102話 精霊の遡り
森の精霊は、カクから受け取った包みをそっと開いた。
中には少し前に舞の家で準備した物がいくつか入っていたのだ。
さて、始めるか・・・
私は届いた物を手に持つと、静かに目を閉じたのだ。
そして光の集合体に変わると、森の時間をゆっくりと遡って行ったのだ。
すると、周りの木々がどんどんと小さくなっていき、森全体の大きさも小さくなっていったのだ。
そして黒い影の主たる者により、ほとんどの植物が消滅させられた直後まで遡ったのだ。
ちょうど保存しておいた種を森全体に振り撒いた後で、森の中心にある大木も森の外から見る事が出来るほど、木々はまだ育ってはいなかったのだ。
この状況なら森の入り口に、預かった物を置いておけば、誰かに見つけてもらうことは容易だと感じたのだ。
そして舞のところに届くのも時間の問題だと思ったのだ。
しかし、私の考えとは違い、なかなか上手くいかなかったのだ。
数日おきに預かった物を森の入り口の置いたのだ。
まずは直接的に舞への手紙。
指輪をこの世界から持ち出してはいけない事や、舞が自分の生まれた世界に戻る時は光の鉱石を持っていく事など、今後の状況を回避出来るであろう事を手紙に記したのだ。
そして運良く、森の近くを通りかかった人がその手紙を手にしたのだが、どうやら森から離れた直後に手紙の文字が消えて白紙となったようなのだ。
その後、舞に向けてのメモを書いた本を森の外に置いても、同じようにあっという間に文字が消え去ったのだ。
そしてある物は外にいた魔獣により引き裂かれ、見るも無惨な状態となり、やはり舞に届くことはなかったのだ。
世界の法則に反する物は、やはり森を離れると消滅してしまうのか・・・
それでも私は、舞達が準備した物を数日おきに全て置いたのだ。
その中のいくつかは舞の世界にしか存在しない物であり、それが偶然舞の手元に届くことがあれば、舞のみが分かるなんらかのメッセージを伝えることが出来るものとしたのだ。
ただそれが舞に届く可能性は、限りなく少なかったのだ。
しかし、その中には私が以前目にした物があったのだ。
それは舞が森に来て、私に見せてくれた物なのだ。
これから戻る世界がどう変わるかはわからなかったが、良い方向に行く事を願ったのだ。
私は元の時間に戻り光の集合体から人型に変わると、目を閉じてこの世界を全身で感じたのだ。
しかし、鉱石の変化は変わらず、やはり指輪に宿し者はこの世界に一人しか存在していないようだった。
私は舞に渡した自分の一部である種を使い、舞の元へと意識を移したのだ。
私が舞の元に戻ると、舞は大きな目を益々大きくして私を見て微笑んだのだ。
「ねえ、さっき手紙が来たのよ。」
舞は小さな私を見て、とても喜んでいるようだった。
「何か変化があったのですか?」
「向こうの世界から、手紙が届いたの。
読んだら、実は私の意に反して、私のカバンの底にわからないように光の粉末を入れたと書いてあったの。
言われた通り、スーツケースを色々ひっくり返したら、出てきたのよ。
これがあれば向こうに行けるんでしょう?
お父さんからどうするかは聞いたわ。
私が指輪と一緒に戻れば、向こうの世界も落ち着くわよね。
それにね、不思議な事にさっき渡したスマホが一緒に入っていたのよ。」
舞は嬉しそうに、光の鉱石の粉末が入った袋と舞がスマホと話す物を見せたのだ。
私は、私が過去に戻り行った事で、大きな変化を起こす事は出来なかったが、ささやかな変化により今後を変える事になった事が嬉しかったのだ。
「私、行くわ。
カクって人に会ってみたくなったし。」
舞の大きな黒い瞳は、以前のように生き生きと輝いていたのだ。
それを見て私はホッとしたのだ。
なぜなら、そこには私がよく知っている舞がいたのだ。
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カクは森の精霊に荷物を届けた後、そう言えば舞に言ってない事があると思い出したのだ。
カクは屋敷に帰ると、すぐに舞に手紙を書いたのだ。
私は舞に、荷物を精霊に渡した事を書いたのだ。
そして今更かも知れないが、舞の鞄の隅にそっと入れた物がある事を書いたのだ。
舞が私に見せてくれたもの。
それは舞の世界では連絡を取ったり、手紙のような物を送ったり出来る物と聞いたのだ。
その中に書かれていた言葉。
それが重要な事なのか、私も舞もわからなかった。
・・・病める時も、健やかなる時も、光と共に・・・
舞は光の鉱石は送らないでくれと言っていたが、私は舞に戻ってきてほしくて、内緒で入れたのだ。
そして、舞がスマホと言っていた物も一緒に入れておいたのだ。
舞の記憶も戻ってないだろうし、鉱石は役に立たなくなっているだろうから話す必要もなかったのだが、何となく急に伝えたくなったのだ。