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6.夏の夜の鼓動⑦ いつだって自分勝手で

「大地!」


 呼ぶ声が聞こえた。と同時に、誰かに押し倒された。

 地面に背中を打ちつけて息が詰まる。が、続けて誰かが上にのしかかってきた反動で、押し出されるようにして息が漏れた。


「大地、大丈夫っ?」


 誰か――マキが半身を起こしながら聞いてくる。


「マ、マキ?」


 ()()むことで呼吸を整え、大地も身を起こした。


「ごめん、待てなかった。大地なんか変だったし。だからやっぱり追ってきた。そしたら大地が危なくて。危ないのは嫌だから、助けなきゃって思って。だから大熊先生も呼んだから」


 マキは着崩れた浴衣を気にも()めず、泣きそうな顔で言ってきた。言いたいことがまとまらないのか、支離滅裂気味だ。しかしどうしても伝えたいのだとばかりに、必死に言葉を連ねてくる。


「血がたくさん出たら、死んじゃうんでしょ? だから私っ」

「死ぬ?」


 マキの言葉を遮ったのは、(ぼう)(ぜん)とした母の声だった。

 まるで未知の単語を聞いたとばかりに、瞳を揺らして「死ぬ……死ぬ?」と口に出している。


「私……私は」


 立ち上がった大地たちが距離を取るのも気づかない様子で、


「私、なんてことをっ!」


 母は(がく)(ぜん)と、自身の手にあるナイフを見下ろした。

 そしてなにを思ったのか、再びナイフを振り上げる。


(逃げないと!)


 大地は焦りマキの手を取った。どんなことがあっても、マキを傷つけるわけにはいかない。それはマキが大切なソラの命を継いでいるからでもあるし、彼女自身が大切な家族でもあるからだ。

 大地は体を反転させようとしたが、視界の端に捉えた景色に引っかかるものを覚え、踏みとどまる。

 どうやらナイフは、こちらへ向けられたものではなかったようだ。

 母はナイフを両手で握り、自分の腹に思い切り突き刺した。


「母さん!?」


 思わぬ光景に力が抜け、マキから手が離れる。

 母は地面に膝をつき、ナイフを刺したまま横向きに倒れた。


「なにやってんだよ!?」


 (ろう)(ばい)し、母の元へと駆け寄る大地。そして言葉を失う。

 母は腹を押さえながら、子どものようにすすり泣いていた。


「私は、いつもこう。なにかあるたび子どものせいにして……本当は分かってるのに。私の人生が駄目なのは、私が自分で諦めたからだって」


 涙を流しながら(しょう)(ぜん)とこぼす母に、大地はかける言葉をもっていなかった。介抱するためにかがみ込むことすらできなかった。昔のように、ただ母の言葉を待つ。


「あんたを捨てるんじゃなかった。あんたと一緒に、()いつくばってでも生きればよかった。私は母親なのに、あんたを諦めてしまった。ソラを諦めてしまった。自分を諦めてしまった」


 母が大地に向かって手を伸ばす。血にまみれて分かりづらかったが、手首にたくさんの切り傷が見えた。


「愛してた。本当は愛してたの。ごめんね、駄目なお母さんでごめんね」


 伸ばされた手は小刻みに震えると、やがて力なく地面に落ちた。


「なんだよ……今更なんだよ!?」


 立ち尽くしていた大地は、ようやく声を上げた。ふつふつと怒りのようなものが込み上げてくる。ただし先ほどとは違う種類の怒りだ。


「あんたはそうやって、いつだって自分勝手で……なんでそんなこと言うんだ!? 最後まできちんと恨ませろよ! 中途半端な愛情注ぐな!」


 握った拳で自分の(ふと)(もも)を殴りつける。やっと言葉が返せたのに、届いているのかすら分からない。


「あんたは最後まで最悪な母親で、俺に恨まれて死ぬんだ! じゃなきゃ俺は……俺は割に合わないじゃないか!」

「大地……その人、死んじゃうの?」

「死なない!」


 おずおずと背後から届く声に、大地は全力の否定を返した。首に下げている簡易ブザーをむしり取って、ボタンを押す。


「死なせるもんか! そんなんで死んだら許さないからな!」


 大熊先生が来るまでの数分間、がなれば死は遠のくとでもいうように、大地はずっとわめき続けていた。


◇ ◇ ◇

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