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(5) 町長ワケわかんないんですけども

この小説は のらねこに何ができる? の中のシリーズの1つ “のら小説家に何が書ける?”(高クオリティ小説の王道な書き方) の本文内にて設計したものを、実際に小説として書き起こしたものです。

小説の書き方の連載の方も、合わせてご覧ください。

https://project.sylphius.com/columns


   5


 僕らが今いる建物だが、てっきり賃貸だと思っていたら、なんと丸ごと1つ自分達の持ち家なんだそうだ。親から受け継いだとのことで、なんと羨ましい。

 1階が店舗、2階が開発室、そして最上階3階はビルオーナーたるルーパが、ペコラ夫人と暮らす個人宅となっている。

 店は大通りの商店街に面しており、名前は“ルピシア魔道具店”。当初は1人で切り盛りするつもりだったルーパが、自分の名前をもじって名づけたとのこと。

「偶然ってあるもんだな。日本にも同じ名前の企業があるよ」

「ほぉ。何の店だ? やはりうちの競合なのか? いや、向こうにはマギアがないから、男性用品か冒険用品の店か」

「え? なぜ? 若い女の子向けの紅茶屋だけど……」

「…………なんでだよ! ソリタリアのお嬢ちゃん、ワイルドすぎんだろ!」

 日本人がカッコいいワードを何でも英語にしたがるのと同じ感覚で、ガトーニア人は何でもマギア語にしたがるらしい。その中でルピシアは“狼のごとし”という意味でもあるんだそうだ。

 店舗は、開発室と同じビルなわけだから当然そう大きくもない。後ろ半分が在庫置き場になっている関係上、4歩か5歩もあれば隅から隅へ移動できてしまう。ただし石材剝き出しの上の階とは違い、壁全面に木の皮の壁紙を張っているため、ちょっと気取ったキャンプ用品店のような雰囲気である。

 そこに、武器、照明具、調理器具、山岳歩行の補助グッズ、狩りの罠、保存食などなどなど、主に冒険者をターゲットとした商品が50~60種ほども並んでいる。主力商品である武器類は全て自社開発だが、それ以外はほとんどが問屋から仕入れているそうだ。

 ちなみに冒険者という職業名についてだが、僕が知る他のファンタジー作品群の例に漏れず、この世界でも彼らはただの傭兵だ。町で仕事を請け負って、害獣退治や護衛の仕事などをしており、冒険などしていない。だがそれでも冒険者という呼称が確かに根づいていて、そのことを不思議に思ってルーパに聞いてみたことはあるのだが、彼にもよく分からないのだそう。なので僕も変な意地悪はなしにして、彼らのことは冒険者と呼ぶことにする。

 さて。

 僕が最初にここへ来てから実に3週間の時が流れ、部屋のカレンダーは1枚めくれて花火の写真に変わっていた。

 そしてそれは同時に、僕が“人の”オルソラと2人暮らしを始めて3週間という意味でもあるわけでして。最初の夜とかは、微妙に少し……やや多少は……いや割と……まぁまぁそこそこ……いいえすんません、"ガチ de D・O・K・I・D・O・K・I!" しました!

 だったんですよ! なのに……なのに……。

 ぶちゃけ彼女、夜はネコの姿なんすわ……! ご飯だって普通にネコ缶だし。チャオちゅ~るで大はしゃぎだし。

 報告っ! そっち方面、異常、ありませんっっ!!(泣

 あぁ、でも1つだけ彼女について新たに分かったのは、実はカリカリをあまり好んでいなかった、ということ。虫歯予防のため食べさせてはいますが。

 てなわけで僕は、定休である日曜日を除いてガトーニアに来て店を手伝うのが、そろそろ日課になりつつあった。

「あのあの、すいません、ホントに急に忙しくなってしまって……。あのあの、ホント助かります。ありがとうございます」

 米つきバッタのようにヒョコヒョコと頭を下げるこの子は、販売をメインで担当しているコボちゃんだ。ペコラと比べてもさらに背が小さく、140センチ台しかないかもしれない。髪が特徴的な茶色とブロンドのまだら模様で、おそらくネコでいえばチャトラだろう。

