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(8) 町長ワケ分かんなすぎなんですけども

この小説は のらねこに何ができる? の中のシリーズの1つ “のら小説家に何が書ける?”(高クオリティ小説の王道な書き方) の本文内にて設計したものを、実際に小説として書き起こしたものです。

小説の書き方の連載の方も、合わせてご覧ください。

https://project.sylphius.com/columns


   8


 あれからさらに微調整を重ねて数日後、試作品の完成を報告するため、僕らは町長宅へ向かった。

 メンバーはルーパ、オルソラ、と僕。いったん冒険者組合に寄ってマエストロと合流し、計4人で向かう。

 町の真ん中を突っ切るパパガロ川に沿って西へ西へと進んでいくと建築物は徐々に少なくなり、それがなくなるあたりでちょっと大きめの教会が見えてくる。夏の日差しは強く、雲一つない空から割と容赦なくガンガン照りつけていたものの、吹く風に湿り気がないせいか不快感はさほどでもなかった。

 が、ルーパとオルソラがさっきから暑い暑いとうるさい。高温多湿の日本で育った我が身には避暑地の高原を思わせる心地よさだったが、それでもネコには堪えるようだ。

 仕方ないので持ってきた飲み物を少しずつ飲ませる。こないだはアクエリアスだったが、今日は塩ライチ。

 教会の裏手に孤児院があって、その先にある馬車駅が実質上のこの町の西端。申し訳程度に立てつけられた停留所の壁には PAPAGALLO の文字があり、かつて屋根だったものの向こうから、お天道様がこんにちわしている。

 そこからえっちらおっちらと30分ほども歩くと、簡素な橋を渡ったその先あたりが町長の家らしかった。

「あれ、これも町?」

 その場所は、人家が十数個ちらほらと点在する集落といった印象だった。

「いや、これらは全部町長の家だな。ほら、一番奥の一番大きな家が母屋で、それ以外は基本的に使用人が住んでいる」

 マエストロは教えてくれたが、少なくともあまり貴族のお屋敷という感じではなかった。全て平屋建てだからだろうか。あるいはキャンプ場のレンタルコテージっぽくもあった。

 一番奥のコテージは、なるほど、たしかに他の建物よりは幾分か大きく、使われているはめ込みガラスも大型で、お金持ちが住んでいると言われると確かにそんな気もしてくる。

 ドアノッカーを叩くと、ほどなくして初老の執事さんが出てきて……、

「ルピシアの皆様ですね。お待ちしておりま――」

「あぁ!? メガテラ! おまえなんで来たんだ!」

 いきなり出鼻をくじかれるわけである。

「お話うかがっており――」

「いい! おまえはいい! 帰れ帰れ!」

 町長、執事さん無視してぐいぐい押すし。

 てか関係者なのになんで追い返すし。

「ちょ、町長! そういうわけにはいきませんよ!」

 マエストロ、町長にメッチャ押されてるのに体重差がありすぎてピクリとも動いてないし。彼の体は筋肉だけでまず100キロとか、そんくらいのスケール感なのだ。町長のような瘦せ型の人が押したくらいではよろけもしない。

「だ、旦那様、問題ございません。本日は4名でご来訪との連絡を承っております。こちらで間違いございません!」

 執事さんの困り具合からして、多分いつもこんな調子なんだろう。これで多少なりとも愛嬌があれば“自由すぎる町長”とでも二つ名がついたところだろうが、あいにく彼はほぼ1日中怒ってばかりだ。

「ダメだダメだ! トポネロ退治は本家からも解決を期待されている聖なる職務だ! これは絶対に貴族が解決しなければならんのだ!」

 ん? マエストロに聞かれたくない話でもするつもりか?

 僕がそういう表情をしたことに気づいたのだろう。執事さんはいったんスッと姿勢を正すと、

「分かりました。ではルピシアの皆様は客間へおあがりください。サオラ、あなたはメガテラ様を離れにご案内して、ご休憩いただいてください」

「かしこまりました。メガテラ様、こちらへ」

 その女性は執事さんの後ろにずっといたと思われるのだが、気配もなく立っていたので全く気づかず、突然現れたように見えてちょっとビビった。そしてきわめて機械的な動きだけでマエストロを案内していく。

 この身のこなし、只者ではないな!? さては暗殺部隊も兼ねたメイド隊なのか!?

