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(6) 新しい仕事を引き受けたんですけども

この小説は のらねこに何ができる? の中のシリーズの1つ “のら小説家に何が書ける?”(高クオリティ小説の王道な書き方) の本文内にて設計したものを、実際に小説として書き起こしたものです。

小説の書き方の連載の方も、合わせてご覧ください。

https://project.sylphius.com/columns


   6


 翌日。

 トラブルの話を聞き、オルソラは店番を申し出てくれた。

「分かったわ。念のため今日は、あたしも店にいるようにするから」

「ああ。僕も助かるよ。情けないけど、僕じゃこの国の勝手がまだ分からなくて」

 彼女は普段、開発がない期間はなるだけ外回りをしており、問屋の新規開拓、開発のアイデア集め、新商品の宣伝などを担当しているのだ。別に昨日の今日で何かあるわけじゃないだろうが、ペコラを除く全員でスタンバイする方が安心である。

「ちなみにぃ……。たたーん! なんと、この1週間の売り上げが38万リーレを超えましたぁ!」

 トラブル対応の話をもう少ししようと思っていたのだが、何やら黙々と計算をしていた当のペコラが、急に声をあげた。

 大学ノートの切れ端に、ここ1週間の売り上げ品目と販売個数の数式がつらつらと書かれており、下半分に大きく“=382100!!”とある。

 彼女の声は表面上は、特に精神的ショックをもう引きずっていないように見えた。もっとも、客に一発ポコンとやられたくらいで簡単に参るようでは、武器商人の妻は務まらないのかもしれないが。(それにしても、紙がない世界でどうやって計算のやり方を覚えるんだろう?)

「えー!? もう少しで40万!?」

「すげぇな……てか、去年の年商の2倍すら超えてんじゃねぇか? こりゃ、全員の給与体系を見直さねぇといけねぇな」

 オルソラとルーパは目を丸くして口をあんぐりと開けた。

「わーい! やったーです! あのあの、本当に、本当にすごいすごいです!」

 今は毎朝恒例のミーティングの真っ最中。時刻は午前10時前といったところ。

 ちなみに、この町の人達が時刻を知る方法は1つだ。それは町の中心にある教会の鐘の音を聴くこと。毎朝8時と10時、午後は1時と5時の計4回、それぞれ朝の鐘、仕事の鐘、休憩の鐘、夕の鐘と呼ぶ。鐘が鳴ったタイミングでスマホを見るとプラマイ20分近い誤差があるようだが、その誤差をこの町の人達はそんなに気に留めてはいない様子で、割とおおらかな時間配分である。

 うちの店の場合、もうすぐ10時の鐘が鳴るんじゃないかなー、くらいの時間から朝のミーティングを始める。店舗を開店する前に10分ほど、みんなで集まって情報交換しあうのである。

「いつもはどれくらい売り上げてるんだ?」

 と言いながら、僕はスマホの電卓アプリを起動。

「だいたいいつもはぁ、月商で平均12000から14000くらいねぇ」

「とすると……間を取って13000とすると、年商15万リーレ。そうだね。もう2倍はとっくに超えてるね」

「計算早! スマホ多機能すぎ! 紛らわしいわ!」

 オルソラはなぜか怒り出す。スマホの機能が多すぎる点は僕も賛成だけど、でも何が紛らわしいんだろう?

「はは……」

「すごぉい! これ便利ぃ! 計算はや~い!」

「ペコラ、よかったら今度、電卓を買ってきてあげるよ。スマホは高いから無理だけど、計算専用の電卓なら100円ショップにもあるからね」

「まぁ! それは助かるわぁ~」

「悪ぃな。そういうのは経費扱いで給料清算すっから、こないだのノートみたいに自然に持ってこないで、一言いってくれよな」

「ああ、ありがとう。気をつけるよ」

 僕としては見つけたから何気なく買ってきた大学ノートだけど、こっちの人からすれば恐縮するレベルの高級品である。片方がドブに捨てても構わないと思ってる物でも、もう片方にとっては黄金と変わらない価値のこともあるのだ。

「さて、そろそろ開店準備すっか!」

 ルーパはよっこらせと立ち上がり、「みんな、さっき言った通り、新商品を買いに来た客はなるだけ丁寧に謝ってくれ。予約は、どうしてもとゴネるヤツだけにする。追加発注数には限界があるからな。ペコラは納品スケジュールの作成と、オヤッサンとの交渉を両方今日中で頼む」

