107話 鉱山
ユークレイスとジルコンはブラックの指示通り、人間の世界に繋がる洞窟を歩いていた。
洞窟の中は静まり返っており、二人の足音だけが響いていたのだ。
「ねえ、ユークレイス・・・
五百年前の事、覚えている?
ラピスがハナを連れ回した件よ。」
洞窟の出口が見えかけた時、ジルコンが口を開いたのだ。
「ええ。
・・・覚えています。
あの時もご迷惑をおかけしました。
自分で対処できない事が情けないです。」
ユークレイスはそう言って、下を向きながら足を止めたのだ。
「そんな事を言いたいわけじゃ無いのよ。
あの時と今回・・・ラピスは何をしたいのかしら?
思い付く事はある?」
「色々考えたのですが、ブラック様への嫉妬くらいしか考えつかなくて。」
「嫉妬・・・確かにね。
でもそれはブラックへでは無い気がするのよ。
・・・そう、ユークレイスあなたにじゃ無いかしら?
ねえ、ユークレイス。
あなたは同じ幹部でありながら、私達に壁を作っていなかった?
今まで、本当の意味で心を許すことは無かったのじゃない?
何か引け目を感じていなかったかしら?」
「・・・そんな事は無いですよ。」
ユークレイスはそう言いながらも、ジルコンの方を向く事は無かったのだ。
「でも、彼女達はそんな事を気にもしなかったんじゃない?
ハナにしても舞にしても他の人間と違って、私達魔人を恐れる事も毛嫌いする事も、そして特別な目で見る事もなかったわ。
そんな彼女達と接する事で、壁が薄くなって行くような気がしてたんじゃ無いかしら?
見た目は変わらないかもしれないけど、心の中に変化があったのじゃないかな?
違ってたらごめんなさいね。
でも、ラピスはそれを感じ取ったのじゃない?」
「ブラック様が大事にしている方をそんな風に思った事は・・・」
ユークレイスはそう言いながらも、言葉を詰まらせたのだ。
「ユークレイスには何人かの人格が存在していたのに、いつの間にかいなくなったと言っていたわね。
今までユークレイス自身が受け止められなかった事を、あなたの兄弟とも言える人格が引き受けてくれていたのでしょう?
それをユークレイス自身が受け止められるようになって、消えていったんじゃ無い?
だけど、最後にラピスが残った。
後一つ・・・あなたが怖いと思う事があるんじゃ無いのかしら?
でも、それを克服したら、ラピスも消えてしまうんじゃない?
ラピスはそれを恐れているのかと思ったの。
それが、ハナや舞がカギとなると・・・
私はそう思ったのよ。
女性のカンだけどね。」
「ジルコン様の想像力はすごいですね。
私が怖い事、特に思いつきませんが・・・」
ユークレイスは冷静を装いたかったが、表情は引き攣っていたのだ。
「でも、ラピスが存在する事がその証拠でしょう?
まあ、今はそんな話よりも、闇の鉱石に集中しましょう。」
そんなユークレイスを見て、ジルコンはため息混じりに答えると、洞窟の出口に進んだのだ。
ユークレイスは、ジルコンの方からこの話をしてきたのに・・・と思ったが、もちろんそんな事を言うなど恐ろしかったので、黙ってジルコンの後に続いたのだ。
ユークレイスは歩きながらジルコンの言葉をよく考えてみたが、実は自信を持って違うと言える事は何一つ無かったのだ。
二人は洞窟を抜けると、一瞬で人間の世界にあるシンピ鉱山に移動したのだ。
そこはかつての魔人の国があった場所と隣接していたのだ。
魔人の城があった場所には、以前はアクアが地下に眠っていた事で、その場所は何も育たない死の大地と言われていたのだ。
もちろん、舞がそれを発見するまで、他の魔人ですら知らなかった事なのだ。
アクアがそこからいなくなった今、その大地はいつの間にか緑豊かな草原になっていた。
そして人間の国のオウギ王の指示で、管理された場所となっていたのだ。
そこは今でも魔人達の土地として、勝手に人間が立ち入ったり開発する事が許されない場所としたのだ。
それは魔人の王であるブラックに言われた訳では無かったが、オウギ王はそうすべきと考えたのだ。
二人はかつての故郷を横目に鉱山に目を向けたのだ。
本来は、採掘のために作業をしている人達で賑やかであったのだ。
だが実は少し前から、立ち入りを禁止する指示が王室から出ていたのだ。
もちろん魔鉱石が採掘されなくなった事もあるが、そこで働く人達の中に、体の不調を訴える者が多くなった事が一番の要因であったのだ。
二人は鉱山の入り口に移動すると、少しずつ不快な音が頭に入り込んで来ることに気付いた。
それは、少し前にジルコンが入手した闇の鉱石の塊から発せられる音と同じであったのだ。
色々な場所から鳴っているように聞こえたが、これらの音の中心となる場所がある事を二人は感じ取る事が出来たのだ。
その中心部に集中してみると、不快な音に何らかの意思が感じられたのだ。
ジルコンにはそれ以上の事はわからなかったが、ユークレイスは違ったのだ。
ユークレイスはその音から流れてくるような意思を、読み取る事が出来たのだ。
それを読み取ると、ユークレイスはいつもに増して厳しい表情になったのだ。
「ユークレイス、何かわかったの?」
たまらずジルコンが声をかけると、ユークレイスは一言だけ伝えたのだ。
「ジルコン様・・・これは我々が手を出せる事では無いようです。」