5.鳥籠の幸せ① 『世界』を壊してしまうことが怖かった。
◇ ◇ ◇
声が届く。幾重にも重なって。
――裏切り者。
――楽園で会おうって約束したのに。
――裏切り者、裏切り者、裏切り者!
「違うよ……私、違うよ」
歪曲した天井を見上げながら、マキは涙を拭った。
「うーん……」
寝言ともうめきともつかぬ声が耳に届き、隣のベッドへと目をやる。ルームメイトの優菜が、もそもそと寝返りを打っていた。
窓から差し込む日の光が、もう朝だと告げている。しかし目覚まし時計が鳴っていないということは、起床にはまだ早いということだ。
マキは寝直そうと目を閉じたが、やけに頭が冴えて眠れない。
仕方なく半身を起こして、なすがままに思いをはせる。
(みんなどうしてるかな)
喜楽園に来てから、数ヶ月が過ぎようとしていた。
知らなきゃいけないことが多過ぎて、はじめは心が張り詰めていて、全てに対していっぱいいっぱいだった。
だけど喜楽園のみんなは、そんなマキを辛抱強く迎え入れてくれた。今は少しだけ、考える余裕ができてきている。
(ジュンペイもミーコも、きっともう行っちゃった)
本当はジュンペイたちが旅立つ前に、一目会いたかった。ひとり、またひとりと旅人を送るセンセイを、たぶん止めるべきだった。だけどマキが行くことでミーコたちの『世界』を壊してしまうことが怖かった。
だからマキは、せめて彼らが安らかに旅立てることを祈って、宿舎に近寄らないことを決めたのだ。真実を受け入れる強さも、虚構に逃げ込む思い切りももてない自分には、そうするしか術がなかった。
(みんな旅立ってる。私は旅立つはずだったのに、ここにいる)
そっと胸に手を当てる。伝わるのは、どくんどくんと音を立てる、心臓の鼓動。この感覚にいまだ慣れない自分がいる。
もっと身近に感じようと鼓動に集中するうち、無意識に耳もそばだてていた。窓の外のどこか遠くから『……ジー、ジジジジー』と、油を揚げているような音が聞こえてくる。
(あ、セミ)
ここに来てから初めての夏がやって来た。
◇ ◇ ◇




