117話 記憶の小石
ユークレイスの姿の『闇の鉱石を支配する者』は、目の前に現れた森の精霊を黙って青い目で睨んでいた。
対照的に、森の精霊はにこやかに話しかけたのだ。
「さあ、その魔人から出て行ってもらえますか?
あなた達の喧嘩に他の者を巻き込まないでください。
この中ではあなたは私に争う事が出来ないのはわかってますよね?」
「僕の希望はね、自由になりたいだけだ。
そして、僕を鉱山に閉じ込めた彼等に自分と同じ目に合わせたいだけだよ。
あいつらは、僕と違っていつでも自由で大きな力を待っていたのだよ。
僕は器になる者がいないと、同じ様には出来ない。
その為に、犠牲になる者がいるのは仕方ないんだよ。
何が悪い!」
『闇の鉱石を支配する者』はそう叫ぶと、舞の『指輪に宿りし者』に向き直ったのだ。
「だからお前はダメなのだ。
他の生命を犠牲にしても自分の欲のみを追求しようとする事が問題だったのだ。
わからないか?
お前が器にした者の行く末は魂を破壊される程の闇で犯されるのだ。
お前が行う事全てがその者の闇として受け取る事になるのだ。
その度に魂にダメージを受けるのだぞ。
それを受け入れられる者など、そうそういないのだ。」
ため息混じりに『指輪に宿りし者』が話すと『闇の鉱石を支配する者』はニヤリとしたのだ。
『そうだとするなら、この器はもうすぐ終わりだな。
今更返す必要は無いだろう。
今私が出て行ったところで、救うことなど出来ないよ。
だったら、僕の器として有効利用してあげるよ。』
そう得意気に話したのだ。
するとブラック達を閉じ込めていた鉱石の塊の一部が光りだし、あっという間に大きな音を立てて崩れ出したのだ。
すでに一箇所を光の鉱石の様に変化させておいた事で、二人の『指輪に宿りし者』は簡単に合流する事が出来たのだ。
その時一つの光が、ユークレイスの姿の『闇の鉱石を支配する者』に勢いよく到達したのだ。
鉱石の塊が破壊された事に気を取られていたのもあるが、そうでなくても、この空間では避ける事が出来なかったのだ。
その光の矢のような物が到達すると、『闇の鉱石を支配する者』は優しい光に包まれたのだ。
そして、すぐに足から崩れ落ちたのだ。
それは少し離れたところに隠れていた舞が、放った薬の矢に他ならなかった。
しかし、矢を放った舞は複雑な表情をしていたのだ。
『闇の鉱石を支配する者』の言った言葉が心配だったのだ。
本当は森の精霊の指示で、異物を分離する薬を放つ予定であった。
ブラック達を閉じ込めていた鉱石が破壊された時が合図だった。
しかし、舞は急遽違う薬を放ったのだ。
森の精霊に貰った弓矢は、記憶が無くとも使い方は身体が覚えていたのだ。
舞はこのまま分離させる事を躊躇したのだ。
分離させて、元の魔人であるユークレイスに戻れるのだろうか?
少し考える時間が欲しかったのだ。
舞は彼を眠らせる薬を使ったのだ。
以前、森の精霊にも使って効果があったとカクから聞いていたのだ。
「舞、違う薬を使ったのですね。
あれでは少しの時間で目覚めてしまいますよ。」
森の精霊は、今のうちに分離できる薬を使う事を勧めたのだ。
器から出てしまえば、『闇の鉱石を支配する者』は大きな力を使う事が出来ないはず。
今しか無かったのだ。
すると、倒れたはずのユークレイスの姿の者が、立ち上がり出したのだ。
それを見た森の精霊は、舞に急ぐように進めたが、破壊された鉱石から出てきたブラックが声を上げたのだ。
「まって!
もしかすると、今、表に出ているのはユークレイスじゃ無いですか?
以前の私とドラゴンの時のように、一方が眠りにつくと、もう一方が表に出れるはず。」
そこにいる誰もが立ち上がったユークレイスの姿に注目したのだ。
しかし、その者の顔つきは先程とは違っていたが、ブラックの期待通りでは無かったのだ。
ブラックにはすぐにわかったのだ。
ユークレイスでは無く、ラピスが現れたのだと。
「・・・ラピスなのだね。
ユークレイスを出してくれ。
彼は大丈夫なのか?」
「流石、魔人の王ね。
すぐにユークレイスでは無いとわかるとはね。
時間がないから、手短に話すわ。
まず、ユークレイスは無事よ。
私がこの身体の奥底に隠したから。
だから、『闇の鉱石を支配する者』はユークレイスの存在を知らないはず。
彼に入り込まれる時にすぐに入れ替わって、ユークレイスを閉じ込めたのよ。
私は普通の人格と違って、ユークレイスが抱えきれない物を背負う為に生まれた。
だから、入り込まれた『闇の鉱石を支配する者』がいても、ユークレイスの魂のダメージにはならないから。
安心して欲しい。
ただ・・・私の人格の消滅が始まっている。
流石にそろそろ、ユークレイスを隠す事が出来なさそう。
だから、ちょうど良かった。
そして、私がまだ存在するうちに、話ができて良かった。」
そう言うと、手のひらに小さな光る石を作り出したのだ。
それを見たブラックは、とても焦ったのだ。
最後にラピスと会った時に見せられた、舞の記憶の石に違いなかったのだ。
「それは、舞の記憶・・・」
「ええ、そうよ。
舞と関わりを断たなければ、破壊すると言ったもの。」
「やめてくれ!
今はそんな状況じゃ無いだろう。」
ブラックがそう叫ぶ中、ラピスは真剣な顔をして手のひらに乗せた小石を、力強く握り潰したのだ。
舞は目の前で何が起きているのか、わからなかった。
しかし、横で呆然としているブラックを見て、すぐに理解する事が出来たのだ。
きっと、自分の消失した記憶が、もう元には戻らないのだと・・・