3:僕の名前は、そら
やがて、山頂付近の開けた平野に出た。
赤茶けた砂利がどこまでも続く。からりと晴れた雲ひとつない青空。桜色の花が一面に咲きほこるなか、無数の白いパラボラアンテナが一斉に鎌首をもたげる。
ひどく空気が薄くて、凍える。
久遠は無数の巨大なパラボラアンテナが新品同様に動いていることに驚いた。
「だってここは、墓所惑星だろ」
一体、誰が手入れをしているんだろうか。
アンテナは一つ一つが直径二十メートルほど。ちょっとした神獣と同じくらいだ。それが等間隔に並べられ、同じ角度を向いている。
白い鳩は目的地についたと言わんばかりに、パタパタと飛び出した。
「あ、ちょっと何処へ!」
薄い空気の中を泳ぐように、久遠は白い鳩を追った。
白いパラボラアンテナの合間を縫っていくと、久遠は不可思議な感覚に襲われた。
(おれはここを知っている)
アンテナの基部に刻まれた〝アルマ第三天文台〟という標識を見て、核心に変わった。
そう、ここは地球にいた雲野久遠研究員が最後にいた場所に似ている。雲野久遠研究員はここと似た場所で神獣に襲われ、電波となって逃げ出したんだ。
とはいえ、いのりに見せられていた悪夢を通じて知っているというだけなのだけれど。
(それって、おれ自身の記憶と言えるのだろうか)
天文台と天文台を電波でつなぐのが、転生主義の惑星移民事業なのだとあいつは言った。地球の天文台を旅立った雲野久遠研究員の人工単子は、電波となって宇宙を彷徨い、五万年が経ったこのトドゥルの電波望遠鏡で観測され、植物園の地下室で印刷されたのだ。
(それがおれなんだ)
天文台の中央にたどり着くと、腹の底に響く唸り声が聞こえた。
久遠が身構えると、パラボラアンテナの合間を縫って、大きな黒い獅子が現れた。
アンテナと同じくらいの体長。立体映像で出来た黒いたてがみ。
「神獣……!」
目があった。久遠は心臓が裏返るような心地だった。だけど獅子の神獣は久遠に目もくれず、去っていった。害意が無いことに目を丸くした久遠は、思わず獅子の神獣を追いかけた。その神獣が、何やら白い資材のようなものを咥えているのが見えたからだ。
案の定、黒い獅子の神獣は一基の壊れたパラボラアンテナまで歩み寄っていくと、咥えた資材を前脚で器用に捌いて、歪んだアンテナ基部の整備を始めた。
そして、そんな神獣の側には、一人の少女の幽霊が佇んでいた。華奢で起伏に欠けた肢体。都市は十六ぐらいだろうか。服装はありふれた灰色のパーカーに折れそうなくらいスキニーなジーンズ。腰まで届く長い髪と切れ長の瞳は、吸い込まれるくらいの水色。
人類が絶滅した世界で、天文台を修繕して新品同様に維持する獅子の神獣、そしてそれに寄り添う少女の幽霊。その幻想的なさまに久遠が見入っていると、どこからともなく白い鳩の群れが飛んできて、獅子の神獣の身体のあちこちで羽休めした。
水色の髪の少女の幽霊は『あはは』と笑っていた。
神獣や鳩と戯れていた少女の幽霊は、だが久遠の視線に気づくと空色の目を見開いた。
『嗚呼、驚いた。こんなところに生きた人間が訪れるなんて』
「君は、神獣なのか?」
『神獣だって賢者の石を挿したり立体映像を使ったりできるだろう? アルマの器と一緒さ』
それはなんとなく久遠にも道理に思えた。
だけど、今まで敵だと思っていた神獣の中に、いのりのような幽霊が憑依していたとは。
にわかには、信じきれなかった。
「ここに、ホムンクルスの女の子は訪れなかったか?」
『訪れたよ。胸の大きいお姉さんが。まあ、天文台を壊しに壊して、すぐに出てったけどね』
「それで君はそうして、壊された天文台を直してるわけだ?」
『そういうこと。かれこれ数万年やってるし、苦じゃないさ。ええっと……』
「おれの名前は……」
『いや、転生主義の雲野久遠研究員。いまは記憶を消して、錬金術師見習いを名乗ってる』
何もかもお見通しらしい。
若干十六歳ほどの華奢な美少女の幽霊は、神獣の頬を撫でた手で自らの水色の髪をすいた。
『僕の名前は、そら。このトーテムに憑依している転生主義者だよ』




