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アトリエアルマ/錬金術師型電波望遠鏡  作者: 朝野神棲
第壱話 墓所惑星の錬金術師
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3:人類の……敵でしょ!

「ッ!」


 観葉植物のヤブの中から現れたのは、体長二メートルはある黒いイノシシだった。

 オレンジ色の殺気に満ちた双眸、金色の牙と蹄。

 邪気のように揺らめく黒い体毛は、まるで燃え盛る黒炎のよう。

 口からは、ふしゅーっと熱い呼気を発していた。


「イノシシ?」と久遠。


 どこか殺気立っている。興奮しているようだ。

 黒いイノシシは怒ったように二人を睨みつけると、蹄を地面のレンガで研いだ。


『仲良しできそうな雰囲気ではありませんね』


「一体どこに潜んでたんだ」


『さっきの割れる音、温室のガラスだったみたいです。外から迷い込んできたのでしょう』


「侵入してきたの間違いじゃなくて?」


『そうとも言えますね』


 いのりが指差す方向は、温室の隅のガラス。

 その一角が割れ、ちょうど目の前の黒い猪と同じくらいの穴が空いていた。


『墓所の結界が破られたことには気づいていましたが、よもや植物園の中にまで神獣が迫ってくるとは』


「何を言って……あいつは、あのバケモノはなんなんだ!」


『だから神獣ですってば! オシラサマですよ!』


 いのりは久遠に華奢な肩を寄せると、よく通る気丈な声で言い放った。


『わたしたち人類の……かたきでしょ!』


 呼応するように黒いイノシシが低い雄叫びをあげ、温室のガラスがびりびりと震える。

 二人は気圧されたように身構えた。


 いのりは黒い猪を睨みつけると『話はあと!』と短く叫んだ。


『お兄さん、おなまえは?』


「……く、雲野! 雲野久遠! たぶん!」


 それが本当に自分の名前かはわからないけれど、ほっぺに書かれてたんだから間違いは無いだろ、と久遠は思った。


『さっそくですが、久遠さん。過去に神獣と渡りあった経験は?』


「し、神獣だって?」


『よもや、トドゥルを滅ぼした神獣を知らないなんて道理は――来ます! 避けてッ!』


「うわあっ!」


 温室のガラスを割って侵入してきた黒いイノシシは、二人に突進してくる。

 狭い温室を逃げ惑う久遠といのり。

 二人は慌てて小洒落た東屋とミニテーブルを抜け出し、レンガ畳の花壇へと駆け出す。

 その後ろを、黒いイノシシが猪突猛進してくる。

 花壇や小道のレンガを無残に踏み砕き、土や花を踏み荒らす。

 二人がいた東屋のミニテーブルを突き飛ばすと、ますます勢いづく。


『母屋に逃げてください! わたしについてきて!』


「逃げるなら、被害が少ない外だろう!」


『外に逃げたって無駄です! 神獣って執念深いんですから!』


 いのりは真っ白な三つ編みのおさげを翻すと、ふわふわと足音もなく久遠を誘った。

 久遠は慌てていのりの霊体を追い、狭い温室の中を駆けだした。

 薄紫色の花をつけたシャコバサボテンが植わった角の小さな花壇を曲がり、ユーチャリスの白い花が咲き誇る、大きめの花壇の横を走り抜けた。

 そのすぐ後ろを、黒いイノシシがドリフトするように追いかけてきた。


『母屋の奥にはアトリエブースがあります! 錬金炉を使って神獣に立ち向かうんです!』


「レンキンロ?」


『説明はいらないでしょう! 錬金術を使うための窯炉ようろです!』


 短くアドバイスを飛ばすいのりの背中を追いかけ、久遠は温室から母屋の玄関へ駆け抜けた。


『ドア閉めて! はやく!』

「あ、ああ!」


 叱咤に従ってドアを閉めるが、すぐに黒いイノシシは鋭い牙で蹴破ってくる。


『あれ、直すの大変なんですよねえ』

「達観してる場合じゃないだろ! 案内ぐらいしてくれ!」


 母屋に入ると、背の低い書棚が立ち並んでいた。

 久遠は書棚のひとつをなぎ倒して、黒いイノシシの進行を阻もうと試みた。


『うわあ! 何するんですか、他人様のおうちで!』

「うっさいわ!」


 思惑は外れ、黒いイノシシはもろともせずに追いかけてくる。

 辺り一面に分厚い書物が撒き散らされ、千切れた本の紙きれが紙吹雪のように舞い上がる。

 ついに、いのりは泣き出してしまった。


「げ、しつこい! 錬金炉? っていうのは、どこだ!」


『ぐすっ、アトリエです! 母屋の右手奥!』


「さっきの地下室の、右手か!」