「いやいや、こっちこそ、本当は君の同僚として働くために入れてもらったのに、急に話を変えちゃってごめんね。忙しいときはいつでも言ってくれていいから」

「はい! あのあの、ありがとうございます。助かります!」

「おーい、会計頼むわー!」

「はい、ただいま! あのあの、今参ります!」

 丁寧に一礼し、客に呼ばれてパタパタと走っていった。そんでこの子は多分、1日3万回くらい「あのあの」と言っている。しかもここ1週間ほどは、その口癖の回数も何倍にも膨れ上がっていた。

 なぜなら先週末に新商品を投入して以来、お客さんの数が幾何級数的に増えていたからだ。

「ヒートスピアとプログレッシブナイフ1つずつですね。ありがとうございます! あわせて4500リーレになります! あのあの、使い方の説明はご入用でしょうか」

「いや、大丈夫だ! 仲間に聞いたからよ! これからモンテレグロダンジョンで試し切りよぉ!」

「あのあの、ではご武運を! ありがとうございました!」

 まぁ、その新商品というのが、別にもったいぶるほどのこともなく、先日ルーパが開発した(そんで僕がちょこっと1文追加した)ヒートスピアである。スピアといっても、細長いバトルアックスといったかなりゴツい見た目をしており、突き刺すよりも振り回して切り裂く用途の方が向いてそうな武器。

 なんでも話によると、冒険者界隈ではここ1~2年ほど、刃が細かく振動する剣が流行しているらしいのである。振動により切れ味が増すという理由なんだそうだが、ルーパはこれをさらに改良し、刃を熱することで切れ味を上昇させる効果を付け足した。知り合いの冒険者に、武器を焚火で熱しておくと肉が焼けてよく切れることを発見した人がいたとのことで、それを自動化したのが今回新発売のヒートスピアである。

 それともう1つ。なんと、僕自身のオリジナル商品も新たに販売されている。

 一般的な振動剣は刃がランダムな方向に振動する関係上、切れ味の上昇効果はかなり限定的(というより眉唾レベル)だ。そこで僕は刃の振動方向を前後に限定するように改造。かつ、ブレードを2本にして動きを互い違いとし、さらに、ブレードにノコギリ状のギザギザ刃を魔法で貼り付けた。ようはマギア製の電動ノコギリである。これだけの工夫を盛り込んだ結果、“切っただけで敵が爆発するエグすぎる剣”の爆誕とあいなった。

 商品名はプログレッシブナイフ! 高速振動剣っつったらこれでしょう!(意味の分からないちびっ子は、お父さんお母さんまたはGoogle先生に聞いてみてクレ!)

「あのあの。今まで魔法武器をあんまり使わない人もいっぱい来てくれて、ボク嬉しいです!」

 3週間前は細身で帯剣した人や魔女スタイルの女性が多かったのだが、今週はあきらかに、魔法と縁遠そうな客が増えてきている。さっきの客も、ムキムキマッチョだがあまり剣士という風体ではなく、手にメリケンサックのついたグローブをつけていた。あきらかに普段から剣を握っている手ではない。

「さすがプロは分かってるねぇ。新規開拓はベンチャーの醍醐味だよね!」

 僕はコボちゃんの頭をポンポンと撫でた。

「いやしかし、これだけ売れるとなると、なんで今まで省エネ機構がなかったのか、信じられないな。遠心クラッチといったか、基本的に全部の武器に使えるロジックなんだよな?」

 ルーパは商品棚に在庫を補充しながら会話に参加してきた。

「場合によるかもだけど、基本的にはね。この機構は今後ほかの武器屋も真似してくるだろうね」

 ルーパの言う省エネとは、魔力消費を抑えるスイッチのことだ。通常、マギアの剣は身構えている間ずっと魔力を消費し続ける。魔力消費量は魔法陣に書きこまれた呪文プログラムの複雑さで決まるため、複雑であればあるほど熟練した魔術師でなければ使えなくなっていく。とりわけ、プログレッシブナイフのような幾重にも機構がついたものは、一般には超熟練者向けなんだそうだ。

