3.ツノ付き童と魔女屋敷⑤ だって悪魔の屋敷だろ?
◇ ◇ ◇
「大地の弟が林の屋敷に?」
大地の手からトランプを1枚引き抜きながら、健太郎が目を丸くした。
今は夕食後の娯楽タイム。遊戯室の一角では真理子、武、香織がお絵描きに夢中になっている。別の片隅では大地、健太郎、優菜、透の4人がババ抜きに興じていた。
気ままに絵を描く真理子たちと違って、こちらのババ抜きは、翌日の掃除分担を決める手段でもあった。大地もいつもの調子であれば他の3人と同じく、トイレ掃除を避けるため必死になっているところだ。
しかし今は弟のことが気がかりで、トランプに集中できないどころか、内心の不安をつい話題に出してしまった。
ペアが見つからなかったらしい健太郎は、増えただけの手札を渋い顔で見つめながら、
「大丈夫なのかそれ。だって悪魔の屋敷だろ?」
当然のように聞いてくる。大地は眉をひそめて返した。
「悪魔の屋敷?」
聞き覚えのない表現だった。魔女の屋敷なら自分の認識としてあるが、それも大地の中での勝手な呼び名で、正式名称というわけでもない。
(そういえば、あの男は宿舎とか呼んでたな)
診察室での会話を思い出す。
本人が呼んでいるのだからそれが正しいのだろうが、個人的には宿舎より、悪魔やら魔女やらついた呼び名の方がしっくりきた。
「あれ、大地は知らなかったっけ? クマ先生から聞いてない?」
健太郎の手からトランプを引き抜きながら、優菜。
「林の向こうにある建物は悪魔の屋敷で、悪い子はそこで魂を抜かれちゃうって話」
「魂を?」
「ま、どうせ私たちを近寄らせないための、クマ先生の作り話だろうけど」
そう付け加えて優菜は「やったそろった」と、トランプをワンペア中央に投げ置いた。
「駄目だ」
「え?」
透が、優菜のトランプに伸ばしかけた手を止める。自分に言われたと思ったらしい。
大地ははっきりと言い直した。
「やっぱ駄目だ。ソラが危ない」
不安は大きく成長し、はっきりとした形となって現れた。
魂を抜くという話は、きっと大熊先生の作り話だろう。だけどあの魔女の屋敷の例えとしては、十分な不気味さをもっていて、妙にリアルに感じられた。それほどまでに、あの屋敷は薄気味悪かった。
「俺、一度あそこに行ったことがあるんだ」
「悪魔の屋敷に?」
問う優菜にうなずき返し、続ける。
「その時、そこで出会った女の子が言ってたんだ。私たちは死なないとか、楽園があるとか。魂云々はクマ先生の作り話だろうけど……あの屋敷はなにかおかしい」
「でも大地の話だと、その屋敷の人が、クマ先生と一緒にいたんだろ? なにかひどいことするような人と、クマ先生が仲良くするとも思えないな」
大地に気を取られている優菜に催促するように手を伸ばしながら、透が指摘してくる。
「そうだけど……そうだけど!」
大地は立ち上がった。手からすり抜けたトランプが、バラバラと床に落ちる。
「ソラは俺の弟なんだ。ソラはまだ赤ん坊なのに母さんに捨てられて。だったら俺が守ってやるべきだろ!?」
思っていたよりも大きな声が出た。言い放った直後、遊戯室内が静まりかえるほどに。たぶん真理子たちも手を止めて、驚いた顔でこっちを見ているに違いない。
開け放たれた窓から、虫の音だけが耳に届く。
「じゃあ行こうよ」
沈黙を打ち破ったのは優菜だった。
「ソラを助けに行こう。連れて来ちゃえばこっちのもんだよ。きっとクマ先生がここで育ててくれる」
大胆過ぎる提案に大地はあきれ返った。
へたりと床に座り込みながら、屋敷を追い出された時の記憶を呼び起こす。
ツノを生やした大地に目を留めた男は、確かに一瞬、憐憫のまなざしを大地に送った。
しかしすぐに感情の色を引っ込め、
「たぶん君もつらいのだろう。でもここは、君の来るべき場所じゃない」
と大地を拒否した。男は穏やかな雰囲気を漂わせつつも、有無を言わさぬ不思議な迫力をもっていた。言い負かせるとは到底思えない。
「そんなの……どんなに頼んだって、あいつがソラを渡してくれるわけないだろ。どうやって連れてくるんだよ」
口をとがらせる大地に、優菜はぱっちりとした目を向けた。
「別に頼まなくてもいいんじゃない?」
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