 ……と思ったら、生垣の向こう、町長からちょうど隠れるくらいの場所でフッと背中を丸めたのが見えた。

 ――あ、あの人疲れてるだけだ。なむあみだ。

「違うそうじゃない! 必要ない! 追い返せと言っている!」

「いえ、それでは残りの方々がお帰りの際、護衛役となる人物がいなくなってしまいます」

「は!? 何を言っている。こいつらは武器商人だぞ。武器ならいくらでもあるだろう! 自分で戦えばいいんだ!」

 無茶を言う。さてはこいつ、MMORPGのキャラレベルと本人のリアル戦闘レベルが反比例する法則を知らないな? 僕は某ゲームの中でならレベル200だぞ。

「それで万が一怪我を負われた場合、当家がお客様を見殺しにしたと本家から言われかねません。帰りも4人一緒にお送りしませんと」

「そ、そんな本家のことなど……」

 町長は尻すぼみに黙った。なるほど。やはり本家が彼の鬼門のようだ。覚えておこう。

 まぁ、すったもんだで僕ら3人だけが客間に通された。玄関先から中に入るだけでこの疲れようである。

 客間の内装はさすが貴族の家といったところで、というより、あきらかに町長本人の趣味ではない。実はこの彼、初めてうちの店に来たときと同じように、まるで平民のような服を着ているのである。オッサンとかが休みの日に履いてそうな茶色いスラックスにYシャツをイン。以上。これなら執事さんの方がよっぽど身ぎれいである。

 僕は彼以外の貴族を見たことはないが、少なくともズボンは僕の方が高級だろう。本日のコーディネートは、上はイトーヨーカドーのTシャツだがジーンズはトルネードマート。3万したんだよ。

「旦那様、お召し物をお替えくださいませ。あちらにご用意しております」

「いや、いい! 俺は平民と会うときは平民の服と決めてるのだ! これを着てるとな、町の者が俺を平民と勘違いして不遜な態度をとるだろ? そこを油断大敵! 正体を明かして成敗してやるのだ! どのような姿であろうとも、人と相対するときは礼儀が必要だという、いい教育になるだろう! がっはっは!」

 初めて会ったときみすぼらしい服着てたの、そういう理由だったのか……。

 でも平民と勘違いされたことを怒ってなかったっけな? てか、もう正体を知ってる人の前で平民服を着続ける意味とは。

「では見せろ! とにかく物を見せろ! それがなきゃ話が始まらん!」

 こっちの心情を知ってか知らずか(多分知らない)、町長はとにかく強引に話を進めようとするとする。

「えーと……。じゃあ、はい」

 前振りも何もなく結論を急がせるものだから、準備してきたセリフとかいろいろすっ飛んで「はい」としか言えぬ。

 カバンから試作の銃を取り出した。

「…………。な、なんだこりゃ」

 おそらく、当初予定では弓矢が出来上がるはずだったからだろう。取っ手の付いただけの筒状の物体を見て、町長は熱がスーッと冷めたような顔をした。ちな、パイプに取っ手をつけたその形状により、デザイン的にはトンファーとしてもご使用いただけます。とはいえ、魔石はすでに入っていて魔法陣もセットされているので、あとは弾込めて引き金を絞れば武器として使える状態。

 試験はまだまだ色々と必要だが、開発室内での制作作業自体はすでに完了している。

「こちらが、これが今回制作しましたエイミング――」

「ふ、ふっざっけるなあああああ! 俺は弓矢と言ったんだぞ! こんなもので弓が撃てるのか! 撃てるわけないだろバカかおまえは! 分かったぞ、俺をバカにしてるんだな? そうだろ! おまえらは俺をバカにするだけのために2週間もかけたんだ、そうだろ! 俺だってボウガンくらい見たことあるんだぞ! 知らないとでも! 思って――!」

「ストーンシリンダーですよ。最新式の」

 僕は何とか落ち着くと、彼が息継ぎのために呼吸を挟んだタイミングを見計らい、こちらに存在する中で比較的近しい武器の名前を言った。

「な、なに? ストーン……? 弓矢じゃないのはどうしてだ」

「当初予定ではおっしゃる通り弓矢の予定でしたが、どう考えても得策ではないとのことで、解決案としてまだ現実味のあるストーンシリンダー案を採用しました」

 というより、弓矢案が廃案になったこと知らなかったの、関係者の中ではおまえだけだかんね?

