3.ツノ付き童と魔女屋敷⑩ 知らなければ不幸じゃない。
扉は跳ね上げ式のようで結構重く、押し開けるのに力を要した。
ぎぎぎっときしむ音とともに、扉が開く。そこからのぞいたのは、地下へと続く階段。
(地下室?)
大地は期待を込めて、階段奥をのぞき込んだ。
もちろん地下室も、ただの物置になっている可能性が高い。だけど、『大事なものを隠すなら地下室』。そういう可能性だってあるはずだ。
左に懐中電灯、右に棍棒。両手それぞれに力を込め、大地は地下室への階段に足を踏み入れた。
頭を縁にぶつけないよう注意しながら、階段を足早に下りていく。階段は思ったほど長くなく、下りきった先には扉があった。
扉を通して、くぐもった男の声が聞こえてくる。ソラ、という言葉も聞いた気がした。
(ここ……か!?)
心臓が、胸を突き破りそうなほどに鼓動を激しくする。
前へ前へと飛び出ようとする心臓に引っ張られるようにして、大地は地下室の扉を開いた。
そこは異質な空間だった。
病室のようにも見えるけど、不気味な実験室にも見える。
中央のベッドには小さな赤ん坊が寝かされており、むずかるように顔をしかめている。つまむだけで折れてしまいそうな華奢な腕が、管につながれていた。
その管はベッド横のスタンドに取りつけられた点滴パックへと伸びており、点滴パックは今まさに、袋越しに注射針が刺されようとしていた。
屋敷の男の手によって。
「君は……」
驚いた顔で動きを止めている男の手元を見て、
「なにしてるんだ!?」
大地は勢い込んで、室内へと足を踏み入れた。
男は始め戸惑った表情を浮かべていたものの、すぐに平静を取り戻し、さらりと事実を突きつけてきた。
「ソラの命はもう長くない。その命の火は、明日にだって消えてしまうかもしれない」
「え?」
ほうけた声が出る。
大熊先生と男との会話から、ソラはなんらかの病気なのかとは思っていた。だけどそんなに差し迫った命だとは、大地は思っていなかった。
「痛みを感じるのはかわいそうだ。苦しむのは不幸だ。だから早めに終わらせてあげるんだよ。心地良い眠りの中で」
「こ……殺すってことか?」
歌うように言葉をつづる男にぞっとしたものを感じ、大地は一歩後ずさった。
過去に出会った女の子が言っていた、不思議な言葉を思い出す。
「あんたはそうやって、いろんな人間を殺してきたのか? 楽園なんて嘘っぱちを掲げて……」
「嘘じゃない」
男が短くもはっきりと否定する。その声は冷たくはないが、大地の意見を断固として認めない意志をもっていた。
「信じていれば嘘じゃない。知らなければ不幸じゃない」
呪文のごとく唱えながら、男は注射針を点滴パックに刺し入れた。
「やめろ!」
叫び、大地は再び走りだす。
男は薄い笑みをたたえて、注射針の先端に指を掛ける。
「やめろって言ってんだろ!」
気づいたら大地は、棍棒で男を殴り倒していた。
「あ……」
ゆっくりと倒れていく男を見て、かすれた声を上げる。
違う。そうじゃない。殴る気なんてなかった。
がたがた震えながら男を見下ろす。
男はこめかみの辺りから血を流し、倒れたまま動かない。
大地はおびえたまなざしで、男から自身の手にある棍棒へと視線を移した。申し訳程度に凹凸のある棍棒には、赤いなにかが付着していた。
(俺、なんてことを)
これではあの男と同じだ。母と自分を捨てた男と。




