6.夏の夜の鼓動⑤ 食べたかったから。
「そこで食べよう」
大地が、屋台裏にある空き地を目で指した。移動を始める彼にマキも続く。
空き地はきちんと草むしりがしてあるのか、雑草はあまり生えていなかった。歩くたびに土が舞い上がり、足の指にざらざらとした感触をもたらしてくる。
マキたち以外にも同じことを考えていた者はいたようで、空き地の隅にはすでに何人も人がいた。
そこから少し距離を置いて、大地が地面に座り込む。マキの方は迷った末に、浴衣を手で整えながらしゃがみ込んだ。なかなかきつい体勢だが、浴衣を汚すと後々怒られるかもしれないと思ったのだ。
「なんで綿菓子買ったの?」
隣であぐらをかいている大地に、先ほど聞きそびれたことを聞く。
大地は左手に持った綿菓子をくるくると振りながら、
「食べたかったから。ついでにマキも味見できるだろ」
と端的に答えた。
「……ありがと」
うれしい反面、食い意地が張っているかのようで恥ずかしく、マキは地面に視線を落とした。次いで右手のリンゴ飴を見る。
「これ、どうやって食べるの?」
「さあ。俺もちゃんとした食べ方知ってるわけじゃないけど、丸かじりでいいんじゃないか?」
ひどくざっくりとした答えだと思ったが、そもそも食べ方にそんな選択肢があるわけでもない。マキは大地の言葉に従って、えいとリンゴ飴にかぶりついた。
表面の飴がぱきっと砕け、口の中で大小の破片となった。破片の先で口内を傷つけないよう注意しながら、そのままリンゴの部分へと歯を食い込ませる。思ったよりも小さな欠片しかかじり取れなかったが、ともあれ落とすこともなく、飴もリンゴも口内へと収めることができた。甘い飴にリンゴの酸味が交わり……
「どうだ?」
「……おいしい」
短く答え、マキは次の一口へと移った。それが終わればまた一口。ぱきぱきしょりしょりと食べ進め、いったん口が空いたところで、大地へと尋ねる。
「私、ちゃんと祭りできてる?」
「たぶん」
聞き方が変だったのか、大地が眉根を寄せつつ笑う。
マキは再びリンゴ飴の征服にかかった。口が食べることに集中するため目は暇を持て余し、自然周囲の人々へと関心がいく。浴衣を着ている人が大半であったが、中には普通の服装の人もいた。
よくよく見れば香織くらいの年の子にも、浴衣姿が見受けられた。浴衣の年齢制限は、どうやら喜楽園独自のものらしい。
なら意地悪せずに真理子にも着せてあげればいいのにと思ったのだが、自分の足――変に力が入り度々つりそうになる指や、固定紐でようやっと足裏にくっついている土まみれの草履――を見て思い直す。なるほどこれは制限を設けるべきだ。
リンゴ飴を3分の2ほど腹に収めたところで、大地が綿菓子を差し出してきた。
「こっちも食べるか?」
「あ、うん」
リンゴ飴と交換に綿菓子を受け取る。大地がちょいちょいつまんで食べてはいたが、購入直後に見た時から、大して量は減っていない。
マキは薄青い、綿にしか見えないそれを、そっと手でつまんだ。
「わ、ふわふわ」
なんの抵抗もなくちぎれた綿菓子を、ドキドキしながら口へと運ぶ。
口の中へ入れた瞬間、じゅわっと一気に綿菓子が溶けた。あまりに一瞬のことだったので、嚙んだりなめたりする間もなかった。ただ溶けた後、口の中いっぱいに、じわっと甘みが広がった。粘膜から染み入る甘さに口がすぼむ。
どんなふうに綿菓子は消えたのか。一瞬の答えを求めて、マキは夢中で綿菓子をちぎっては口に入れた。
「大地、これおいしいねえ」
「そうか、よかった。好きなだけ食べろよ」
大地はほっとしたように言うと、リンゴ飴を持ったまま伸びをした。
「食べ終わったら、道に沿って残りの屋台を見て回ろう。あまりに時間が余るようだったら、俺だけ先に花火の場所取りしてもい――」
突然途切れた言葉を不思議に思い、マキが大地を見る前に。
バッと大地が立ち上がり、彼の足元にリンゴ飴が落ちた。
「大地、どうしたの?」
見上げると大地は愕然とした表情で、通りの方を凝視していた。リンゴ飴を落としたことにすら、気づいていないようだ。
「大地?」
「マキ、ここで待ってろ」
言うなり大地は、通りへ向かって飛び出していった。
「え? ちょっと大地っ!」
マキは動転しながらも、大地を追おうと立ち上がり。
バキッ。
「あっ……」
足をどけるとそこには、踏みつけられ、無残に割れたリンゴ飴。
「もうっ」
自分でやってしまったことだが、思わずいら立ちの声が出る。
しかし今はもっと気になることがあった。
待ってろと言い残して、去っていった大地。
(どうしちゃったんだろ)
追うべきか、追わざるべきか。
(……そんなの決まってるじゃん)
マキは足を踏み出した。
◇ ◇ ◇