「当家の用心棒が持っている筒矢のことでございます」

 執事さんがこそっと手を添えて耳打ちした。ただし、それなりに大きな声だったので室内にいる全員に聞こえた。

 ストーンシリンダーはソリタリアではありえないガトーニア特有の武器で、うちにも売ってるものだ。見た目はただの鉄パイプ。冒険者ウケを狙ってカッコよく模様を描いてあるが、要は鉄パイプである。そのへんで拾った石を入れると反対側から勢いよく飛び出すという、比較的シンプルなマギアだ。だが戦闘中にちょうどいいサイズの石を都合よく見つけるのが難しいうえ、発射の勢いがなんと700ジュールもある(なぜなら、それなりの勢いがないと手で持って投げるのと変わらないから)。魔力切れを起こしやすい上に、かなり硬い石じゃないと中で砕けてジャムる。肝心の命中率もあまりよくはないし、正直売れ筋商品とは言い難い。

「あ、ああ、あれか! ストーンシリンダーな! な、なるほどな! あれを使ってネズミを狩ってやろうというわけか!」

 そうです。あれですよ。あれ。知らなかったでしょうけど。

「ええ。ただし今回僕らが新しい武器を開発するにあたっては、ストーンシリンダー特有の問題を解決する必要がありました。本来あれに入れる石は、専用に作られた弾を用いるのがいいのですが、あいにくとこの町には規格化された弾丸を作る加工技術がなく、弓矢の矢じりも小さいものほど手作りになる傾向があり――」

「ああ、分かった分かった! 御託はいい!」

 ようやく用意してきたプレゼンに入れるかと思ったら、それを町長は強引に止める。

 今日はその御託をしゃべるのが主目的のはずだが、この人はいったいそれ以外の何を聞くつもりだったのか。

「いいから実際に使ってみせろ! それで全てがハッキリするだろ! それだけのことじゃないか、少しは考えろ!」

「…………あー、はい、分かりました。では準備させていただきます」

 僕は彼の罵倒はさっくりと無視し、執事さんに、「マエストロを通じて標的の用意をお願いしておいたと思いますが、その話聞かれてますか?」

 と聞いてみる。

「はい。伺っておりますよ。温かいぬいぐるみでございますね? 準備できておりますので裏手の訓練場の方へ――」

「ちょっと待て! その話、俺を通さずにおまえら同士でやり取りしたのか!? ふざけるなよ! 責任者は俺だぞ!」

 うわ。このオッサンめんどくさい。そんで伝えたら伝えたで、雑務は現場だけで処理しろとか言い出すんだろ?

「…………」

 さすがにこれには、その場の全員がうんざりした顔をした。

 ところで思ったんだけど、この人こんなにズ~~~~ッと腹を立ててばかりで、怒ることに疲れないのだろうか。



 町長をなんとかなだめて、皆でお屋敷の敷地の裏手にある訓練場へ移動する。

 そこは軽く見渡すくらいのグランドになっており、何人かの傭兵さん達が走り込みやら素振りやらを行っていた。グランドは河川敷を利用して作られたもののようで、向こう側は川になっている。そのさらに向こうに、僕らがさっきまで歩いていたサンタンナ街道の土手が見えた。

 ところで、こういう貴族の傭兵部隊の訓練場って、普通は壁とかに囲まれてるもんなんじゃないんだろうか。平時はともかく、有事のときは訓練内容を敵に見られちゃ困るだろうに。

 と思ったら、もともとあった壁を無理やり壊した痕跡らしきものを見つけた。壊された壁の土台はそれほど古いものではなく、撤去はせいぜいここ数年ほどの出来事のようだ。

 ――つまり町長が見栄のために撤去させたのかな……。

 そうはいっても、このあたりに戦争の機運があったらさすがにそんなことできるわけがないので、それがないということだけ、良いニュースと捉えておくことにする。

「おい! おまえら集まれ!」

 町長さんが傭兵達に声をかけると、バラバラだった彼らが三々五々集まってくる。人数は、全部で20人くらいだろうか。そんなに大所帯ではない。今ここにいるのが兵の全てとは限らないものの、少なくともリーダーの立場にある人物はここにはいないようだ。

「昨日お話しました通り、これより30分ほど訓練場をお借りいたします。こちらにいらっしゃいますのが、今回新兵器の開発に携わっておられるルピシア魔道具店の皆さまです」

 執事さんが僕らを紹介してくれた。

「お邪魔します。よろしくお願いします」

 別に誰に言われたわけでもなかったが、僕は礼儀として軽く頭を下げておく。ルーパとオルソラは心の準備がなかったのか、慌てて僕に倣った。

 よろしくなー。と気さくに声を返してくれた人がいたので、僕は笑顔で礼を返しておいた。

 メイドさんがバーベキューグリルを持ってきて、薪を入れたらマギアらしきものを使って着火。火がついたらそこに石をバラバラと入れる。温まったら、最後に丸い布の塊のようなものの中に石を入れた。その間、準備開始から実に5分の早ワザ。さすが、キャンプのとき1人はいてほしい人材。

