表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/49

2.崩れる世界・拡がる世界② 鮮やかな推理

◇ ◇ ◇


 チュンチュンと、鳥のさえずりが聞こえる。


「んー……朝?」


 ぼやけた視界をはっきりさせるため、マキは目をこすった。


(頭がぼーっとする)


 といってもたぶんこれは、風邪の症状ではない。昨日(きのう)からずっと寝っぱなしだったので、単に寝過ぎたためのぼんやり感だ。


(嵐すごかったなぁ)


 夢うつつに、雨や風、雷の音を聞いたことを覚えている。窓ががたがた鳴るほどの激しさで、マキが知る中で一番の嵐だったのではないかと思う。あまりよくは覚えてないけれど。


「よく、寝たー」


 上半身を起こして伸びをする。

 寒気はすっかりなくなった。気だるさはあるけれど、なんというかすっきりとした疲れで、悪い気はしない。


「んー……ん?」


 マキはちらりと窓の外へと目をやり、


「わあぁっ、きれいなお空!」


 きらきらと目を輝かせた。

 雨上がりの空は雲ひとつなく、吸い込まれていくくらいに澄んだ青色だった。


(あの空の下は、すごく気持ちよさそうっ)


 一気に心が跳ね踊る。そして急速にしぼみ戻る。


(……でも、出ちゃ駄目ってセンセイに言われてるし……でもでも、すっごくきれいな空だよ? ここから見てるだけじゃもったいないよっ)


 窓ガラスに額と両手のひらを押しつけ、頭の中で大会議を(ひら)くマキ。いい子のマキと、ちょっと悪い子かもしれないマキ。楽しいことが大好きなマキに、センセイが一番のマキ。さまざまなマキが議論を重ね、


「……ちょろっと見てくるだけなら、いいよね?」


 マキは頭の中の、いい子の自分に言い聞かせた。

 そろりそろりとベッドを抜け出し、リサが起きないよう気をつけながら部屋を出る。

 一度廊下に出てしまうと迷いも完全になくなってしまい、マキはすささささっと風のように――そんな気分でということだけど――速く静かに廊下を駆け抜けた。

 やがて外に続く扉へとたどり着く。取っ手の辺りを見ると、(かんぬき)がかかっていた。ということはまだ誰も、センセイでさえも外に出ていないということだ。


(私、すごいことしようとしてる)


 靴箱から自分の靴を取り出し、あえてゆっくりと足を入れる。そうしなければ靴も履けないほど、マキの体は興奮で暴れていた。

 (から)()(じゅう)の血がぐるんぐるん、すごい速さで巡っている感じがする。

 熱のせいでなく頰を火照らせながら、マキは(かんぬき)を外した。そのままゆっくりと扉を()ける。


(わ、まぶしっ)


 薄暗闇の中、扉の隙間から漏れる光に目を細める。最低限(ひら)いたところで、マキは滑り出るようにして外へ出た。

 最後まで気を抜かず、扉をきちんと閉め終えてから、改めて辺りを見渡すと。


「わあ……すごい!」


 空だけではなかった。

 雨粒が付いた草花は、きらきらと光っていて宝石みたいだ。空気は肌からも伝わってくるほど澄んでいておいしい。

 そんな気持ちのいい世界を、どこまでも続く青空の下で味わう。とっても(ぜい)(たく)だし、とっても楽しかった。


「気持ちいいっ」


 マキは両手を広げて走り回った。本当は地面に寝転びたかったけど、服が()れるとセンセイにバレてしまうのでやめた。


「全然危なくないじゃんっ」


 きゃははと笑い、いいことを思いつく。


(リサも呼んでこようかな)


 こんなに気持ちのいい朝、教えてあげなきゃもったいない。

 あと、少しだけ――誓ってほんの少しだけだ――リサも言いつけを破ってくれたら、いざというとき仲間がいて安心かなという気もした。


(少しだけどね!)


 再び、いい子の自分に言い訳をする。と、


「なにあれ?」


 マキは首をかしげて前方を見た。

 待ち人の家は、それがある広場も含めて、大きな塀で囲われている。塀の外には背の高い木々がたくさん並んでいて、マキたち待ち人を外の悪い生き物から守ってくれていた。

 その塀の一部がおかしい。塀のてっぺんを乗り越えるようにして、外にある木がこちらへと飛び出してきていた。


(木ってあんな近くにあったっけ?)


 なかった気がする。ないはずだ。なのに今はそこにある。


(なんでだろ?)


 考えてもよく分からない。じっと考え込むくらいなら、あの場所まで行けばいい。

 マキはすたたたっと駆けだし、あっという間に塀の下へとたどり着いた。


「うわ、大きい」


 ぽかんと大口が()く。

 塀のこちら側には木が生えていない。だからマキが見る木というのはいつも、塀の外にある木々の一部だけだ。

 なのに今、木の上の部分がごっそりと塀を越して、その姿を惜しみなくさらしていた。


(外の世界の木が、こっちまで来てる!)


 それはマキにとって、天地がひっくり返るような大きな出来事だった。


(なんでこっち側まで、はみ出してるの?)


 目を見開いて木を見上げているうちに、気づく。

 いつもは空を向いている枝が、ほぼ真横を向いている。はみ出している木は斜めになっていた。どうやら倒れて、塀に寄りかかっているらしい。


「……そうか、雷っ!」


 ぱんと両手をたたく。

 絵本で読んだことがある。雷が当たると木は倒れるのだ。

 我ながら名推理だと、マキはひとり鼻を高くした。できればこの鮮やかな推理を、誰かに見ていてほしかった。

 しかしすぐに他のことに気がいき、首を横に傾ける。


(……これ、センセイに言った方がいいのかなあ)


 センセイはいつも、外の世界に()れてはいけないと言っていた。だからたぶん、木が塀の中にあるのはよくないことなのだろう。だけど、


(言ったら外に出たことバレちゃうし……)


 下を向いて悩んでいると、上からガサガサという音が降ってきた。


「?」


 見上げると、枝が細かく揺れていた。風も吹いていないのに。

 そんなの見てしまえば気にならないはずがなく、マキはじっと枝を見続けた。

 枝は変わらずガサガサと揺れる。ずっと見上げて首が痛くなってきた頃、それは枝の間から、突然顔をのぞかせた。

 人間の子どもだった。


◇ ◇ ◇

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