修業の末
白い空間。
天井があるのかも自分がどこを向いているのかも分からない。
時間を使い切り。
理想の肉体と技を会得する事叶わず終えた自分の人生。
死ぬとこのような空間にくるのか。
そう思っていると。
(おはよう、無位【むい】 無天【むてん】くん)
何も無いはずの空間から声が聞こえた。
(君は死んだのだよ無天くん。夢叶わずね)
何故俺の夢を知っているのか。
(だが安心するといい、君の願いを私は叶える事が出来る)
俺の夢を叶える?
(正確に言うと叶える手伝いだが。この空間では君は不老不死で常に最適な状態が維持される。つまり睡眠も食事も必要ない。君が望む限り修業出来る)
それが本当なら素晴らしいが、まずここは何処でお前は誰なんだ?
(そんな事はどうでもいい事だ無天くん。私の事は君の望みを叶えこの空間を用意した存在だとさえ認識していればいい)
お前は何の為に俺を生き返らせた?
(言ったはずだそんな事はどうでもいいと。君は君の望みを叶えると良い。私の事など忘れてね)
何を言って...。
(それではまた君が望みを叶えた時に会おう。楽しみにしてるよ無天くん)
そして声は聞こえなくなった。
状況は理解出来ないままだが、今は声の話を信じるしかない。
そうして改めて自らの肉体を見ると、驚いた事に最盛期の自らの肉体がそこにあった。
この最盛期の肉体で100歳を越えた俺の技を合わせれば...。
パン!!!!!
何も無い空間に音が響きわたる。
後から凄まじい風がついてきた。
音を置き去りにした拳。
それなのに傷一つ肉体にはついていない。
素晴らしい!!
この肉体と技を持って老いる事無く修業出来れば、俺の理想に限りなく近づける!!
それからは声の事など忘れ修業に明け暮れた。
常に最適な状態を維持されるだけあって傷ついた肉体も直ぐに超回復し肉体が強化されていった。
技を何度やり直し反復し修正しても有り余る時間があった。
最高の時間だ。
肉体が強くなっていく感覚が心地いい。
技に無駄がなくなっていくのが快感だ。
より速く、より鋭く、より力強く。
自分という存在が磨かれていくのを感じる。
1万年後には全ての技が最高の威力で放てる様になった。
10万年後には技を融合させ威力を自在に操り思うがまま放てるようになった。
そして、100万年後遂に理想の一撃に辿り着く。
速さ、威力、肉体、技全てを無駄なく正確に思うがまま放つ理想に近い一撃。
それはあまりに静かな一撃だった。
音もなく技を繰り出したと思った時にはすでに終わっていた。
涙が出た。
自らすら知覚する事ない一撃。
理想に限りなく近づいた瞬間だった。
そんな中いきなり声が聞こえた。
(おめでとう、無天くん。遂に望みを叶えたね)
この空間に来た時以来のあの声だ。
(本当に素晴らしい一撃だったよ。私にすら見えない程だ。まさしく人間が放てる究極の一撃だ)
今までは平坦に聞こえていた声に喜色が含まれる。
(100万年という長い歳月をよく壊れる事無く修業し続ける事が出来たね。君は素晴らしいよ)
俺は自らの理想の為に修業していたに過ぎない。
(そうだね、君は君の理想を叶えた。ならばもう君に未練はないね)
どういう事だ?
(君を生き返らせて修業させてあげた対価を貰おう)
対価など聞いていない!
まさか俺を殺すというのか?
(君は望みを叶えた。もうその肉体は必要ないだろう?この空間と不老不死という力の対価を貰うよ?)
ふざけているのか?
そんな事に同意するわけないだろう!!
(君の同意は必要ないんだ、君を生き返らせたのは誰か忘れたのかい?)
俺は思わず身構えた。
この100万年の努力を奪われる等あってはならなかったからだ。
(君の技も私には届かないよ、では対価を頂くよ、今度は本当のさよならだ無天くん)
その言葉と同時に俺は意識を失った。