2.崩れる世界・拡がる世界⑥ 旅立ちの部屋
◇ ◇ ◇
ごろごろと空を鳴らす音が、気になって眠れない。
怖いわけではない。春の嵐は何度も経験している。
ただこの雷の音が、一度は忘れてしまっていたあの出来事を、強く思い出させるのだ。
ベッドの中で何度も寝返りを打ち、マキは暗い天井を見つめた。
(ソラが来て、これで12人か……)
リサがいなくなって、リュウジが旅立って。11人まで減ったところで、またひとりやって来て。
待ち人の家はそうやって続いてきた。きっとこれからもそうして続いていく。
(私は……私は……)
寝つけなくとも、少しずつ睡魔は忍び寄っていたらしい。次第に思考がぼんやりとし始め――
扉をたたき開けるような音や、何重もの荒々しい足音が聞こえ、一気に意識を引き戻される。
「え? な、なにっ?」
マキはがばと身を起こした。
こんな騒がしい音、ミーコたち年少組だって立てたりはしない。
では一体なんなのか。
具体的な答えというより得体の知れない怖さに急き立てられて、マキは部屋を飛び出した。
なぜか扉の外に、マキと同年代くらいの子どもがいた。
「ひゃっ!?」
声を上げる。理由は、単に突然で驚いたのと、もうひとつ。
帽子とマスクでほとんどが隠れているが、これだけは分かる。全く知らない子だった。
たぶん男であろう子どもの方も、いきなり扉が開いたのでびっくりしたのだろう。棒のような物を握ったまま、硬直している。
「あ……あなた誰!?」
勇気を出して叫ぶと、少年は呪縛が解けたように、マキを突き飛ばした。
背中から壁にぶつかり、一瞬息が詰まる。
謎の少年はマキには構わず、マキの部屋へと押し入った。
「な、なんなのよ!」
罵声を上げて逡巡する。突然見ず知らずの人間が襲撃――ということになるのだろうか――をしてくるなんてこと、当然だけど今までなかった。部屋に入った少年に対処すべきか、他の部屋を見に行くべきか。先ほど聞こえてきた足音は、複数人分だった気がした。
「うわああんっ」
ミーコの泣き声が聞こえ、マキは優先順位を確定した。
「ミーコ!?」
慌ててミーコの部屋へと足を運ぶ。ミーコの部屋は、通路を挟んでマキの向かいだ。
ミーコの部屋の扉は開いていた。
室内に入ると、またひとり見知らぬ少年がいた。やはり帽子とマスクを着けている。そしてその子のそばで、ミーコが泣いている。
「ミーコ!」
マキが駆け寄るのとすれ違うように、少年は部屋を出ていった。
が、今はとにかくミーコだ。
「大丈夫っ?」
しゃがみ込んで聞くと、ミーコはぐずりながらもうなずいた。
「マキィ、なにが起きてるのぉ?」
答えてあげたかったが、残念なことにマキにも分からなかった。
「とにかくみんなの無事を」
確認しよう、と言おうとしたところで、不穏な叫びが耳に届く。
「やめろ! やめろって言ってんだろ!」
くぐもっていて聞き取りづらい。マキは耳をそばだてた。
「……とうとを返せ! 返さないなら俺がお前を殺してやるっ!」
聞こえてきたのは、殺伐とした言葉。誰かが誰かを脅している。
マキはミーコの目をじっと見据え、有無を言わさず言い放った。
「ミーコ、ベッドの下に隠れてて。いい? 絶対に出ちゃ駄目だよ?」
「う、うん……」
返事も待たずにマキは駆けだしていた。
声を追って走るうち、発生源が分かってくる。
恐らくは地下室――旅人の部屋。地下室の入り口は突き当たりの部屋にある。
(行かなきゃ……誰かが、襲われてる!)
襲われたところで死にはしない。人は死なない。
以前ならそう自分を安心させられた。
だけど今は、襲われたら駄目なのだと、心のどこかが急き立ててくる。
近づくほどに大きくなる、争うような音、叫び。
早く動かない足にもどかしさを感じながら、マキは地下室の入り口がある部屋へと入った。
部屋中央の床にあるのが、地下室へと続く扉だった。いつもは閉じられているのに、今は開けっぱなしだ。
マキは地下室へ続く階段に足を乗せ――あることに気づき、硬直する。
旅立ちの部屋に入れるのは、旅立ちを直前に控えた家族か、センセイだけ。
自分はまだ旅人ではない。
(今はそんなこと……構ってられないでしょ!)
決心するのに思った以上の意思が必要だった。マキはあらがうように、あえて荒々しく階段を駆け降りた。
階段に明かりはなかったが、先の地下室から漏れいでていると思われる光が、おぼろげに照らしてくれていた。そのおかげで、なんとか足を踏み外さずにすんだ。
叫び声や音は、とっくに収束している。それが意味するのは、いい結果か悪い結果か。
「センセイ!?」
マキは叫びながら、旅人の部屋へと飛び込んだ。
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