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私の薬華異堂薬局は異世界につくるのだ  作者: 柚木 潤
第3章 失われた記憶編
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101話 カクの両親

 カクは魔人の国につながる洞窟をゆっくりと歩いていた。


 今は人間の国との行き来があるので、灯りも等間隔で付いており、それほど暗さは感じられなかった。

 この洞窟が出現した頃は、自分の足音だけが響く、先の見えない暗闇のトンネルであったのだ。

 恐怖を感じてもおかしくない場所なのに・・・

 舞がそんな時から通っていた事を考えると、やはり自分とは違うのだと思い知らされるのだ。

 それでも、舞に近づけるように臆病な自分を変えたかったのだ。


 私の両親は私がまだ幼い頃に亡くなったのだ。

 それからは祖父が親代わりでずっと育ててくれているのだ。

 両親の記憶は、年を重ねるごとに曖昧になっていくのだが、一つだけ鮮明に覚えている事があるのだ。

 私の父も母も薬師であり、仕事で家を数日離れなければならない時があった。

 その時の母は笑顔でこう言ったのだ。


『カク、たくさんのお土産を持って帰るから、おじいちゃんのいう事を聞いて待っててね。

 わがままを言ってはダメよ。』


『カクはしっかり者だから大丈夫だよな。』

 

 父は私の頭を軽く叩きながら笑って話したのだ。

 そして私を抱きしめた後、二人は屋敷を後にしたのだ。

 ・・・しかし、その後二人が戻る事はなかったのだ。


 数日経っても戻らないため、何か事件や事故に巻き込まれたのでは無いかと、祖父が王室に捜索をお願いしたのだ。

 そして、採掘場の近くの岩場で倒れている二人を見つけたのだ。

 発見された時には二人ともすでに息がなく、亡くなった原因もわからなかったのだ。

 特に争ったり傷つけられた様子はなく、眠るように綺麗な状態だったのだ。

 腑に落ちない事ばかりではあったが、当時は事故という事で片付けられたのだ。


 両親は、誰かのために何かできる事があれば、すぐ駆けつけるような人達だったらしい。

 祖父とは違い、両親とも街の人たちの病気を見る薬師だったが、病気以外の事も色々相談にのっていたようなのだ。

 だからいつも忙しく、屋敷にいる事が少なかった。

 私は少し寂しい思いもしていたが、それ以上に誰かの為に働く両親が誇らしかったのだ。

 当時の私は、自分もいつか同じようになりたいと思っていたのだ。

 あの時までは・・・

 

 あの時の両親は、頼まれた仕事の後に何故か採掘場に行ったらしいのだが、その理由など詳しい事はわからなかったのだ。

 それ以来、私の考えは変わってしまったのだ。

 周りは臆病と言うかも知れないが、私は変化を好まず安定でいられる事を良しと思うようになったのだ。

 そして私は両親のようにはなりたく無いと思ったのだ。

 だから、街で働く薬師ではなく、祖父と同じ王室付きの薬師で良かったのだ。


 そんな時に舞が現れたのだ。

 そして今までの平凡で安定していた生活から一変したのだ。

 舞の行動にハラハラ、ドキドキと翻弄されたおかげか、自分の臆病さも少しずつだが変わっていったのだ。

 魔人の世界へも、今までこんな風に一人で行くことなんて考えた事は無かった。

 

 だが、今は一人で洞窟を歩いているのだ。

 舞の為に出来る事があると思ったら、何も怖くは無かったのだ。

 舞もいつもそうだったのかも知れない・・・

 洞窟を進むと目前には明るい光が見えてきたのだ。

 その先には広い草原と岩山が連なっていたのだ。

 そして心地よい風が頬にあたると、私は別の世界に来た事を実感したのだった。

 少し先にはエネルギー溢れる生き生きした森を見る事ができ、私は躊躇なく森に向かったのだ。


 少し歩くと森の入り口に着いた。

 小さな小道から森の中心に着くことは、以前舞にきいていたのだが、慎重に一歩を踏み出したのだ。

 森の中は澄んだ空気で満たされていた。

 そして小さな光の粒のようなものが、所々にゆらゆらと浮かんでおり、とても綺麗に輝いていたのだ。

 のんびり歩いていると、いつの間にか開けた広場に出たのだ。

 そこに大きな木が一本そびえていて、あの精霊の本体である事は明らかであった。

 すると、ザワザワと周りの草木が動き出し、あっと言う間に人一人通れるトンネルを作り出したのだ。

 私は意を決してそのトンネルの中を駆け抜けると、以前会った事がある美しい者が待っていたのだ。


 彼は以前会った時よりも美しさだけでなく、神々しさも備えたように感じたのだ。

 彼は私を見て、優しく微笑んだのだ。


「お久しぶりですね。

 舞からの手紙が届いたのですね。

 すぐに来てくれてありがたい事です。」


「あの、以前はお屋敷を守っていただき、ありがとうございました。

 舞に会ったのですか?

 舞はあの・・・記憶はまだ戻ってないのですよね。」


 私は聞いて良いものかわからなかったが、これだけは確認したかったのだ。


「ええ。

 会う事は出来ましたが、舞の記憶は戻って無いです。

 よく分かりましたね。」


 精霊は少し寂しそうに答えてくれたのだ。


「手紙の・・・手紙の文字は舞のでしたが、舞の気持ちが読み取れなかったのです。

 今までは手紙を見れば、舞の様子や考えている事が想像できたのですが、今回の手紙では全く・・・」


 私は正直な気持ちを話したのだ。


「なるほど。

 でも、手紙の通り持ってきていただけたのですよね?」


「ええ、もちろん。」


 そう言って、私は送られてきたものを鞄から取り出し精霊に渡したのだ。


「一体何が・・・いえ、聞くのはやめときます。

 きっとその方がいいから開けないようにと書いたのですよね。

 舞の為であるなら・・・」


「そうですね。

 あなたがそれをここに持ってくる事が、舞の為になるのは間違いないですから。

 ありがとうございます。」


 私は頭を下げて、精霊に別れを告げたのだ。

 元来た小さなトンネルを抜けると、明るい広場が現れたのだ。

 そして、真っ直ぐな一本道を通り森を出たのだ。

 私は安堵感から、軽く深呼吸をしたのだ。

 ずっと緊張していたせいか、森を離れてホッとしたのだ。

 森の精霊に会って届け物をしただけなのだが、私にとっては大きな仕事であり、少しだけ自分が変わったような気がしたのだった。


 

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