「おっけー!」「了解!」「はいですー」

 各自返事をし、立ち上がろうとしたそのとき。

「なんで開いてねぇんだ! 俺が来たのに出迎えもないとはなんだ! ふざけてんのか!」

 下の方から不穏な声が聞こえてきた。

「えぇ~、うそぉ! あの人、また来たのぉ?」

 ペコラは少し驚いた様子だが、やはりショックは残っていないようで、窓に歩み寄り、「昨日の町長さん、お店の前で騒いでるわぁ。お連れさんになだめられてるみたい?」

「うーん、お店開けるの少し待って、やり過ごしてみる?」

 僕はダメ元で提案してみた。

「それはマズいだろう。あの人をなだめられる連れがいるってことは、護衛の兵士じゃねぇ。公式の訪問の可能性もある」

「分かった。じゃあドアは僕が開けるよ。よそ者顔ができるからね」

「助かる。店は俺とキータが立つから、コボは在庫整理。オルソラはいったん品出しで頼む。ペコラは予定通り、午前中は今後のスケジュール作成に集中してくれ」

「ん~ん。あたしがお店に出た方がいいと思うわぁ。あたしだけは今日、武装してても許される立場だと思うのぉ~」

「いや、そんなことさせたら俺が旦那としてダメだろ……。やっぱスケジュール作成で」

「残念だわぁ~」

「…………」

 ルーパ、1つだけ反論させてくれ。ガトーニアのお嬢ちゃんの方がワイルドだ。

 というわけで、僕が先に降りて店を開ける。

「あ、おはようございます! 早朝からのご来店ありがとうございます!」

 そして何食わぬ顔で、僕はたった今初めて気づきました、という顔をした。

 それからさりげなく、商品ラックを動かしてドアが閉まらないように押さえる。武器店である関係上、いつもはドアを完全に閉めているのだが、この人がいる間は逆である。

「おお! やっと開いた開いた! 待ってたぜ! 案内しろ~!」

 てっきり、顔を見た瞬間に開口一番騒ぎ出すんだろうなと予想していたのだが、まさしく台風一過か台風一家か。上機嫌でヒョイと店に飛び込んできた。

 ――あ、れ……? 昨日と別の人? そのギャップにむしろ僕は驚く。

 だが身長を含めた見た目の特徴は完全に昨日と同じ。それにさっきは騒いでたんだから、やはり同一人物だろう。

「朝早くから悪いな。本来なら店が落ち着く時間に来るはずだったんだが……」

 お連れさんがそう言って、察してくれ、と言わんばかりに町長をチラ見する。その人は、ネコミミがあるのが不自然なほどの筋骨隆々の大男で、ライトアーマーを普段着のように着こなしていた。

