5.鳥籠の幸せ② 空に咲く花
◇ ◇ ◇
「夏祭り?」
「そ」
ピンと干されたタオルを満足げに眺めながら、優菜がうなずく。
今日は快晴。絶好の洗濯日和だ。
喜楽園には広い広い庭がある。そこで洗濯籠を挟んで優菜とふたり、一生懸命役割をこなす。こんな日は気分もつられて少し上向きになり、作業のテンポも上がりやすい。
といってもマキは元々の手際が悪いので、それでようやく人並みといったところだ。加えて優菜の方も、手際がいいとはお世辞にも言えない。1枚干すたびに手を止めて、自分の几帳面な干し方に浸る癖がある。
結果マキと優菜が洗濯当番の日は、作業効率が悪いのが常だった。
優菜が洗濯籠からシャツを取り出し、丁寧にハンガーへと掛ける。
「毎年夏になると、近くの町でやってるんだ。花火も上がってるんだけど――打ち上がる音とか、聞いたことない?」
「ハナビ?」
マキは目を瞬いた。音がどうとか以前に、それがなんなのか、全くもって聞いたことがない。
「花火知らないのっ?」
優菜が信じられないというふうに目を見開く。
彼女は物干し竿にハンガーを掛けると、
「花火っていうのは――あ、いろいろ種類があって、今から話すのは打ち上げ花火っていう物なんだけどね」
と前置きしてから説明を始めた。
「火薬とかを使って、空に大きな光の花を描くの。すごくきれいで、打ち上がる時はドーン! ドーン! って、太鼓をたたくような、大きな音を立てるんだよ」
「空に花?」
竿に掛けられたハンガーの間隔を調整しつつ、マキは想像を巡らせた。しかしいまいちピンとこない。
「それも誰かの幸せの花なの?」
取りあえず思いついたことを聞くと、
「幸せ?」
優菜がきょとんと見返してきた。
「うーん、そうだな……まあ言ってしまえば、みんな、かな……うん、みんな。誰もが幸せになれる、みんなの花」
自分の中で腑に落ちる答えを見つけたのか、優菜がうんうんと何度もうなずきながら告げてくる。
マキは空を仰いだ。真っ青な空に想像上の光の花を重ね合わせて、つぶやく。
「空に咲く花かあ……見てみたいな」
「じゃあ行こうよっ」
優菜がパンと手のひらを合わせ、興奮気味に言ってきた。
「大地も連れて3人でさ。ここの恒例行事でもあるんだよね。毎年いくつかのグループに分かれて、祭りを見て回ってるんだ」
「そうなんだ。なんか楽しそうだね」
「絶対楽しいよっ。そだ、祭りが近づくと、職人さんが新しい花火の試験打ち上げをすることもあるんだ。たぶん喜楽園からなら聞こえるから、気にしとくといいよ」
「うん、ありがとう」
「じゃあ約束ねっ」
きゅるんとした動作で、優菜が小指を立ててくる。
「?」
意味が分からず視線で問うと、優菜はさらに小指を突き出し、マキの手元に視線を注いだ。まるで催促するように。
「こ、こう?」
見真似で立てた小指に、優菜が自身のそれを絡めてきた。そして歌うように、抑揚をつけて唱え始める。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーますっ♪ 指切ったっ」
「えっ?」
唱え終わると同時、優菜が指を離す。気のせいか殺伐とした単語を聞いた気がして、マキは自分の小指をまじまじと見つめた。
「嘘ついたら、針のまされるの?」
「そ。しかも千本。あと拳で1万回殴られるよ」
さらりという優菜に、マキは思い切り目をむいた。
「そ、外の世界の約束って、そんなに厳しいんだ」
「そうなんだよねえ」
とまで言ったところで、優菜が耐えかねたように吹き出した。
「冗談だよ冗談っ。ただの形式的な歌詞。でもそれくらい、この約束を大事にしてねってこと」
「そうなんだ」
内心ほっとする。それを見透かしたように優菜が笑った。
「これは指切りっていうの。約束の証しだよ」
「うん、約束」
外出の約束をするなんて初めてだ。
なんだか高尚なことをした気になりながら、洗濯物干しの作業へと戻る。
(ハナビかあ。どんなだろ。後で図書室行って調べてみよ)
洗濯物を干す間も、マキは空に咲く花についてずっと考えていた。
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