 そこで僕は、ブレードにある程度以上の加速度がついたときしか魔力を消費しないよう、スイッチを設置したのである。これにより、あまり魔力を持たない者でも効果の高い魔剣が使えるようになったわけだ。この機構は、今回開発した両方の武器に設置されている。

 これが“脳筋でも使える魔剣”ということで街中で噂を呼び、今回のヒットにつながった。

「あっ! でもでも、あのあの、もしかすると今ので全部なくなっちゃったかもです!」

「しまった! そうか、すごい勢いで売れてったもんな……。何本作ったんだっけ……?」

「はい、あのあの、2種類あわせて80本でした。1週間前に、半年でサバけたらドンチャンしようって言ってたヤツ全部です!」

「うわ……」

 半年分が1週間。売れすぎて生産中止になるパターンだ……。そこに自分が関わったのは誇らしくもあるけど、欠品を出してしまう意味ではちょっと怖くもある。

「ちょっと待て! 新商品、もうないの!?」

 僕らの会話を聞いていた客が、慌てたように話しかけてきた。

「あ、はい。すいません。次回の入荷は……」

 僕は少しキョロキョロし、2階へ続く階段のところに駆け寄って、「ペコラ~! ヒートスピアとプログレッシブナイフ、追加注文したら入荷いつになるんだっけ!?」

 2階にいるはずの彼女へ声をかけた。

「え~? 追加~? えーとぉ……ヒートスピアが1週間でぇ、もう片方は2週間ってところねぇ~」

 問屋とのやり取りや納品管理はペコラの担当なのである。

 彼女はいつも通りゆっくりした口調で答え、それからペタペタとスリッパを鳴らして階段を下りてきた。

「あらぁ、もしかして、もう売り切れ~?」

「ついさっきね。まさかこんなに早いとは思わなかったよ」

 ルピシア魔道具店はあくまで開発と販売を行っているだけで、武器の製造は裏手にある別の工房に注文している。それはそうだろう。この炉もない小さなビルで金属加工は不可能である。その工房のことはみんな“オヤッサンとこ”と呼んでおり、町内でもかなり評判のいい鍛冶屋のようだ。

「うわ、マジかー! やっぱ昨日のダンジョン断ればよかった! 収穫も無し! 武器も買えず! トホホ……」

「ごめんなさいねぇ~。あ、そうだわぁ~!」

 ペコラはいつもながら唐突に表情を変え、「お客様ぁ、再入荷後なら確実にお買い上げいただけますかぁ?」

 レジ横にある戸棚から、四角いものと細長いものを取り出した。僕が日本から持ってきた大学ノートと鉛筆である。

「もし確実に来られるならぁ、お名前を控えてお取り置きさせていただきますぅ」

「そんなことできんの!? 分かった。絶対また来る。プログレッシブナイフは……2週間だっけ?」

「はい~。念のため20日ほど見ていただければ、確実にご用意できるかと~」

「じゃあ、俺はボルペだ。石投げのボルペ」

「承りました~。スペル……文字の綴りはお分かりになりますかぁ?」

「え? 綴り? 俺の名前の? さぁ……」

「じゃあ、石投げのボルペ様と書かせていただきますねぇ~。プログレッシブナイフ1本。価格は3300リーレになりますので、それまでにご準備くださいねぇ」

 ペコラは客の名前のスペルが分からず、ほぼローマ字で "ISINAGE NO BORPE - PROGRE NAIJ 1" と書いた。

「分かった! 頼む!」

 この予約システム、実は僕の提案である。

 なんとびっくり、こちらの国には“紙”がない。もちろんマギア制作には魔法紙を使うが、割と高価なため一般市民がそれを目にすることはほぼないのである。同様に本も流通していない。だから上の開発室は、開発室なのに入門書はおろかプロ向けのマギア語リファレンスすらない。