「ぬいぐるみが用意できなかったので、温石おんじゃくで代用させていただきます」

「あ、はい。問題ありません」

 温石とは、熱した石を中に入れて体を温めるのに使う道具。日本ではカイロのなかった江戸時代頃まで使われていたものだが、どうやらこちらでは現役らしい。

「で、どうするんだ?」

 町長が急かす。

「はい。こちら、当方が新たに開発しましたエイミングバレットガンという武器です」

 僕は銃を取り出して、「1つここにいらっしゃる皆さん全員にご注意いただきたいんですが、この武器を私が持っている間は、私より前に決して立たないようにお願いします。斜め前もダメです。必ず私の背中が見える位置にお願いします。理由をこれから説明します。温石を空中に放り投げてもらえますか?」

 身構える。

 メイドさんが1つ、ポーンと放り投げた。

 が、その瞬間、僕はわざと銃口を左に少しずらし、石とは関係のない方向へ銃を撃つ。

「ボスッ!!」

 銃口の先に一瞬だけ魔法陣が光り、飛び出したパチンコ玉はだが、軌道を勝手に変えて温石をあらぬ方向へ吹き飛ばす。やった! 成功だ!

 ――ざわ……!

 周囲から驚きのどよめきがあがった。

 これは嬉しい反応。ルーパとオルソラがグッと拳を握っているのも見えた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 私の予想ではその筒の先端から矢か石を出す道具だと思ったんだが、違うのか!?」

 町長ではなく、声は傭兵達の中から聞こえた。

「おっしゃる通りです」

 僕はポケットから予備の弾を取り出して、「このような鉄の弾を撃ち出します。ただ既存の弓矢やストーンシリンダーと違うのは、弾が生き物を勝手に追尾してくれることです。具体的には、生き物のような体温のあるものに反応して追いかけます。さっき前に出ないでくれと言ったのも、この武器は僕が狙っていなくても弾が勝手に人間に当たりに行くものだからです」

「…………!!」

「も、もう1度お投げしてもよろしいでしょうか!」

 興味津々といった感じで、執事さんが言う。

「あ、はい。お願いします!」

 温石がポーンと飛んだところを見て、僕は銃口をわざとずらして撃つ。

「ボスッ!!」

 当たる。

「それはどこでどんなふうに撃っても当たるのか!?」

 また別の誰かが言った。

「いえ、もちろん制限はあります。今回はトポネロ退治のために開発された道具なので、それよりさらに高速に動き回る生き物はさすがに追いかけきれません。それからカメラの画角がだいたい30度くらいなので、銃口から見てここから、ここくらいまでの範囲に敵が入っている必要があります。あと有効射程も短くて、50メートルを超えたあたりから命中精度が落ちます」

「な、なるほど。だがそれ以下の距離なら、訓練らしい訓練なしで動く敵が狙えるということなんだよな?」

「そうですね。全く訓練がいらないわけではないと思いますが、射撃訓練や戦闘訓練をほとんどやったことない僕でも、ここ数週間で十分に慣れることができています」

「…………そ、それは凄い!!」

「これが実際に販売されるのか!? いつなんだ!?」

 やはり戦闘職の人達からの反響が大きい。執事さんも十分に驚いてくれてはいるが、反応の大部分が傭兵さん達からだ。

「町長! これ、実戦配備しましょう! これがあれば我が隊の戦闘力は――」

 だが。

「う、うるさい! うるさいぞおまえら! 何がそんなに凄いんだ!」

 1人だけ、銃の魅力をご理解いただけない方がいらっしゃったようだ。言わずもがな、町長である。

 みんなの反応がよくて忘れていたが、そういえば今日は町長に理解してもらうことが一番の目的なのだった。

「いえ、だって撃てば必ず当たる武器なんて――」

「撃てば当たるのは当たり前だろう! 撃てば当たる! 撃たねば当たらん! 武器とはそういうものだ!」

 ……あ、そういう認識なのね。

 普段から人に守ってもらってばかりで、自分から戦うことがなければ、自然にそういう発想になるのかもしれない。

 みんなが騒ぐ理由が1人だけ理解できなかったことがよほど腹に据えかねたのか、町長は盛んにわめき散らしはじめた。

「だいたいな! 迫力がないのだ迫力が! 何が起こってるのか全然分からん!! こんなんで敵を威嚇などできるものか! 音だ。音が出るようにしろ! こう、ドッカーンとだ! 大爆発だ! 大きな音で敵を畏怖させるのだ! 権威だ! こんなもので俺の権威は示せない! 音で権威を示せるようにしろ!」