 平屋建ての母屋を対角線上に駆け抜けて、久遠は母屋の片隅にあるアトリエへ駆け込んだ。

 久遠は、いかにも工房といった様子の一画を見渡した。

 埃をかぶったフラスコやビーカー、計量スプーンや小刀といった器材が並んでいる。

 そして……。

 母屋の角の隅にひっそりと構えられている、大きなレンガ造りの窯炉を見つけた。


「あった! こいつが錬金炉ってやつだな!」


『内部の炉心に手を入れて! 熱くはないから大丈夫!』


 それは鍛治屋が使うような、本格的な炉だった。

 言われるがまま窯の中を覗き込むと、中には七色に光り輝く巨大な繭玉が広がっていた。


「まるで虹の繭玉だ」


『いいから、早く! 中に、わたしが〝生前に〟錬成したものが残ってるはずです!』


「生前って……」


『〝五万年前〟のままってことです! 腐ってなければ戦えます!』


 無茶苦茶だった。久遠は意を決して繭玉に手を突っ込むと、手探りで中からガラスの小瓶を二つ見つけた。緑がかった青と黄色、それぞれ違う色の小瓶アンプルだ。切子のように乱反射する磨き抜かれた表面には、点字のようなものが刻印されていた。

 

 黒いイノシシが怒り狂ったように、二人のもとへ飛び込んできた。


『青です! 投げつけて!』

「え? あ、ああ! わかった!」


 家具をなぎ倒して一直線に突進してくる黒いイノシシ。

 久遠は壁に背中をおしつけて怯えながらも、青いアンプルをイノシシめがけて投げつけた。

 アンプルはイノシシの鼻先にあたって砕け、次の瞬間――。


『きゃっ!』


「ぐっ――」


 キィイイイイイイイイイ! という甲高い音を周囲に響かせた。

 久遠はたまらず耳を塞いだ。

 だがアンプルが発した音は、黒いイノシシの耳も穿いたようだった。

 久遠の腹を牙で貫く直前、イノシシは異音に驚いて足を崩し、勢いを殺しきれずに壁に激突。

 身もだえるように苦しむイノシシを前に、いのりが畳み掛けるように言った。


『次、黄色です!』


 耳がしびれて何を言ってるのか聞こえなかったが、伝えようとしていることは理解できた。

 久遠は恐る恐る、今度は黄色いアンプルを黒いイノシシに投げつけた。

 アンプルが砕け散ると、何やら柑橘系の香りが周囲を充たす。


『……青は音響爆弾、黄色は神獣をなだめるアロマです』


 といういのりの説明も、びりびりとしびれる久遠の鼓膜には届いていなかった。

 やがてイノシシはのたうち回ったまま、眠るように気絶した。

 どうやら、一件落着らしい。


『うへえ、掃除や後片付けが思いやられます』

「なんなんだよ、神獣とかって」


 久遠は額に滲んだ脂汗を手の甲で拭いながら、倒れ込んだイノシシの側にしゃがみこんだ。


「え、こいつの身体、機械で出来ているじゃないか」


 久遠は目を見開いた。

 そう、さっきまでこいつは、たしかに生きた巨大なイノシシの姿をしていた。

 だけど、今は……。

 鋼鉄のような蹄と牙、関節には歯車、目はガラス、全身に張り巡らされたケーブルとコード。

 倒れ込んだ猪は、イノシシを模した無骨な機械へと成り果てていた。

 そこに生物の面影なんて、まったく無かった。


『それが神獣というイキモノでしょう。活動を停止すれば遺骸むくろになる』


「いや、でもこれは遺骸っていうか」


『また動き出す危険もあります。賢者の石を引き抜いてから無力化しましょうか』


「賢者の石?」


『神獣のたましいに感応する結晶体です。錬金術や霊体化にも使う貴重なものなんですよ?』


 そう言うと、いのりは神獣の後ろ足の太ももあたりを指さした。

 久遠が手を伸ばすと、神獣の骨格がスライドして、中から冷気が洩れ出す。


「熱っ」

『いけない。そこの革手袋を使ってください』


 久遠はやけどをしないように手袋をはめて、中から赤い等柱状の結晶を一本抜き出した。


「血を固めた宝石みたいだ。これが賢者の石とかって云うのか?」


『ええ、あとはペンチで指示する管を切ってください。それで神獣は無力化できますから』


 久遠は素直に従った。が、一息ついて緊張が溶け出したせいだろうか。

 突然、久遠の足取りが大きくぐらついた。


『久遠さん?』


「さっきのアンプル……ニンゲンにも……効くみたいだ……」


 意識が遠のいて、視界が暗くなっていく。

 久遠は生気の抜けた黒目を浮かべると、頭からぶっ倒れた。


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