 これだけ文明の発達した社会で紙がないのは正直おかしいと思うが、ないものはないのだから仕方がない。だから近所のコンビニで買った束数百円の大学ノートも、かなり喜んでもらえた。これくらい数百冊単位で仕入れられると言ったら狂喜乱舞したほどだ。紙があれば大量の在庫を全て記憶しておく必要はないし、問屋やオヤッサンの店との取引状況もメモできる。今みたいにお客から予約を受け付けることもできる。何より、新しい商売のネタになる。

 ちなみに、これは人として当然の行いだが、同様の理由でトイレットペーパーもプレゼントした。むしろこれは我が心の安寧のためだ。(トイレにデフォで紙ないとか恐怖だろ! 初めて使うとき「あなたのタオル黄色だから」って言われたけど黄色をどうしろと!?)

「おい! 俺もである! 俺様にもよこせ!」

 さ、どうやらさっそく次の客が来たようだ。

「あ、はぁい!」

 ペコラはウキウキとした顔でボールペンを握りなおし、「ではお名前をお伺いしますぅ~」

 その人物に近づいていく。

 割と背の高い中年男性で、サビネコを思わせる淡黒い髪。キョロキョロと神経質そうな目つきには、ボスネコっぽい雰囲気も、そのへんのゴロツキっぽい雰囲気もあった。

 だが――。

 次の瞬間、僕は思い出した。今まで一般的な売り上げだった店が何らかの理由で突然ヒット商品を出した場合、そこに必ずついて回るものがある。普段あまり接客業と縁がないゆえ、そのことをうっかり失念していたのである。

「なんだおまえ、名前を聞くとはなんだ! 失礼すぎるぞ!」

 客――普段から冒険をしているとは思えない、あまり肉のない腕の人物は、あろうことか突然ペコラを突然押し飛ばしたのである!

「いたっ!」

 いつもスローモーなしゃべり方しかしないペコラが、このときばかりは普通の速度と大きな声を出し、僕は一瞬、何が起こったのか理解できなかった。

「え? なに……!?」

「おい! なにしやがる!」

 僕とルーパはほぼ同時に叫び、そして僕らより後に動き出したはずのボルペ氏が、一番最初に男性の背後に回り込んでその手を押さえつける。

「あんた何考えてんだ!」

「なにをする! 俺は客だぞ! 俺を誰だと思っている! なんだ離さんか!」

 そう。クレーマーだ。

 一般に、自分達のファンを増やそうとどんなに努力を尽くしても、統計上お客の6%は必ずアンチになる。そしてそのアンチ16人に1人はトラブルを起こし、これは避けることができないと言われている。別に証明されてるわけでも何でもない経験的法則というヤツだが、つまり計算上はクレーマーは常に400人に1人現れるってわけだ。

 僕だって客の人数をいちいち数えていたわけでもないものの、ここ数週間の反響ぶりは、そろそろこういう人の出現を予想して然るべき混雑ぶりではあった。

「おい、離せ! 分からんヤツだ! 何様のつもりだ!」

「そういうわけにいくか!」

「ペコラ、こっち!」

 ルーパが前に出たので、僕はペコラを引っ張って後ろに下がらせ、「急いで! 上に戻ってて!」

 ペコラは声も出せずコクンとうなづき、足を引きずるように上へ戻っていった。

「そもそもなんだ! 面白い剣があるというから来てやったのに! 分かったらさっさと寄越せ!」

「剣は売り切れだ」

 ルーパはなるだけ低い声で男性を脅すように、「その人も同じものを買いに来たんだよ。だがさっき売り切れた。だから次回入荷分は必ず売ると約束したばかりだ。あんたも欲しかったら――」

 だが男性はこちらの言葉を聞いてるのかいないのか、周囲の言葉を遮って怒鳴り散らす。

「そんなことは知るか! 俺は町長だぞ! 俺のために用意するのが当然だろ! 町長のオンビレ・ダッコーだ! 貴様聞いてるのか!」

 え? 町長?

