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アトリエアルマ/錬金術師型電波望遠鏡  作者: 朝野神棲
第壱話 墓所惑星の錬金術師
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1:おれの名前?

 パタン! という小気味よい音をたてて、背後の扉が閉まる。扉を抜けた先で黒髪の青年を待ち受けていたのは、ありふれた木目調のリビングだった。


 ゆったりとした天井高の生活空間。窓際の食卓にはチェック柄のクロスが敷かれ、ミニキッチンの棚にはティーカップや皿が並べられている。部屋の一角には、何やらレンガ造りの窯炉や書物の積まれた作業台が並べられていた。これは工房か何かだろうか。


「どこなんだ、ここ」


 平屋建ての家に舞う塵やほこりといった粒子が、窓からの朝日で星屑のようにまたたく。床や天井を新緑に彩る観葉植物は、野放図に伸びきっていた。長らくこの家は放置されてきたようだ。黒髪の青年は、たった今くぐったばかりの〝扉〟を振り返った。


「おれは、たしか……」


 そう呟いてから、言葉に詰まる。

 何も、思い出せなかった。

 ここはどこなのか、おれはだれなのか、さっきまで何をしていたのかすら。


「たしか、この地下室の扉を、くぐって……地下室?」


 言い切らないうちに、青年は自分の言った言葉を疑うように、喉もとに手をあてた。


「なんでおれ、この扉の向こうが地下室だって知ってるんだ?」


 何気なく視界に入った壁掛けの姿見。映りこんだのは、傷一つない青年の姿だった。夜闇のようにしっとりとした黒い髪と瞳が不安そうに揺れている。年齢は二十歳にちょっと届かないくらい。背は低くもなく、高くもない。服装はありふれたシャツにチノパンだ。

 できもの一つないきれいなほっぺたには、何やら四角形を集めたような黒い刻印が彫り込まれていた。目を凝らしてようやく読み取れるほどの文字も刻まれている。はっきりとは読めないが、どうやら〝KUMONOKUWON.MND〟と書かれているようだった。


「文字。いや、名前か」


 黒髪の青年はほっぺたの刻印に手を伸ばすと「くもの、くをん……」と読み取った。


「おれの名前?」


 文字が読めるというのは、意識が混濁とする〝久遠〟にとって、とても重要な発見だった。


 だが、直後のことだ。

 鏡の隅、久遠の背後に一瞬だけ、ひょっこりと三つ編みの白髪が映りこんだ。

 ぱりんっ。


「誰かいるのかっ」


 背後でなにか割れる音も聞こえてきて、いよいよ久遠は警戒するように振り向いた。

 けれど、平屋建てのリビングを見渡しても、誰の気配もしない。


「まさか、お化け屋敷なんかじゃないだろうな」と、二の腕をさする。


 どんな些細なことでも、今は情報が欲しい。久遠は玄関近くに等間隔で並ぶ背の低い書棚たちに歩み寄っていくと、手近な段からノートを一冊手にとった。

 簡素な表紙には、手書きで〝植物園日誌・第八四九一巻〟と銘打たれていた。


「〝記録者、国定錬金術師第二十九号・永久野いのり。記録言語八十一番。符号単位八。将来、ここを訪れるかもしれない次代の入植者さまたちに向け、この日誌を遺します〟」


「〝見渡すかぎりの花畑。この地表を埋め尽くす無数の墓標。それがわたしたちの暮らす墓所惑星。神獣に蹂躙されるこのような時代に、錬金術で叶うことは少ない。それでも、戦闘に不向きな学問とされる錬金術でも、神獣と渡りあうすべは残されている。その方法とは――〟」


 久遠はパタンと手書きのノートを閉じると、木づくりの空間を見渡した。


「いのりって、この家の持ち主だったのかな」


 天井は無く、ここからでも屋根のかたちがはっきりわかる。民家というより、何らかの公共施設だったのだろう。平屋建てのワンフロアの空間を、贅沢に使っている。

 天井のシーリングファンが埃をかぶったまま動いていないことに気づくと、久遠は呟いた。


「電気のことは知ってるんだな、おれ……ん?」


 久遠は顔を上げた。

 その先には、外へつながる玄関があった。

 少しは何かが分かるだろうか。そう考えた久遠は部屋を進み、玄関の扉に手をかけた。

 ドアに取り付けられたベルが、カランコロンと乾いた心地よい音を響かせた。


 そこに広がっていたのは――。

挿絵(By みてみん)

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