2.崩れる世界・拡がる世界① これが悪寒だ!
◇ ◇ ◇
「37度8分。少し熱があるね」
マキから受け取った体温計を読み上げながら、センセイがふうと息をつく。
「寒い」
マキは布団の裾をつかみ、顎までしっかりと引っ張り上げた。朝起きたら寒くてすごくすごくつらくて、震えていたらリサがセンセイを呼んできてくれた。
部屋に来たセンセイは、別の部屋にいるようリサに言うと、薬箱からいろいろ取り出してマキを診てくれた。
「今日は寝てなさい。当番の掃除もしなくていいから」
「センセイ、寒いよぉ。頭がぼーっとする」
体がゾクゾクする。いつもだったらうれしい掃除当番の免除も、今はどうでもよかった。この前読んだ本で見かけた、悪寒という言葉。どんな感じなのかよく分からなかったけど、今なら分かる。
これが悪寒だ!
「寒いよぉ……私死んじゃうの?」
「マキは風邪をひくのは初めてだったね。大丈夫、死んだりなんかしない。すぐによくなるよ」
センセイが微笑む。それだけでマキは安心できた。
ただひとつだけ気になることがある。布団にくるまり必死に暖を取りながら、マキはセンセイの顔をうかがった。
「明後日のお誕生日会に間に合うかな?」
「いい子にしてれば」
「センセイ、私もうすぐ8歳になるんだよ。すごいでしょ?」
マキはだるさにあえぎつつ、それでも胸を張った。
「ああ、すごいことだ」
手を伸ばし、マキの頭をなでるセンセイ。
「8年間生きてきた。マキが一生懸命生きていること、センセイは知ってるよ」
「えへへ」
マキはセンセイのぬくもりを存分に味わった。最高のご褒美だ。
窓の外では、ゴロゴロと雷が鳴っていた。雨の音はまだ聞こえてこない。
「今夜は嵐になりそうだね。窓をしっかり塞いでおかないと」
センセイは窓に目を向けると、コホコホ咳き込んだ。
「? センセイ大丈夫?」
「あ、ああ。私も気をつけないとね」
自分が大変だから気づかなかったけれど、よくよく見たら、センセイもどこか顔色が悪い。
「せーんせい」
あおむけのまま、来い来いと手招きをするマキ。
「なんだい?」
センセイが顔を寄せてくる。マキはぽんぽんとセンセイの頭を触った。
「マキも知ってるよ。センセイがイッショ懸命生きてること」
センセイは一瞬驚いた顔を見せると、
「ありがとう」
と小さく笑った。
「さあ、薬を飲んで一眠りしなさい。体調がよくなったとしても、明日の朝は外へ出てはいけないよ。嵐の後はいろいろと危ないからね」
「うん」
薬を飲むために半身を起こす。
家族には悪いけれど、センセイを独り占めできるなら、風邪も悪くないなとマキは思った。
◇ ◇ ◇