 男性がそう名乗った瞬間、僕とルーパ、それからボルペ氏の3人は、それぞれ異なる表情を浮かべた。

 僕は、なぜ町長がこんなことをするのか純粋に不思議だったし、多分表情にもそう出ていたと思う。

 だがルーパは、疲れ切ったように眉をひそめ、ため息とともにがっくりと肩を落とした。

 それからボルペ氏は、戸惑ったような顔で、あろうことかゆっくりと手を放してしまったのである。

「あ、す、すいません……」

 しかも謝罪の言葉まで口にして。

「……てめぇらバカなことやってんじゃねぇぞ! 分かったらさっさと寄越せ! おまえ達の新商品とやらだ!」

「ですから、売り切れなんです。先ほど最後の2本がなくなったばかりなんですよ。あと30分早ければあったかもしれませんが」

 ルーパも、なぜか敬語を使い始める。

「ないとはなんだ、ないとは! そんなのはおまえ達の都合だろう! そんなこと知ったことか! おまえ達の顔は覚えたぞ! いい加減にせんとどうなるか分かってるんだろうな! そもそもおまえ達、客商売ってものを本当に分かってるのか! 客から1ジミでも取ったら商売人は絶対服従! そんなことは常識だろう! えぇ!? ここで買えずに俺が損失を出したらどうしてくれるんだ、そんなことが許されると思ってるなら死んでしまえ! そもそも武器屋は武器を売るのが商売だろうが! それともなにか、おまえ達は客を選んで売ってるのか!」

 段々ヒートアップしてきたらしく、町長はもはやこちらに言葉を挟ませる素振りさえ見せなかった。

 そもそも論を持ち出すのなら、武器商人が客を選ばないのは逆にマズいだろうに。

 男性自身がいつ暴れだすか分からず、僕は商品の防護グローブを棚から取って手にはめ、横に回り込もうとした。

 だが、なぜかルーパはチラリとこちらを一瞥し、首を小さく横に振る。やめとけ、の合図。

 ――え? なぜ?

「われるか! うぇわらげぼあばらべるぼからあほろべぼごのよろはらがばばでげらがぼびばばばばばば!」

「げごろびだのよきでらがばのかかれじゃはごばどろげべじょべじょだだらかまのたきばごまじゃならは!」

「でげらままよろ! だだがべぶろがばま! だきろげごあぼが!」

 男性の言葉は、もはや罵倒であるということ以外、なにも識別できないほどデタラメになっていた。

 彼を押さえつけること自体は3人で協力すればできると思うのだが、2人の表情を見る限り、下手に動けば事態が余計にややこしいことになりそうだ。困った。

 ならば――。

 僕は店の比較的奥の方にある武器コーナーに駆け寄ると、剣の中で一番安いレイピアを取り出す。

 販売の手伝いをする以上、主力商品の値段くらいは全て把握できている。こいつはこの店がオープンした当時からずっと売れている初心者向けの魔法剣とのことで、わずかではあるが遠心力倍増の魔法がかかっている。

「おい! 馬鹿な真似は……!」

 僕が武器を取ったことに気づいたルーパが焦った声を出したが、

「はい! これどうぞ!」

 僕はその前に、柄を相手に向けて剣を差し出した。

「げばらべばばふょぼ………………あ?」

「どうぞ!」

 突然物を差し出され、町長はどうしたものか考えあぐねていた様子ではあったが、

「これが例の剣か」

「どうぞ!」

 僕は質問には答えず、とにかく「どうぞ」とだけを繰り返す。

「…………」

 相手は困惑したようにしばらく押し黙っていた。ああ、なるほど。これは騒ぐこと自体が目的のヤツの反応だ。騒ぐのが目的だから、騒ぐ理由がなくなると逆に困ってしまうのだ。

「どうぞ!」

 再度同じことを繰り返すと、

「…………ちっ!!」

 彼は最後に意味のない舌打ちをし、僕の手から剣をひったくった。

 そしてお金を払う素振りすら全く見せず、一方的に踵を返して店を出て行ってしまったのである。

「…………」

「…………」

「…………」

 僕ら3人は、しばらく誰も何も言えずに呆然と立ち尽くした。

 最初に言葉を発したのはお客のボルペさんで、

「俺、大丈夫かな……」

 ちょっと泣きそうな声だった。てか、町長ごときがそんなに偉いのか?