「ああ、はい……」

 分かってますよ、と目で合図を返し、「それで今日のご用向きはいかがいたしましょうか」

 自由すぎる町長に対し、この人はお店に入ろうとしない。なので何か特別な用事があるんだろう、と感じた。

「というより君、新人か? シミア人なんだな」

「あ、僕ですか? はい。僕は先月から働いてるキータと申します。シミア人というのは、僕のことですか?」

「んん? 違うのか?」

 そういえば昨日のお客さんのボルペさんも、僕をそう呼んでいた。

 シミア人というのは多分そういう人種があって、僕がそう見えるんだろう。この反応からすると、この町では珍しい種族なのかもしれない。

「あ、いえ、そうじゃないんですけど、僕、今まで住んでた場所の関係で、シミア人という言葉が分からないんです」

「そ、そうか……。まぁ、それはいい。それより、この店だろ? 例の……敵が爆散する剣を作ったのは」

「爆散? プログレッシブナイフのことですか?」

 あれはようするに電動ノコギリなので、切りつけると切り口から大量の肉片が飛ぶ。スプラッターが苦手な方にはご遠慮いただきたい兵器なのだ。

「そうそう、たしかそんな名前だった! じゃあ、ここでいいんだな。俺はメガテラ。この町の冒険者組合の組合長なんざやっている」

 おお! 冒険者組合長! 他作品でいうギルドマスター! なるほど、武器がこれだけ売れるほど冒険者がたくさんいるのなら、当然それを取りまとめる仕事だってあるだろう。

「んん? 客、誰だったんだ?」

 ルーパは寄ってきた。店内ではしゃぐ町長には視線も合わさなかったし、さりげなく客のカウントからも外した。

「メガテラさんって人。用事みたいだよ」

「ああ! マエストロですか! どうぞどうぞ、仕事の依頼なら嬉しいんですが?」

 それが彼の通称なのだろう。日本語だとマエストロといったらクラシック音楽の指揮者のイメージだが、マギア語では意味合いが違うのかもしれない。僕も倣ってそう呼ぶことにする。

「ルーパ! おめぇ、やりやがったみたいじゃねぇかよ! お望みどおり、仕事持ってきてやったぜ!」

 唐突に肩をガシッと組み、首を絞めつける。仲がいいようだ。

「ええ。ここにいるキータのおかげですよ。彼、こう見えて上級魔術師で。知識もかなり持ってるんです」

「なに!? シミア人の上級魔術師なのか! そいつぁ珍しい!」

 彼はもう1度、まじまじとこちらを見る。

「まぁ、こんなところで立ち話もなんですし、仕事の話なら上に行きましょう。キータ、おまえも一緒にいてくれ。オルソラ! マエストロと少し話すから、コボと2人で店番頼む!」

 やはり頑なに町長をカウントしようとしない。そりゃそうか。自分の妻に暴力をふるった男だ。そこは世界を敵に回すレベルの炎上したって譲れないだろう。

「分かったわ!」

 ルーパの指示を聞いただけで、オルソラはさりげなく2階へ走る。ペコラを3階に押しやるためだ。奥様はすでに立ち直っているようだが、だからといって武装状態で接客されても逆にたまらない。

「町長! ……町長! 行きますよ!」

 こちらの様々な思惑を知ってか知らずか、町長はイノシシ狩り用の罠をうっかり発動させてしまい、飛び出したバネにびっくり仰天している。

 マエストロはその彼の肩を揺さぶった。

「お、おう。そうだったな。あの話をしようじゃないか!」

 町長の目がキラリと輝く。

 ――あ、これ面倒な話だ。

 そのとき、僕の頭の中の直感がそう働いた。

 一般にエンジニアは仕事の丸投げに弱い職業だ。コンピューターを使って、社会のあらゆるものをコントロールする仕事だからだ。つまり、コンピューターのことしか知らないのに、エンジニアはコンピューター以外の知識にも完全性が求められるのだ。

 だからこそ、面倒なことを言い出す人はだいたい最初の一言で分かるのである。



 彼らを通したのは、僕が最初に来たとき寝かされていたソファー。大きめの机に2人がけの長椅子が向かい合わせに置いてあり、合計4人まで座れる。

 ただし机はたしかにビジネス用途で置いてあるはずなのだが、背が低く、話し合いながら書き物をする高さではなかった。このへんは紙がない文化圏であることを反映してるのかもしれない。

「うわ、なんだこりゃ! 変な味だ! なんだこりゃ!」

 僕が出した飲み物に、町長は大声を上げて騒ぎながらも一気に飲んでしまい、「おい! 確認してやるからもう1杯よこせ!」

 コップを突きつけてきた。ようは美味しかったらしい。

「あ、はい……」

 なんだろう、この変な感じ。昨日のことを忘れてしまっているというか、根本的に最初から知らないかのようだった。

 貴族制度のない国で育った僕にはよく分からないのだが、こんなにもふてぶてしく“事件なんてなかった”ことにできるものなんだろうか。

 あるいは、そう思わせること自体が相手の手口なのかもしれないが、僕は戸惑いながらペットボトルからおかわりを注ぐ。

「ふむ。変わっているが非常にいい味だ。軽くて飲みやすい」

 対してマエストロの言い方は、特に回りくどさのないストレートなもの。

「スポーツドリンクというそうで、激しい運動の途中でエネルギー補給するための飲み物らしいです。基本的にはレモンの味をつけた砂糖水ですよ」

「レモン! なるほど、これがレモンの味か! あんなもん口にしようなんて思ったこともなかったが、案外悪くねぇな!」

 白状すると本当はこのドリンクは、フレーメン反応が見たくていたずらのつもりで買ってきたものだ。だが飲ませてみたら意外にも好評だったのである。もっと柑橘臭の強いストレート果汁の方がよかったのかもしれない。

