3.ツノ付き童と魔女屋敷⑦ 忍者だ忍者。
話の内容はたわいないものだった。『クマ先生はああ見えて凄腕の医者だった』とか『香織は武が好きらしい』とか『優菜って意外とかわいいよな(健太郎談)』とか。健太郎はすぐに「いや、一般的にだけどな」とごまかしていたが、彼が優菜を好きなのは、優菜以外にはバレバレだった。
そんな話をしているうち、なんの流れか将来の夢へと話が移った。そんなものないのが普通だろうと大地が思っていたら、意外にも透が「医者になりたい」ときっぱり言い切った。
「俺、クマ先生が憧れなんだ。大都市とかじゃなくて、田舎の片隅で、ひっそりとみんなを助けてる。そして俺たちも育ててくれてる。クマ先生はヒーローさっ」
この暗さでは確認できないが、きっと目をきらきらさせて語っているのだろうと思わせるほどに、透の言葉は弾んでいた。
「だからまずは高校受験をめざしてる」
「ああ、だから最近勉強張り切ってんのか」
健太郎が合点がいったように相槌を打つ。
(すごいな。透はちゃんと考えてるのか)
「健太郎はあるのか? 夢」
普段呑気な透に置いていかれた気がして、大地は怠惰な仲間を求めて健太郎へと話を振った。しかし健太郎が「ああ」とうなずいたことで、大地の方が孤立してしまった。
「っていっても、透ほどたいした夢じゃないけどな」
脚立を片手に、器用に後頭部へと手をやる健太郎。
「俺、そろそろ働こうかと思ってんだ。町で仕事を探して。大熊先生と一緒に、喜楽園を支えたい」
「そうなのか」
大地は感心すると同時に、自分が恥ずかしくなった。透も健太郎も、もしかしたら優菜だって、自身の将来についてきちんと考えている。
(俺はただいたずらに日々を過ごしているだけだ)
今までたくさんつらい目に遭った。喜楽園に来たことで救われた。
だけどそれだけでいいのだろうか。自分を苦しめたものを基準に居場所を求めていいのだろうか。
(俺の人生は俺のものなのに……もっとなにかあるはずなのに)
逃げたっていい。でも自分を嗤う者に振り回されて、一度きりの人生を使い切るなんて、そんなのもったいないのではないだろうか。
奥歯をぎゅっと嚙みしめる。
(俺も考えよう。人を嗤うような最低なやつらに振り回されて生きるなんて嫌だ。夢とか、ちょっとした目標でも構わない。俺の人生を決めるのは俺だ)
家族の夢に触発されて、大地は自分なりに決意した。
「大地は? なにかあるのか?」
「俺?」
決意したからといってすぐになにか決まるわけではない。健太郎に聞かれても、大地は返す答えを持っていなかった。
「俺は……」
見つかりもしない答えを探すように、大地は周囲を見回した。すると道を外れた茂みの奥に、見覚えのある物が目に留まった。
「あの車!」
たまらず声を上げる。
茂みに隠れるようにして、その場に居座っている物。それは黒い軽自動車だった。喜楽園に止まっていた車と同じだ。
「きっとあの男の車だっ」
「大地。あれ見ろよ」
ささやく大地に透が告げる。車の向いた先を指さして。
「向こうに道が続いてる。出かける時はきっと、あの道を使ってるんだ」
「屋敷までだいぶ近づいてるみたいだな。もう静かにした方がいい」
健太郎はそう告げると、自由な左手で、ポケットからマスクを取り出した。正体を隠すための帽子はすでにかぶっていたが、息が切れるので、マスクは間際に着けることになっていた。
健太郎に倣い、大地と透もマスクを着ける。
「いいか、ここからは隠密行動だぞ。忍者だ忍者」
今まで一番騒がしかった健太郎が、もったいぶって歩きだす。
そこからの3人は、それこそ忍びのように動けていた――かどうかは分からないが、それなりに静かに行動できていたのではないかと、大地は自分たちを評した。