「まぁ……似たようなトラブルをほぼ毎日起こしてるって言うし、1つ1つ覚えてるわけないと思うけどな」

 ルーパは、町長が去った方向をまだジッと見つめており、本人が戻ってこないか警戒しているようだった。

「ならいいんだけどよ……」

「まぁ……キータ、よくやってくれた。あの人、騒ぎ出すと手が付けられないんだ」

「知ってる人? 町長とか名乗ってたけど」

「ああ。そのとおり、この町の町長だよ。ただ、ろくに仕事もできないただお荷物なだけの町長だがな」

「あんた見かけない顔だけど、この町はまだ短いのか?」

 ボルペさんが僕に聞いてきた。

「はい。ひと月ほど前から。キータといいます。よろしくお願いします」

「ああ。よろしくな。新顔ならなおのこと、あの人は気をつけた方がいい。あんなんでもお貴族様だからな。しかも言うこともやることもメチャクチャだし。とりわけ訳アリのシミア人なんざ、格好の餌食だろうさ。まさか平民用の服を着て1人でうろついてるとは思わなかったけど……」

「俺もだ。町長の奇想天外な行動がいつものことっちゃそうなんだけどな」

 なるほど。お貴族様、ね。なんとなく、あっ、察し。

 たしかに先ほどの服は割と、この町の一般市民の人達――とりわけオシャレに関心のない人達のセンスに近く、見た目で貴族であることを見抜くのは難しい感じだった。

「ちなみに説明しとくとだ。この国では、全ての企業・組織は、設立時点では基本的に町長に所有権がある。うちの店もそうだ」

「うわ、マジか……。えっぐ」

 日本ではとうてい考えられない悪政。政府が店舗の所有権を主張するのなら、最低でも社会主義国家のような管理体制が必要だ。だがうちの店は管理も納税も自分達でやっていたはずで、自治体は何もやってくれていない。それなのに所有権だけ主張するとか図々しすぎる。

「所有権を自分に移すには手続きがいるんだが、それがとにかく面倒な上にバカ高い。つまり今のところ店はあの人のものなんだ。今後はともかく、な」

「なるほど……。てかあの人、あんなんでまともな仕事できんの?」

 本当に純粋に疑問だった。

 日本でアレに似た人物といえば織田信長も若い頃はあんな感じで破天荒だったようだが、彼と違うのは町長はすでに政治的権力のトップに立ってしまっていることである。

「引き込んだ俺が言うのも申し訳ない話なんだけどよ、あの人がトップに立ってからこの町は本当に荒れたよ。単純に治安が悪くなったというより、いろんなことが巧く回らなくなった感じなんだよな。具体的にどこってわけじゃなく」

「あ、ああ……」

 なんか、そうなんだよな。政治って悪化したことは分かるんだけど、具体的にどこが悪くなったかは巧く言えないんだよね。

 ナントカ改革、ナントカノミクス、ナントカ創生。エトセトラ、エトセトラ……。

「も、もう終わりぃ~?」

 おずおず、と言った感じでペコラが下りてきたので、僕はルーパの肩をポンポンと叩き、

「まぁ、まずはしばらく一緒にいてやったらどうだ?」

 と、親指で3階を指さした。

 そして僕は、仕事が終わったら駅前の本屋に行ってこようと思う。クレーマー対策のノウハウに関しては、日本人だって負けてはいないのだから。


つづく


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