「け、権威……ですか?」

 モンストロと権威で戦うおつもりとは恐れ入る。

 つまるところ、彼の目的は今回のトポネロ騒動を治めることではなく、本家とやらに対する発言力か何か、そういったものを高めることが目的なのだろう。

 だからといって迫力重視で威力のない兵器は無意味だが。

「1週間だ! 一週間でもっと迫力のある武器にしろ! ドカーンと爆発するようにするんだ! いいな!」

 彼はそう言い放つと、くるりときびすを返し、プリプリと怒ったまま去っていった。

 だがその実、その背中は、なんだか逃げていく人のそれだった。



 帰り際。マエストロが飲み物をおごってくれるというので、喫茶店に入ってみんなで飲み物を飲んでいた。

 カウンター席が4つあるだけで座席もテラス席もない小さな店だが、内装の古めかしさが少し落ち着く感じがした。

「ホントすまなかった! 俺の誇りにかけて言うが、おまえ達を困らせる意図はなかったんだ。ぶっちゃけあの人、どこ行ってもトラブルメーカーだからな。それなりに優秀なヤツじゃないと危なっかしくてあてがえねぇんだよ。だがさすがに……あのレベルの武器を見せてああいう反応をするとは思わなかった」

 マエストロは、これでもかというくらい深々と頭を下げる。

 実を言うと、彼がグランドの端っこ、物理的な意味での草葉の陰からこっちを覗いていて、ルーパと視線で会話していたことには気づいていた。今回は町長だけでなくこの人に対するお披露目の意味もあったから、覗かないわけにはいかなかったのだ。

「あ、いえ、まぁ……あの人が横にいた段階で、こうなるだろうなとは思ってましたよ。有名ですからね」

「あはは……」

 ルーパとオルソラは、もはや苦笑するしかなさそう。

「あ、ちなみにこの後のことなんですけど……」

 僕は自分用の白いドリンクを飲みながら、「今後の量産体制の管理なんですが、組合にお願いしても大丈夫でしょうか。銃の施工の方は、今日の試作品レベルのクオリティが維持できれば十分問題なさそうなんで、中身の改善指示とかは多分必要ないと思いますから」

 ちょっとダメ元で仕事を振ってみた。

 なんせ、こちらはこれから町長の留飲を下げる方法を考えなければならないのだ。量産体制の管理まで僕らがやってはいられない。

「あ、ああ。それは分かった。もともとやり取りの報告は受けてたからな。技術的な相談を受けたら、話を持っていくくらいはするかもしれないが」

「ええ。それについては問題ありません。いやしかし……爆発音か……」

 僕はドリンクの水面をジッと見つめ、あんま美味しくないナーとか考えていた。

 この白い飲み物はこちらでは休憩時によく飲まれるもので、ラテ・ズッケラートと呼ぶらしい。なんか居酒屋で生ビール頼むノリで「ズッケラ4つね!」って軽く言われただけど、なんかね。うん。濃い味。色んな意味で。飲み口こそサラッとしているが、味としてはまんま練乳。しかもなんか変なハーブの臭いもする。かつ、このクソ暑い時期にホットなものだから、マエストロには申し訳ないんだけどホント正直キツい。

「音……武器が音を出すって発想はさすがになかったわねぇ……」

 オルソラが腕組みしたまま渋い顔をした。

 まぁ、こちらの人にしてみればそうかもしれない。僕らの世界の銃は基本的に爆発音を出すが、これは火薬の性質上やむをえず出ている音であって、別にわざと出しているわけではない。その存在目的を考えれば、武器から音が出ていいことなどないのである。

「だな……」

「なぁルーパ。こういうときばっか頼って悪いんだけど、甥っ子ちゃんのオモチャで音が出るようなものはないかな」

 困ったときの甥っ子ちゃん頼み。聞いたところ、ルーパの甥っ子ちゃんはめちゃくちゃいっぱいオモチャを持ってるんだそうだ。

「や、もちろん音が出るオモチャ自体はあると思うけど、基本は子供が喜ぶ音だからな。カーンとかポコとか、そういう小さい音だと思うぞ。ちなみに、音を作るマギアというのは少なくとも、俺は聞いたことがない。というよりマギアには音を出す呪文が基本的に存在しないんだ」

