3.ツノ付き童と魔女屋敷⑧ 魔女の屋敷に侵入だ。
屋敷の門扉へたどり着くと、健太郎と透は「ひえー」と建物を見上げた。初めて間近で見て、その迫力に圧倒されているのだろう。
大地は当然のこと、その姿を一度見ている。が、闇に浮かび上がる様を見るのは初めてだ。
高い塀を挟んでいるので、見えているのはそこから突き出た部分だけ。それでも、外部の者を断固拒否するような堅牢な塀に、とがった屋根のシルエット。それらが闇にどんと構えているだけで、勝手に怖じ気づいてしまう自分がいた。
「健太郎、透。こっちだ」
大地は壁に沿って歩きながら、振り返って手招きした。
ふたりがついて来ているのを確認すると、置いていかないよう注意しながら、足早に歩を進める。
向かっているのは、かつて侵入に使った場所だ。
もちろん以前のように、都合よく倒木が橋を作ってくれているとは思ってはいない。
ただ、どうせどこから入っても同じなら、一度使ったルートで行くのが安心だし、なんとなくうまくいきそうな気がしたのだ。
(確かこの辺りだったよな)
見当をつけて歩いていると、塀の近くにある木々の間に、切り株がひとつ混じっていることに大地は気づいた。
駆け寄ってみる。月明かりではよく分からないが、その切り口は腐っているように見えた。だいぶ前に切り倒されたのだろう。
「たぶんここだ」
独り言というより後方のふたりに向けて漏らし、大地は塀のそばへと舞い戻った。
「ここから入ろう」
「いよいよ侵入か」
健太郎が興奮を隠しきれない声を出し、透と一緒になって脚立を開き始めた。開けば梯子になるこの脚立は、最高で8メートルの長さとなる。
そろりそろりと、梯子にした脚立を塀に立てかけるふたり。少し高さが足りないが、上った状態で手を伸ばせば、塀の縁に手が届くだろう。
ふたりが作業している間に、大地はリュックサックからロープを取り出し、近くの大木に巻きつけていた。上方に引っ張られても、枝の根元で引っかかるようしっかりと固定する。
「準備はいいか?」
「ああ」
健太郎の言葉に、大地と透はうなずいた。
梯子に足を掛ける健太郎に、先ほど結びつけたロープの先端を渡す。それを受け取り、健太郎は梯子を登り始めた。
アルミ製の梯子が、きちっ、きちっと音を立てる。健太郎は始めおっかなびっくり上っていたが、大地と透がしっかり梯子を押さえていることに安心したのか、途中からペースを速めた。
やがて上りきった健太郎が、塀の縁へと手を掛け、よいしょと体を持ち上げる。大地たちはごくりと唾をのんで見守った。そして――
塀にまたがった健太郎が、ロープを片手にVサインらしきポーズをきめてくる。大地と透は親指を立てて返した。
が、あまり悠長にしてもいられない。
健太郎は塀の内側にロープを垂らし、向こう側へと下り始めた。彼の体が次第に見えなくなっていき、ついには全く見えなくなった。
次は透の番だ。あらかじめの手順通り、大地が押さえた梯子を透が上っていく。
やがて透が上りきると、大地は恐る恐る梯子に足を掛けた。ふたりが上った時と違って、大地には梯子を押さえてくれる人がいない。重心を塀側へと寄せながら、慎重に慎重に、足を上へと運んでいく。
最後の段を踏み、塀の上へとよじ登ると、内側の広場がよく見えた。
時間帯が違うことを除けば、そこは以前入った時と全く同じように見えた。広場や庭など大抵はそんなものなのだろうが、まるで時が止まっているような、同じ事をただ繰り返しているだけのような、不気味な場所。そんな錯覚を抱いてしまうような雰囲気だった。
大地は深呼吸し、意を決した。上ってしまえば、あとは下りるだけだ。
ロープをピンと引っ張って、きちんと固定されているのを確認後、これまた慎重に下りていく。これは健太郎に、過去何度も忍者ごっこに付き合わされたのが役に立った。以前侵入した時よりも危なげなく体が動く。
足の動きに合わせて、タイミングよく手を離すのがコツだ。調子に乗ると大抵は、摩擦で手のひらを痛めることになる。
(慎重に、慎重に)
心の中でリズムを作り、着実に下りていく。そして、
「――よし」
すとんと地面に降り立つ。後ろを向けばすでに下りきっていたふたりが、待ち構えるようにして立っていた。
大地はこの暗闇でも伝わるよう、大きな動作で屋敷の方を指さした。
いよいよ魔女の屋敷に侵入だ。
◇ ◇ ◇