「ええ。ただのレモン水だと酸っぱいだけですが、アミノ酸という成分と、それから塩を使うのがポイントだそうです」

「ほう。詳しく調べてるってことは、商品化するのか?」

「それも考えてますよ。まぁ、入れ物と中身と、両方の生産者を探さないといけないので、武器屋の俺にはちょっと大変ですけどね」

「だが面白いぞ。酪農組合にでも話してみるか」

 さりげない商人同士の会話。ビジネスの場であろうとも、こういう何気ない雑談が最初に少し入るのは、日本人の僕にとってもいつものことだ。

「それで、今回のお話というのは?」

「ああ、噂は聞いてるか? トポネロの――」

 マエストロが何かを話し出そうとした途端。

「簡単なことだ! 全部やっつけるんだ! 武器だ! 武器を作れ! あんなの一気に殲滅してしまえばいい! 以上だ! 頼んだぞ!」

 町長がザ~~~ックリと、全容を真っ二つに叩き割った。さながら、30年前のお値段のさお竹でスイカを割るが如しだった。

 ああ、もう、以上で話が終わったんだったら帰ってくれないかな。

「…………」

 僕ら3人は呆然の体で次の言葉を待っていたが、町長はどうやら説明を終えたようだった。

「えーと、つまりだな、今、トポネロの大量発生が問題になってることは知ってるな?」

「メガテラ! それは俺が今話したところだ! 同じことを2度言うな!」

 ――聞いてませんが?

「ああ、今しがた町長がおっしゃったことを、新参者のキータ君のために整理すると、だ」

「すいません、助かります」

 話をなるだけさえぎられないよう、僕はマエストロの言葉を促す。

「当然だ! 感謝しろ!」

 いやおまえじゃねぇよ。

「まず、現在この町の北部に聖女の森と呼ばれる一帯があってな、そのあたりで最近、トポネロが増えすぎて問題になっている。しかも凶悪化していてな、モンテレグロダンジョンからマギカが流出したんじゃないかと言われている」

「質問よろしいでしょうか」

 人の話をさえぎるときは、先に手を挙げて許可を求める。これ、常識。

「なんだ?」

「まず、トポネロというのは、言葉からすると害獣の名前ですか?」

「なんだ貴様、そんなことも知らんのか!」

「ええ、すいません……」

「キータはこの国に来たのが最近で、それ以前はマギカ文化もモンストロもいない国にいたんですよ」

 ルーパが補足してくれた。

「そ、そうか。じゃあしょうがないな。……ん? いや、キータ君はマギアの上級魔術師だったんじゃないのか?」

「いえ、正確にはマギアに似た別の技術の技術者です。その知識がたまたま役立っただけで、マギア自体はあまりよく知らないんです」

 僕はなるだけ齟齬のない言い方を心がけた。正直ベース。正直ベースね。

「ほう……。世界にはそんなものがあるのか。なるほど。だとするとモンストロの説明からした方がいいかな?」

「助かります」

「モンストロというのは、本来は――」

「凶悪なヤツだ! 現場で戦うわけじゃなし、それだけ知ってれば十分だろ!」

 また口挟むし。

「え、ええ、そう、凶悪な生き物のことだ。凶悪で、町の住民に危害のある生き物の総称なんだが、ただしその中に一部マギカと呼ばれる毒素を吸収して凶悪化したものがいるんだ。通常、説明なくただモンストロとだけ言えば、このマギカを吸収して凶悪化したモンストロ・マギカを指す」

 つまり人間に都合のいいものを発酵、悪いものを腐敗と呼ぶのと同じだ。腐敗した結果毒が発生して緊急対応を要するのがモンストロ・マギカである。

「マギカは、石の状態では君も知っての通り産業に欠かせない重要な鉱物だが、ダンジョンの奥底に行くとこれが気化していることがあってな。それが有毒なんだ」

「なるほど。その毒素をモンストロが吸い込むと、それまでと異なる凶暴な行動をとったりするわけですね。今回はダンジョンから漏れ出たマギカが地上のトポネロを凶悪化させ、収集がつかなくなったと。今回のご依頼は、そのモンストロの一掃作戦で使用する武器の開発、でよろしいでしょうか?」

