110話 声の持ち主
ジルコンとユークレイスが鉱山を出ようとした時、頭に話しかけてくる者がいたのだ。
それは不快な音と一緒に流れ出てくる意思とは違い、明らかに二人の魔人に対してのものであった。
それはユークレイスだけでなく、ジルコンにも伝わったのだ。
『お願い、力を貸して。
助けて!』
ジルコンとユークレイスはその声を聞いて、顔を見合わせたのだ。
鉱山の中心に、この声の持ち主がいる事は明らかであった。
それも、『指輪に宿りし者』と同等の強さのある者・・・
そんな者が自分達に力を貸して欲しいというのが不思議だったのだ。
「あなたは誰?
力を貸せと言うけれども、この不快な音をやめて欲しいの。
人間では到底対応出来ない音よ。」
ジルコンが強い口調でそう言うと、今まで聞こえていた不快な音とそれに乗った意思が一瞬で聞こえなくなったのだ。
『ごめんなさい。
あなた達は人間では無いんだね。
今までこの辺りにいた人達と気配が全く違う。
あなた達なら、きっと僕を助けられる。
お願い、こっちに来て欲しいんだ。』
二人の頭に話しかけて来たその声は、まるで子供を思わせる話し方だったのだ。
それはさっきまでの不快な音と一緒に流れていた意思とは全く違い、同じ者からとは思えなかったのだ。
だからジルコンとユークレイスは、鉱山の中心部に行く事が危険とわかってはいたが、どうしてもその声の主と会ってみたかったのだ。
二人は鉱山の中を行けるところまで入ってみると、目の前に強い気配を感じたのだ。
それは、さっき二人の頭に話しかけて来た声の持ち主である事は明らかであった。
予想通り目の前には、少年を思わせる者が膝を抱えて座り込んでいたのだ。
そして顔を上げて二人を見ると、優しく微笑んだのだ。
『ありがとう、来てくれて。
僕だけじゃ、ここから出れないんだ。
お願い、助けて欲しいの。』
「あなたは誰ですか?
はるか昔から存在する方達と同じ気配を感じますよ。
それにさっき、これが始まりと言ってましたよね。
それは?」
ユークレイスは表情を変えずにそう話しかけると、その少年は立ち上がり不思議な顔をしたのだ。
『始まり?
そんな事を言ったかな?
僕は確かにはるか昔から存在するよ。
でも、ずっとこの鉱山の中に閉じ込められていたんだ。
それがある時から少しずつ周りの様子を感じる事ができるようになって、つい最近自分の意思を周りに伝える事ができるようになったんだよ。
でも、僕の言葉を上手く受け取ってくれる人がいなくて・・・
そんな時、あなた達が現れたんだよ。
あなた達なら、僕を自由にしてくれるはず。』
そう言ってニコリと笑ったのだ。
その少年がはるか昔から存在する者である事はわかったが、ユークレイスの力でも、その者の意図を読み取る事が出来なくなっていたのだ。
「じゃあ、ここから出て何をしたいの?」
ジルコンがそう言って詰め寄ると嬉しそうに話したのだ。
『ああ、僕の兄弟と言うべき者達に会いたいんだよね。
あなた達なら知ってそうだけど。
・・・いや、知っているはずだね。
・・・二人の顔を見ればわかるよ。』
そう言うと、その少年の目が青く光ったのだ。
それを見た二人は一瞬で動く事が出来なくなり、ジルコンは意識があったものの、ユークレイスは意識を無くしてしまったのだ。
『ふーん、この彼が良さそうだね。
お姉さんは黙って付いてくればいいよ。
もちろん、何も言えないかな?』
そう言うと、その少年は黒い霧状の塊になり、ユークレイスの中に入っていったのだ。
ジルコンはその少年の言うように動く事が出来ず、見ているしか無かったのだ。
そして何とも言えないオーラを纏ったユークレイスが立ち上がると、ジルコンを見て優しく笑いかけたのだ。
普段微笑むことの少ないユークレイスが、今ジルコンを見て笑っている事が、ジルコンにとっては不快でならなかったのだ。
『さあ、お姉さん、僕の兄弟のところに案内してくれるかな?
知っての通り、この世界のほとんどの鉱石を支配する彼らだよ。
今は何故か力を使ってないみたいだけど、存在が薄れている訳では無いようだし。
まあ、そのおかげで僕はここから出れたけどね。』
『ああ、お姉さんが言いたい事がわかるよ。
兄弟に会ってどうするかって、聞きたいんだろう。
うん、教えてあげるよ。』
ユークレイスの姿の彼は、引き攣った表情のジルコンの耳元で囁いたのだ。
『僕と交代の時間が来た事を伝えに行くだけだよ。
そう・・・やっと始まるんだよ。』
それを聞いたジルコンは、早くブラックに伝えなければと思ったが、自分の身体が自由に動く事は無かったのだ。
もちろん、ユークレイスを人質にされているような状態で逆らう事は出来ず、ジルコンは言われるがまま魔人の城に連れて行くしか無かったのだ。