5:お化けとは失敬な!
「……待って――いってぇ!」
『ああ、目を覚まされましたか』
手を伸ばして跳ね起きた久遠は、机の角に額をぶつけた。
植物園の工房に横たわった久遠を、床に正座したいのりが心配そうに覗き込んでいた。
「おれは……どれくらい気を飛ばしてた?」
『一瞬です。ほんの一、二分くらい』
「ニンゲンと神獣とかいうやつじゃ、薬の効き目も違うってことか」
『道理ですね』
「ていうか、その神獣とやらは!」
『ええ、もう大丈夫。動きだす気配はありません。こちらに来たばかりで災難でしたね』
いのりは安心させるように、遺骸と化したイノシシの神獣を指さした。
久遠は、胸を撫で下ろすように工房を見渡した。
それからぴょこぴょこと歩き回るいのりの透けた身体を見て、ため息を漏らした。
「本当にお化け屋敷なんだ」
『お化けとは失敬な! わたしは永久野いのり、錬金術師です!』
「生前は、なんだろ?」
『うぐ』
「しかも死んだのは〝五万年前〟とかって言ってた」
『ぐぬぬ』
いのりは悔しそうに歯噛みした。
『そんなことより、あなたこそ何者なんですよう?』
「おれだってよくわからないんだよ。気づいたらこの家にいて、さ」
『まあ、嘘を言ってる様子には見えませんケド』
「どうして」
『所作が周りのモノを意識しすぎです。この国で暮らす〝幽霊〟はそんなことしませんから』
「この国で暮らす幽霊、って」
戸惑いぎみな久遠をじぃっと見つめたいのりは、踵を返した。
『ふむ』
「な、なんだよ」
『なるほど。まあ直接言葉で語るより、見たほうが早いのでしょうね』
いのりはかつかつと工房を抜け、リビングを抜け、ぶっ壊れた玄関のドアを抜けた。
「あ、ちょっとどこへ!」
『決まってるじゃないですか。迷子の雲野久遠さん?』
いのりは言った。
『あなたたちがぶっ壊した温室の片付けです』