「俺も組合長やって長いが、このあたりで爆発魔法が使えるヤツには心当たりがないなぁ。ここからかなり離れた別の大陸に行けば、やたら爆発魔法ばかり好むシミア人の一族がいるらしいけどな」

 あー。それはいそう。爆発はロマンだからね。

「マギアは楽器としては使わないの?」

 別に爆発音である必要はない。ようするに音が合成できればいいのだ。

「それは無理なんじゃないかしら。アウトビーチに乗れるレベルの人とかじゃないと、演奏中に魔力切れを起こしちゃう」

「あ、そっか……」

 マギア製の一般的な日用道具は、魔力を数分以上も出し続けないといけない仕組みにすることは基本的にない。一般人の魔力量は、僕と同じく決して多くはないからだ。だからこそ戦闘状態を長時間維持できる魔術師は貴重なのである。

 もちろん、町長に見せるたった1度だけごまかせばいいのなら、マギアに頼らずとも日本からそれっぽいものを持ってくることはできるだろう。あらかじめ録音された爆発音を出すくらいなら、スピーカーつきのデータレコーダーか何かを仕込めばいい。

 だがその手を使ってしまうと、量産しろと言われたときに応えられない。向こうから持ってくる品物の代金は、基本的に僕の自腹なのである。だから爆発音は是が非でもこちらの技術で作らなければならないのだ。しかも期日は1週間しかないから、複雑な機構が必要なものは無理。実際の正式採用版に標準実装するつもりはもちろんないが、それでもマギアで作るしかない。

「ところでさ……このタイミングで言うの、ちょっと悪いんだけどさ」

 不意にオルソラが、なんだか歯切れの悪い言い方で軽く手を上げて、「爆発音って、ぶっちゃけどういう音なの?」

「えっ……!?」

 僕はびっくりしてちょっと裏返った声を出してしまった。

「あー。それなー。俺も実際に見聞きしたことがあるわけじゃないんだが……」

 ――は!? ルーパもか!

 どうやって爆発音を出すかどうかではなく、2人はなんと、爆発音という種類の音を聞いたことがなく、それがどういうものかを考えていたのだ!

 考えてみればその通りで、僕だって日常生活の範囲内で爆発音を聞くことなんてない。むしろ、自宅の日常生活範囲内でそんな音がしたら何事かと驚くだろう。基本的にテレビや映画などでしか聞くことはない。しかもこの国には火薬もないから当然花火だってない。さすがに言葉自体を知らない人はいなくても、音を聞いたことがない人も多いのだろう。

「ああああああ! そっか!!」

 しかも間の悪いことに、僕は気づいてしまった。

「あんとき『爆発音ってなんですか』って素直に聞いてたら、これやんなくてよかったんじゃん!」

 つまり、知らないと言い張ればごまかせたのだ!

「や、まぁ、そんときは町長が余計怒って、さらにおかしなことを言ってただけだったろうけどな」

 マエストロは苦笑して、「本物の爆発音はだなぁ……。しいていえば、嵐の日の雷の音に近い」

 幸い、彼は爆発音を聞いたことがあったようだ。そう。爆発音というのは空気の破裂音だから、雷が熱で空気を急激膨張させるという意味では、雷の音は爆発音である。

「雷かぁ……」

「雨ごいで嵐を呼ぶわけにはいかないわよねぇ……」

「あ、ちなみにこういう音な」

 僕はスマホを取り出して、保存しておいた動画の中から爆発音を含む動画を見せる。

「ん~。たしかに……雷……っぽい、のかしら?」

「だがこんな音を出すマギアなんて作れるのか?」

「あ、いや、待てよ?」

 途中まで動画を見せたところで、もう1度、僕は気づいた。よく考えたらこんなに悩む必要はないかもしれない。

「そもそも町長って、本物の爆発音を聞いたことあるのかな?」

 彼らだって知らなかったのである。貴族なら戦場で指揮をとることくらいありそうだが、少なくとも町長があの性格で作戦指揮を任された経験があるとは思えない。

「あ……そっか」

「それだ……!」

 仮に町長自身が知っていたとしても、適当な音を出すマギアを作って、知らなかったからこういう音にしてみました、と言ってごまかすことは可能そうである。

「爆発音じゃなくても、とにかく派手な音なら何でもよさそうだ。何か考えてみよう」

 何とかなりそうな気がしてきて、僕はウンとうなずいた。


つづく


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