2.崩れる世界・拡がる世界④ 信じられれば怖くない。
◇ ◇ ◇
目を開けると、見慣れた天井が目に入った。この天井があるということは、今マキがいる場所は自分の部屋だ。
ふかふかのお布団の中でロンリテキに結論づけて、マキは自分の顔をのぞき込むセンセイを見返した。
「気分はどうだい?」
いつもの優しい微笑み――かと思いきや、その顔は無理して笑みの形を作っているように見えた。
「センセイ大丈夫? 苦しそう」
聞くと、センセイは「まいったな」とつぶやいた。
「マキはよく見てるね。どうも、私も風邪をひいてしまったみたいだ。そのせいで朝起きられず、様子を見に来るのが遅れてしまった。すまないね」
「私のせい?」
「いいや、私自身のせいだよ」
顔を陰らせながらも笑みを絶やさないセンセイに、嘘などつけない。
マキは言うべきか迷っていたことを、きちんと話すことにした。ただしできるだけ布団を引き上げて、顔を隠すようにしてではあるけれど。
「私、外から来た男の子に会ったよ。ツノが生えてた」
「それは夢の話かい?」
「ううん。さっきまで一緒だった子だよ。広場で――あれ?」
記憶に残っている場面がぶつ切りであることに気づき、マキは目をぱちくりさせた。
「私どうしたんだっけ」
布団をめくってむくりと起き上がり、部屋を見渡す。リサはもう起きているのか、どこにも姿はなかった。
「センセイがここに運んでくれたの? 男の子は? 倒れた木は? 私、外の世界に触れちゃったんだけど大丈夫かなっ?」
思いつく限りの疑問をセンセイにぶつける。
センセイはそんなマキをじっと見ると、目を山形に細め、とても温かい笑みを浮かべた。
「どうやら夢を見ていたようだね」
「夢?」
「君は昨日の夜からずっと、ここに寝ていたよ。私は今来たところだ。マキの、今朝の体調が気になってね」
いたわるように、マキの肩に手を置くセンセイ。
マキはその手を見ながら、小さく言った。おびえるように。
「男の子がね、言ってたの。楽園は嘘っぱちだって」
「怖い夢だね。でも大丈夫、楽園はちゃんとあるから」
(あ、これだ)
これが聞きたかった。不安を全て吹き飛ばしてくれる、センセイの言葉。
信じられれば怖くない。
センセイが布団の端を持ち、マキを寝かせようと促してくる。
「さあ、悪い夢のことなんて忘れて。まだ熱があるから、もう少しだけ寝ていなさい。しばらくしたら、また様子を見に来るから」
「うん」
安心して目を閉じる。
(そっか、悪い夢だったんだ。よかった)
それはマキが、8歳になる少し前の出来事だった。
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