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(1) トンネルを抜けたら殴られたんですけども

この小説は のらねこに何ができる? の中のシリーズの1つ “のら小説家に何が書ける?”(高クオリティ小説の王道な書き方) の本文内にて設計したものを、実際に小説として書き起こしたものです。

小説の書き方の連載の方も、合わせてご覧ください。

https://project.sylphius.com/columns


   1


 国境の長いトンネルを抜けると、なんかグーパンとかデュクシ飛んできたんですけども。

 そんで――。

「な、なにあんた、ついてきとんじゃあやらああああ#$%&!」

 美少女の口からは決して出てはいけない裏返った奇声とともに、僕は正面にまともな衝撃を食らって後方へ飛ぶわけでして。

 そして吹っ飛びつつも、同時にこんなことをつぶやいたりもするわけである。

「あれ、君、誰……?」

 自分を殴ったその女の子に、僕は本当に心当たりがなかったからだ。



 僕の名前はキータ。漢字だと野良輝汰。列記とした本名だが、読みづらいので普段はカタカナのキータで通している。

 事の起こりは先月のこと。

 見ず知らずの女の子のケツを追う変態野郎に、そんな長いエピソードがあるのかと思われるだろうが、ちゃんとあるのである。

 お願い、聞いて? 今回だけ。ホント今回だけだから信じて……。

 そもそもの始まりは、たまたま立ち寄った駅前の本屋で、運命の本に巡り合ったことだった。

 それは本当に素晴らしい本だった。僕の仕事はエンジニアで、しかも年だって新人と呼ぶほど若くもない20も中盤。自分の専門分野に関する本を買って読むくらい、デイリールーティーンの一部だったりするわけ。

 その日は、得意先から怒られてちょっと意気消沈した日だったのだけど、でも見つけた本は本当に素晴らしかった。

 内容は専門的になるので記述を避けるが、“知っておきたいエンジニアのバイブル”という多少安っぽいタイトルのその本には、僕の仕事上の悩みがほぼ網羅されており、僕を一気に成長させた。まぁ、とにかく凄い本だったということだけ理解してほしい。先頭数ページを読んだだけで直感的に名著だと悟った僕は、値段も見ずにすぐレジに持っていき、お姉さんに「6000円です」と言われた瞬間ですら安いと感じていた。

 本を読まない者が名著に巡り会うことは決してないが、だからといって数を読めば出会えるものでもない。そういった意味で僕はとてもラッキーだったと思う。

 その本に書いてあった通りに仕事をした結果、僕の能力は一変した。時間効率は半分、作業効率は2倍、不具合は起こらなくなり、利用者からは「使いやすくなった」の声が続々と届くようになって、僕の社内評価もうなぎ登り。

 本1冊で、僕は職人として一皮も二皮も一気に成長したのである。

 ここまではよかった。

 だが今月頭になって、その日僕は突然呼び出しを食らった。

 会議室Bにいたのは普段あまり接触もない人事部長で、痩せこけて神経質そうな顔立ちのオッサンだった。

「ここ最近、あなたのシステムが急によくなったようですね。私も触りましたが、本当に見違えました」

 開口一番、彼は僕にそんなことを言った。

「ありがとうございます! いやぁ、勉強したんですよ! すごい名著を見つけましてね! それで――」

 僕は続けて、先日見つけた本の話を続けようとした。

 が、ところがオッサンは、僕の言葉を遮って突然こんなことを言ったのである。

「だとすると必然的に疑問が生じることになりますよね。お分かりになりますか?」

「はい? 疑問というと?」

 その口調は、決して成績の伸びた社員を褒める口調ではなかった。

「分かりませんか? あなたの成績が急に伸び始めてから、少し社内調査をしました。が、とりたてて不正をしている様子は見受けられませんでした」

「そりゃそうでしょ。僕はたまたまいい本を見つけて、だから頑張って――」

「だとすると必然的に、あなたは今まで実力を隠してサボっていた、としか考えられないことになるでしょう?」

 でしょう? って、どういうこと? なんでそうなる?

「いやいや、だから頑張って勉強したから伸びた。それだけですよ! こんなに成長を実感したのは僕だって初めてだけど、そういうことだってあるでしょう!?」

 僕の今回の成長は名著との出会いあってこそだが、でも確実に僕自身の努力の成果でもある。僕はそう訴えた。

「は? 何を訳の分からないことを。いいですか。人間の才能は生まれついて決まっていて、あとからは変えられないのです。本を読んだだけで成績が伸びるなんて、バカも休み休み言いなさい! ともかく、サボって意図的にクオリティを下げるような人と仕事はできません。あなたのことは無期限の謹慎処分とします! 今日はお帰りを。次の出社日は追ってお知らせします」

 反論する間もなく話を打ち切られ、僕は午後2時早々に退社となった。

 こちらの主張は何一つ受け入れられなかった。

 言ってることがあまりに支離滅裂であることから、僕が疑ったのは何らかの社内紛争が起こった可能性だった。僕は今回その抗争に巻き込まれ、知らないうちに責任を取らされた。そのように考えれば、とりあえず辻褄は合う。納得はできないけれど。

