105話 医療
森の精霊はひと足先に魔人の国に戻った。
舞は魔人の国の王に会いに行く前に、カクやヨクから古びた書物に書かれている不思議な薬について話を聞いたのだ。
私は古びた本を見ながら話を聞くと、自分がいた世界ではありえない事ばかりであったが、なぜかすんなりと受け入れる事が出来たのだ。
もちろん、この世界に来ている事自体がありえないのだが。
そして、この人間の世界の状況を伺うと、石の効果がなくなって以来、病人が増える一方である事を聞いたのだ。
薬師大学校の方では、病の重い人を集めて、薬師達が診ている状況らしい。
いわゆる入院という事なのだろう。
この世界に病院というものが存在するかはわからなかったが、きっと同じような施設になっているのだと思ったのだ。
私はそこがどんな状況かを見せてもらえないかとヨクに頼んだのだ。
私が指輪を持ち帰った事が発端だと思うと、心が痛かった。
ヨクから今は鉱石の効果がないため、不思議な薬を作る事ができないと言われたのだ。
それでも、自分の生まれた世界から持って来た、何種類かの漢方薬が役立つ事があればと思ったのだ。
「舞、学校に行くなら、これを着なくちゃね。」
カクは急いで二階に上がると、ある物を持って降りてきたのだ。
「舞は学生なんだから、これを着て行くといいよ。」
綺麗な刺繍の入ったその衣装は薬師の学生の制服と言うのだ。
私が毎日着て、学校に通った服と言うのだが、やはりはっきりとした記憶は無かったのだ。
しかし、着方を教えてもらわなくても、問題なく着替える事が出来、着心地も良かったのだ。
私はカクと一緒に薬師大学校に向かった。
学校の前に着くと、大きな正門は開かれていた。
いまや、学生や薬師だけでなく、街の人達も学校に出入りしていたのだ。
自分と同じ服を着ている人達が、バタバタと忙しそうにしているのがわかった。
「学生達にも少し手伝ってもらっているんだよ。」
カクからそんな話を聞くと、益々何かしなければと思ったのだ。
学校の中に入ると、思っていた以上にひどい状況だった。
1階のホールのような場所にベッドが何個も並べられていて、多くの人が横になっていたのだ。
その間を、薬師や薬師の学生と思われる人たちが、忙しく働いていたのだ。
患者に目を向けると、どうも多くの人が似たような症状を発症しているように感じたのだ。
話を聞くと熱でぐったりとしていて、喉の痛みや咳が止まらないらしい。
何かの感染症が蔓延している気がしたのだ。
しかし辺りを見ると、消毒などの感染対策などもしっかりと出来ているようには見えなかった。
もちろん点滴の様な物もなく、検査をする機械なども無いのだ。
私はこの世界の医療状況に愕然としたのだ。
カクから、ちょっとした病気や怪我で亡くなる人が少なく無いことや、薬についても自分の生まれた世界とは全く違う事を聞いたのだ。
今まで、鉱石の力で生活が成り立ってた世界が崩れた事で、多くの人の生活の質が低下したのだ。
そして体調を崩しても、私の世界では助かる命がここでは助からないのだ。
けれど、あの古びた本に書かれている不思議な薬なら助かる人達がいるかもしれない。
私は指輪から出てきた美しい人に、どうにかしてもらわなければと思ったのだ。
私は学校を出ると、カクに魔人の国へつながる洞窟を案内してもらったのだ。
洞窟の中は薄暗かった。
今までは光の鉱石による灯りが等間隔で光っていたらしい。
しかし今はそれも光を無くし、暗闇をランプのような物を持って歩いたのだ。
そんな状況もあり、その洞窟を歩く人は少なく、私達の歩く靴音が響いていたのだ。
少し歩くと、前方に明るい光が見えてきた。
洞窟を出ると、暖かな風が頬にあたり、なんだか懐かしい気がしたのだ。
記憶としては無いのかもしれないが、何度も訪れたであろうこの場所を体が覚えているのかもしれない。
私はとても心地よかったのだ。
洞窟から出ると、カクは魔人の城に行く為に馬車を頼みに向かったのだ。
私は周りをキョロキョロしながら待っていると、後ろから私を呼ぶ声が聞こえたのだ。
「舞!」
振り向くと、そこには長身で綺麗な顔立ちの青年が立っていたのだ。
小さな精霊の美しさとは違うが、彼もまた美しく目が離せない存在感のある青年であった。
私は誰だかわからなかったが、胸が苦しくなるくらい、鼓動が速くなったのだ。
その人は泣きそうな顔で私を見ると、少しだけ微笑んだのだ。
「舞、私の事は・・・」
その時、胸元が温かくなったと思ったら、身に付けていたペンダントが青く光っていたのだ。
そして、私は彼を見上げたのだ。
「あなたは誰?」