「ああ、その通りだ。話が早くて助かるよ。だが一掃作戦といっても日どりを決めて一気に攻めるわけじゃない。厳密には、今までより効率よくトポネロと戦える武器、だな。それを今回は組合から有志の冒険者へ無料提供しようと思っている」

「よし、分かったな! しっかりと殲滅兵器を作っておけ! メガテラ、行くぞ!」

 と、町長は1人で席を立つ。

 ――いや、まだ世界観の説明を聞いただけですが?

 別に彼が1人で帰ってくれる分には構わないのだが、マエストロまで一緒に帰ってしまっては話が進まない。

「あ、いえ、今回の作戦の内容も少し伝えておこうと思います」

 一度帰ってもらって別途合流する手もあるかもしれないが、どうやらその手は使えないらしい。マエストロはこのまま話を継続することを選んだ。

「なんだ? そんなもん必要なのか、トポネロの退治の仕方なんて常識で考えれば分かるだろう。油を撒いて燃やすんだよ」

「いえ、今回は山岳地帯の、しかもダッコー男爵家指定の自然公園内ですので、火が使えないのですよ。そのあたりは男爵様からも釘を刺されましたが、でも今からでも許可を取るのもこちらとしては助かるんですが、お願いできますか?」

 この町長の名前がオンブレ・ダッコーだから、つまりダッコー男爵はこの彼の身内、おそらく親だろう。

 その親さんが今回の作戦の発起人というわけだ。だから名目上の現場リーダーはマエストロではなく、こっちの町長さんになる。面倒クセェ。

「あ、な、なるほどな……。まぁ、そういう事情があるなら仕方ない。で、今回はどうすんだ?」

 そしてどうやらダッコー氏も、親には頭が上がらないのだろう。許可の申請をサラッと拒んだ。

 町長の質問にマエストロは、そのへんの話はさっきしましたよ? みたいな顔で軽~いため息を浮かべ、

「弓矢で対応します。今までのものよりも小型で、剣士が森の中でも予備武器として携帯でき、トポネロを発見次第すぐに速射できるもの。トポネロってのは大人が両手で持てるくらいの大型のネズミだ。マギカに感染して凶暴化すると、動きも繁殖力もすさまじいことになってな。その数を少しでも減らす兵器が欲しい。かなり難しい注文だと思うが、できるか?」

 最後の質問はルーパと僕の2人に対するものだ。

「うちは剣が専門ですが、一応は弓の製造経験もあります。ただ小型の強化弓となると……。我々にとっても新しい経験になりますね」

 ルーパははっきりとではなく、回りくどい断り文句を使った。これは、やる気はあるがそれなりに難しいので製作期間は考慮してくれ、という意味だ。

「ああ、分かってる。うちの町、そういうヤツばっかなんだよな……。弓の専門で優秀なヤツがホントいなくてさ。この町でなら、おまえは十分に優秀な弓製造者だよ」

「ありがとうございます」

 ルーパは苦笑がちに答えた。

「ふむ……なるほど?」

 けど、僕は気になった。今回の作戦、本当に弓で対応できるんだろうか。ネズミはだいたい動きが素早い。それがさらにスピードアップしてるとなれば、なおさら弓矢じゃダメじゃないのか?

「あの、武器を新規に開発するくらいだったら、そのお金で罠を大量に設置するわけにはいかないんでしょうか」

 ダメ元で、僕は素朴な疑問を口にする。定番のネズミ狩猟法といったらやはり罠だろう。といっても、答えは分かってはいるが。

「それがダメだったから武器を作ってるんだろ! 少しは常識で考えろ!」

 ――答えの分かってる質問をあえてやったんだよ、少し常識で考えろ。

「ああ、それは最もな疑問だ」

 マエストロは、もはやスッゲー慎重に言葉を選びながら、「実はすでに大量に設置されてるんだ。ここ1ヶ月で400基以上、手を変え品を変え色々と試してるんだが……作戦を変えるたびにすぐに学習されてしまってね。餌を変えたり迷彩模様を変えたりすると初日は捕まるんだが、1日で効かなくなる」

