか?
閉じ込められないように、嘘を言っているだけだろう。」
カクが怒りで震える声で話すと、『闇の鉱石を支配する者』は笑いながら答えたのだ。
「はは、それは出来ないよ。
今回の話を聞いたからには、取引しかないと思ったんだ。
僕は簡単に鉱山に閉じ込められたくないんだよ。
自分だけが自由を奪われるのはごめんだ。」
「取引・・・
真実を話すと言っているが、それがはたして本当かは私たちにはわからないのでは?
そんなものが取引になるとは思えませんね。
それにもし真実を話す事で、あなたはどうしたいのですか?
以前のように他の生命を脅かすつもりなら、どうであれ野放しには出来ませんよ。」
森の精霊はそう強く言ったのだ。
舞の『指輪に宿りし者』もそれに同意するように頷いたのだ。
それを見た『闇の鉱石を支配する者』は大きなため息をついたのだ。
「なるほど、信用されてない訳だね。
まあいいよ。
あの鉱山の闇の鉱石の中には、僕の記憶と言うべき情報が保存されているのだよ。
それを見せるとしようか。
まあ、もし見たいのであればだけどね。
僕はね、本当に自由になりたいだけだよ。」
そう言った彼の言葉には、嘘は無いように感じたのだ。
森の精霊が遡った、森の記憶と同じ事なのだろうか?
そうであるなら、確かに真実を見る事が出来るのかもしれない。
それにしても、カクの両親の話を聞くのは初めてだった。
しかも、そんな風に亡くなっていたなんて。
もし、『闇の鉱石を支配する者』が本当の事を言っているとしたら、いったい誰がカクの両親を・・・。
しかし、カクは本当に真実を知りたいのだろうか?
見たく無かった真実が、そこにはあるかもしれないのだ。
私はカクの方を見ると、カクは私が考えている事がわかっているかのように、話したのだ。
「舞、大丈夫だよ。
どんな事でも真実なら受け入れるつもりだから。」
カクでは無いが、私も真実を知りたかったのだ。