108話 光と闇のバランス
実はジルコンが、魔人の城に闇の鉱石を持ち込んだ時には、すでにシンピ鉱山は人けのない状態になっていた。
鉱山で作業をする者達が相次いで体調不良を訴えてきたのだ。
もちろんその場を離れ、少し休むと体調の改善は見られたのだが、やはりまた鉱山に出向くと同じような症状に陥っていたのだ。
多くの者は頭痛や吐き気、不眠を訴えていた。
中には攻撃的になる者、逆に塞ぎ込んでしまう者など、精神的に不安定な状況となる者もいたのだ。
そんな中、生活に必要な魔鉱石もほとんど採掘されなくなったのもあり、王室から全員その場を離れるように指示が出されたのだ。
王室の方では、魔鉱石の効果が無くなった事と関連があるのではないかと考えられたが、人間の身体では調査をする事が難しかったのだ。
ユークレイスはシンピ鉱山の中心部から聞こえる音に込められた意思を読み取ると、ジルコンに伝えたのだ。
「やっと自由になれた・・・そう言ってますね。
ただこの感覚・・・あの者を思い出します。
消滅したあの影達の主たる者。
それよりも、もっと強い気配を感じます。
我々でどうにかなる事では無いような気がしますよ。」
それを聞いたジルコンは、怪訝な顔をしたのだ。
「どう言う事なのかしら?
ブラックと舞が持っている指輪に宿りし者がこの世界の鉱石を支配していると思っていたわ。
だからこそ、指輪が舞と一緒に別の世界に行った事で、魔鉱石の光がなくなった。
確かに闇の鉱石だけは増えていると聞いていたけど、思った以上に増えているみたいね。
そうさせる何者かがいるってことね。」
「ジルコン様、読み取れる意思に続きが・・・
これが始まりだと。
・・・早くブラック様に報告が良いと思います。」
ユークレイスはそう言うと、ジルコンは珍しくすぐに同意したのだ。
しかし、そこを離れようとした時、二人の頭に話しかけてくる声があったのだ。
今まで不快な音と一緒に流されていた意思とは違い、明らかにその場にいる二人の魔人へ向けてのメッセージであったのだ。
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ブラックは、ジルコン達に人間の国にある鉱山に行くように指示をした後、自分の指輪を触りながら目を閉じていた。
そして心の中で『指輪に宿りし者』に語りかけていたのだ。
すると、指輪が暖かくなったかと思うと優しい光を放ち、光の霧から人の姿に変化していったのだ。
「やあ、ブラック。
また会えて嬉しいよ。」
そう言うと、執務室のソファに転がってブラックに微笑んだのだ。
そこにはいつもの彼がいたのだ。
「ああ、また聞きたいことがあってお呼びしました。」
「何かな?
僕の知っていることかな?」
「知っていると思いますよ。
どうして言ってくれなかったのですか?
闇の鉱石の事です。
あれは、あなた達とは別の者の関わりがあるのではないですか?」
ブラックはいつになく鋭い表情を、『指輪に宿りし者』に向けたのだ。
「そんな怖い顔をしないでほしいな。
まあ、確かに話して無かったけどね。」
そう言って転がった体を起こし、真っ直ぐにブラックを見たのだ。
「・・・そうだよ。
闇の鉱石は僕達の管轄外だよ。
あれには別の者の力が関与しているんだよ。
まあ遥か昔、僕達のように大地と光と闇から生まれた者だよ。
僕達と違って、闇の要素が大きいんだけどね。
ああ、でも僕達に比べたら劣るから大丈夫。
僕達の輝きの前では、彼の力が及ぶ事はないからね。」
「しかし、舞の『指輪に宿りし者』がいない今はどうなんですか?
他の多くの鉱石の輝きが失われた今、その者の力は・・・」
「うーん、そうなんだよねー
この世界は色々なバランスで上手くいっているんだよ。
そのバランスが崩れてしまった場合、それを補うように光の代わりに闇が蔓延るという感じかな。
まあ、僕の片割れが戻ってくれば、問題ないはずだよ。」
そう言って引き攣った笑いをした事が、ブラックには不安でならなかった。
「ただ、とても不快な音を発していますよ。
特に人間にとっては悪影響としか思えません。
今、部下に調査に向かわせているのですよ。」
「ああ・・・それは困った。
なるべく近づかないほうがいいんだけどね。
あいつは・・・以前の黒い影の主たる者とは違うんだよね。
自分の中に取り込むんではなく、自分が器と認めた者に入り込もうとするんだよ。
今までは鉱山の中に閉じ込められていたけど、もしかして今ならば・・・」
そう、『指輪に宿りし者』が話している時、ふとある気配に気づいたのだ。
それはブラックも同じであったのだ。
「舞がこの世界に戻って来た!」
「あ、僕の片割れがこっちに来たみたいだね。」
二人は同時に声を上げたのだ。
「では、舞を迎えに行った後に、部下を戻すことにしますよ。
まあ、彼らなら大丈夫だと思いますが。」
「・・・そうだね。」
『指輪に宿りし者』は少しだけ不安な顔をしてそう言った後、光の霧に変わり指輪の中に戻ったのだ。
ブラックは舞に会える事が嬉しく、そんな指輪に宿りし者の表情を気にかける事は無かった。