 だがそれを確認すべく、以前から仲のいい営業部の友人に電話をかけたところ、彼から返ってきた返事は予想のさらに斜め上をいっていた。

「なぁ、ちょっと聞きたいんだが――」

「おまえ、今までサボってたんだって!? 社内は今その話で持ち切りだよ!」

 こちらの言葉をさえぎって、彼はほとんど叫ぶような声で言った。

 一部修正。以前から仲のいい友人あらため、仲がいいと自分が一方的に思っていただけの顔見知り。

「俺もさぁ、前からちょっとおかしいと思ってたんだ。エンジニアなのにミスするとか、変じゃねぇ? 普通エンジニアってのはミスしないんだよ。あ、いや、イメージだよ? イメージ。エンジニアってほら、完璧人間ってイメージあるじゃん? だから普通の人間みたいにミスするとか許せねぇっつーか、そんな感じしちゃうんだよね。もちろんイメージだよ。イメージ」

 イメージイメージうるさかったが、少なくとも本気以外の何かだとはとても思えなかった。

 その場でガチャ切りし、連絡先も即効削除。

 辞表は郵送で送りつけた。



 で、それから少し日が開いて今日である。

 転職活動のための面接をとりあえず1社こなした僕は、内定をもらうまでの間にあと何社受ければいいのかと、少し落ち込んでいた。

 僕の自宅は都心から少し離れた、快速と各駅を乗り継いで1時間ほどのベッドタウンにある。ド田舎ではないが緑もそれなりに多く、3階建て以上の建築物は見渡す限り存在しない。土手一面に咲くハルジオンはそろそろ萎れる時期。

 そこを超えると見えてくるアパートは築40年月額25000円の超オンボロだが、視界に入るとちょっとホッとする。

 と――。

「ん? 珍しい。クツシタが外にいる」

 自宅まで十数メートルの場所で、2階の手すりの上をネコが歩いていることに気づいた。足先だけが白い黒ネコ。我が家で飼っているクツシタである。

 こいつがまた、年寄りというわけもないのになかなかの怠け者で、いつも眠っているか、僕にご飯をねだってくるか。アパート自体はペット賃貸のためネコドアがあるが、クツシタのヤツめがそれをくぐるところを、少なくとも僕自身は見たことがない。たま~に家にいないので勝手に出入りしているのだろうと思ってはいたが、今見た感じ、どうやら彼女の散歩時間は主に僕が仕事をしている時間らしかった。

 黒ネコはキョロキョロと周囲をうかがう素振りを見せ、階段を回って下まで降りてから、建物の裏に入っていく。少なくともこちらには気づいていないようだった。

 どこに行くんだろう? 僕は不意に気になった。

 もちろん行先はネコの散歩コースに決まってはいるのだが、それでも人間には見る機会があまりないのも事実。ちょっとついていくことにした。僕は悟られないように気をつけながら、彼女の後ろ数メートルを追跡した。

 彼女が歩いていくのは、隣の建物との間にある狭い通路。どちらの建物の入口にも面していないので人も通らず、よって掃除も行き届かない小汚いところ。

 このまままっすぐ行くと反対側にある雑木林に出るはずなのだが……。

 おかしい。目の前に見えるのは林ではなく、真っ黒なトンネルのようなもの。いや、草藪の暗がりがトンネルのように見えているだけかもしれない。どちらなのかは、この距離ではちょっと判別がつかない。

 クツシタはその暗がりに入っていく。だから僕もついていく。

 暗がりは、本当に真っ暗だった。人間が通るには少し狭いが、身をかがめて何とか。スマホの時計が13時を指しているにもかかわらず、この暗がりは本当に夜のよう。よほどわっさりと草が生い茂って、太陽光を完全に遮っているとしか考えられない。

 だが、周囲を触ろうとしても草藪の感触はなかった。

 暗闇の中の黒ネコは真っ黒で、クツシタの白い足だけが、入口からのわずかな光にチョコチョコと動いているのが見えるきりだ。

 どこまで続くのだろう。

 数分以上も歩いて、やがて向こう側にも光が見えてきた。出口らしい。

 そこから外に出ると、急激な光の変化に一時的に視界が真っ白になる。

 なのでそのタイミングで、僕は飼いネコに声をかけた。

「クツシタ! 僕だよ!」

 すると――。

 クツシタは本当に心の底から、青天の霹靂に寝耳の水を虚に突かれたといったふうに飛び上がり、勢いよくバッと振り返る。

 振り返り――。

 それまでたしかにネコだったはずの彼女の姿が、振り返り終えたときには人間のそれに変わっていた。

「……はえ?」

「キ、キータ! あああああ、あんた、な、なにあんたついてきとんじゃあやらああああ#$%&!」

 そしてその手から勢いよくパンチが飛んできて、僕の顔面にクリーンヒット。

 後頭部にクラっとする感触が走って、僕はそのまま後ろに倒れ込んだ。

 けど気を失う直前、女の子がちゃんとクツシタであり、かつ、そのクツシタが実は異世界人だった可能性にまで行き当たる。

 なぜなら倒れる直前、普段見ている物よりもだいぶ大きな月が、空に2つも浮いているのが見えたからである。


つづく


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