109話 気配
舞は目の前の長身な男性を見て、声をかけたのだ。
「あなたは誰?」
それを聞いて、ブラックは言葉が出てこなかったのだ。
「魔人の王ですよ、舞。」
舞の背後からカクが声をかけたのだ。
ちょうど、馬車の手配を終えて戻ってきたところだった。
「あなたが魔人の王なのね・・・ごめんなさい。
私、何も・・・」
舞はそう言って下を向くと、カクの後ろに隠れたのだ。
ブラックはそんな舞を見て、わかっていた事とはいえ、とてもショックだったのだ。
「いえ・・・良いのですよ。
舞の記憶が元に戻るのを待つことにしますから。
この世界に来れただけでも、すごい事ですよ。
森の精霊のおかげですね。」
そう言って舞の顔を覗きこみ、微笑んだのだ。
カクの後ろからブラックを見たその目は、黒く大きな瞳が力強く輝いていて、ブラックはある意味安心したのだった。
とにかく、ブラックは二人を魔人の城に案内する事にしたのだ。
二人が来た理由は、舞の記憶に関する事であるのは明らかであった。
そして、前もって城の執務室にジルコンとユークレイス以外の幹部に集まるよう、ブラックが指示を出していたのだ。
今のユークレイスに舞を合わせる事は出来ないので、丁度良かったのだ。
ラピスに会ってしまえば、舞から抜き取られた記憶を消滅させられるかもしれないからだ。
ブラックは鉱山に行った二人も心配ではあったが、今のうちに舞の記憶を取り戻す策を練りたかったのだ。
舞は馬車から降りて城の中に入ると、辺りをキョロキョロ見ながらゆっくりと歩いていた。
カクはその後を静かについて行ったのだ。
以前の舞にとっては見慣れた場所のはずなのだが、今の彼女にとっては、初めて見る物ばかりなのだ。
もちろん、魔人の国を避けていたカクにとっても、そうであった。
魔人の城の中では、多くの魔人達が働いていたのだ。
魔人と言っても、姿形は人間とほとんど変わらないのだ。
だが人間と違って皆、大なり小なり生まれ持った魔法のような能力を備えていていたのだ。
その中で一番強い力を持っている者が魔人の王となっていたのだ。
そしてこれから会う幹部達も大きな力を持った魔人達である事に、舞はとても緊張していたのだ。
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舞とカクが魔人の王の執務室に入ると、すでに幹部達が待っていた。
舞は大きな目をもっと見開いて、興味深く彼らをじっと見たのだ。
私は目の前にいる魔人の王であるブラックと再開した時、頭ではわからなくても、本当は心で何かを感じていた事に気づいていた。
それはカクやヨクに会った時とはまた違う気持ちだった。
とても鼓動が速まり苦しくも感じたのだが、それ以上に何故だか嬉しかったのだ。
ただ、それを伝える事が純粋に恥ずかしかったのだ。
そして執務室の中に入ると、さっきまで思っていた緊張感はあっという間に消え去る事になったのだ。
私の緊張した気持ちなどお構いなしに、近付いてくる若者がいたのだ。
「舞、おかえり。
待っていたぞ!
何、あっという間にユークレイスから記憶を取り戻してやるさ。
安心するといいぞ。」
そう言って私の手を取り、ソファに座るように促したのだ。
そして自分も腰掛けると、置いてあったお菓子を頬張り、私に勧めてきたのだ。
彼は自分よりも高い身長なのに、言っていることや行動はまだまだ少年のような人だった。
「アクア、勝手な事を言わないように。
舞は何もわからないのだからね。」
ブラックがアクアにそう注意すると、アクアはブラックを見ながら私にくっついて来たのだ。
「ブラックの記憶がないなら、それはそれでいいではないか。
これから楽しい記憶を作ればいいのさ。
なあ、舞。」
アクアはそう言って私の手を取り、ブラックをニヤニヤ見たのだ。
そんなアクアの態度にブラックの表情が変わっていくのを見て、私はつい笑ってしまったのだ。
それは、以前も何回か見た事があるやり取りに感じたのだ。
そして私の緊張はあっという間にほぐれたのだ。
しかし、ブラックが『指輪に宿りし者』から聞いた話をみんなに伝えると、また一気に緊張が高まったのだ。
そしてすぐに鉱山に行っている二人を呼び戻す事にしたのだが、私の記憶をどうラピスから取り戻すかが難題だった。
私は、自分の『指輪に宿りし者』が、私の記憶を戻してもらわない限り、魔鉱石の輝きは戻さないと言っている事を話したのだ。
そしてその力が戻らないと、人間の国での生活に大きな支障がある事も・・・
詳しいことはカクからみんなに伝えてもらったのだ。
だからどうしても記憶を取り戻さないといけないのだ。
私は今回、その為にここにいるのだ。
そしてカクの話が終わる頃、執務室にいた魔人達の表情が変わったのだ。
ジルコンとユークレイスがこの世界に戻って来た事に気付いたのだ。
「ちょっとだけこの結界の中にいてくださいね。」
今ユークレイスに会うわけにはいかなかった為、ブラックは私とカクに執務室の隣の部屋で待つように話したのだ。
そこに入ると、ブラックがその部屋を結界で囲み、他の者には私達を認識させないようにしたのだった。
ブラックが執務室に戻ると、ジルコン達がすでに城に戻って来たようで、すぐに執務室の扉がノックされたのだ。
だが、その場にいた誰もが同じ事を感じていたのだった。
二人に混じって、何か別の者の気配を感じると・・・
開かれる扉にみんなが注目したのだった。