「とすると、罠だけで捕まえるには、ほぼ毎日、斬新な新しい罠が必要になるんですね?」

「だから最初からそう言ってるだろう!」

「その通りだ」

 マエストロとの会話の節々に挟まってくる町長の怒鳴り声を聞きながら僕は、いらんっつってんのになぜか大量のしおりをぶっこんでくる某本屋のことを思い出していた。駅前のジャンジャカ書房って個人経営のとこなんだけどさ、店番がお姉ちゃんのときはまともなんだけど、じいさんは要注意な。栞入れ鷲づかみにして5~6枚ブワ~入れてくんのよ。

 邪魔なんだから挟むなっつーとるに。

 それはともかく、これは彼の表情を見た個人的な感想だが、おそらくマエストロは今回の作戦が弓で巧くいくとは思っていない。

 作戦の発起人がダッコー町長のさらに上――つまり、普段この町の面倒を見ていない人がすでに腰を上げているなのに、一掃作戦ではなく討伐キャンペーンで各個撃破というのは、作戦として悠長すぎる。

 またここ数週間の観察で、この町の冒険者は刃渡り50センチ以上の、しかも槍ではなく剣を好むことが分かっている。個人的にも弓矢を持っている人はほとんど見かけたことがない。そんな人達に弓を配ったところで、おそらく巧く扱えない。

 しかもこの町周辺の戦闘フィールドは、つる植物の生い茂る未開森林が多いと聞いた。ラノベに出てくるエルフは森の中でも弓をバンバン撃つが、人の手の入った雑木林ならともかく、間伐もやってない自然の森は決して弓矢での狩猟に向いた場所ではない。視界が物理的に通らないからだ。

 これだけ悪条件がそろえば、弓矢が悪手であることは、ゲームでしか戦闘経験のない僕にも明らかだ。

「ふむ。どうしようか……」

 僕は色々と不利な条件が重なっていることを鑑み、独りごちた。

「あ、ちなみにだが、あんまり気負わないでくれ。今回の話はあちこちの武器屋にして回るつもりでな。新しい武器の開発は、最終的にはこの町の武器屋全体の課題となる予定なんだ。まずは期限を定めないから、とにかく最速で試作品を作ってみてほしい」

 やはりか。

 組合長が直々に武器屋を回るレベルの状況にしては、言うことがのんびりしてる。トポネロというモンストロがどれくらい凶暴なのかは分からないが、少なくとも政治家が問題視する程度の事態には発展しているのだ。それを町全体で長期的に解決しましょう、というのでは被害が大きくなりすぎる。

 おそらく彼としてはもう、自然終息を待つ以外のネタが尽きているのではないだろうか。

「いや、メガテラ。期限はさすがに決めなきゃいかんだろ。来月の頭には俺も報告をせにゃいかんのだ。1ヶ月だ。1ヶ月で武器を用意しろ」

 何とか期限を引き延ばそうとするマエストロに対し、町長はきっぱりと言い切った。

 やはりお父上様が恐ろしくあらせられるのだろう。自分の都合が絡むときだけはまともなことを言う男である。

「それでは短すぎます! この町の職人は弓の製造が得意じゃありません。中型・小型剣と違って、弓は設計後に量産体制を別に整えなきゃいけないんです」

 うちの新商品ヒートスピアとプログレッシブナイフもそうだが、僕らは剣のデザインを1から考えたわけではない。あくまで、すでに出来上がっている剣にマギア魔法陣を組み込んだだけである。武器の製造なんか全くやったこともない僕がたった3週間で新製品を完成させたのも、プロトタイプとなる剣がすでに存在していたからだ。外見に関して僕がやったのは、ブレードの形状を選ぶことと、グリップのデザインに少し好みを言っただけである。

 だがこの町では、同じ方法が弓には通用しないのだろう。

「分かっている! だが俺とて父上に何も進んでませんとは言えん!」

 ――いや言えよ。事実だろ。

 町長は、いかにも自分はまともなことを言ってるんですよ、という表情で、

「1ヶ月だ。それまで待ってやるから何とかしろ!」

 と、完全に言い切った。

 その後のマエストロの賢明な努力にもかかわらず、締め切りはもう、それ以上伸びることはなかった。


つづく


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