【分割版】イバヤク(略)/前半部分
番外編 台本四本目/【分割版】前半部分です。
前半部分のみ上演時間/約40分程
※お時間ありましたら後半部分も合わせて、楽しんでもらえれば幸いです。
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【演者サマ 各位】
・台本内に出てくる表記について
キャラ名の手前に M や N がでてきます。
Mはマインド。心の声セリフです。 《 》←このカッコで囲われたセリフも心の声ですので、見逃さないで演じてください。
Nはナレーション。キャラになりきったままで、語りをどうぞ。
・ルビについて
キャラ名、読みづらい漢字、台本での特殊な読み方などは初出した場面から間隔をもって振り直しをしています。
場合によっては、振り直していないこともあります。
(キャラ名の読み方は、覚えしまうのが早いかと。)
それでは、はじまります。
ようこそ、三津学の番外編 台本の世界へ
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☆本編
懍珪N「三津ヶ谷学園。
ここは、特殊な学び舎。
国から認められた若き戦士を生み出す為に、本土から離れた孤島にあり、本土で生活する者からは『鳥籠』と揶揄される。
しかも、この離島には特務師団も兼ねている。所謂、軍人の為の島なのだ」
薬藤N「揶揄される理由は、島の大部分が高さ二十米を超す塀に囲われてて、その見た目の異様さや本土に学園内部の情報が伝わらず、機密的なことから『鳥籠』と呼ばれていた」
懍珪N「さて、そんな三津ヶ谷は学び舎。
どんなに特殊な生活だとしても、学園なので在校生がいれば教官も必要となる。
……今回は、そんな単なる一教官に焦点を当てて、お話するの」
(間)
〜劇中 タイトルコール〜
墓守「自己解釈 学生戦争 三津ヶ谷学園物語。」
薬藤「番外編 台本『イバショとヤクソクゴト。』
……まもれない約束はするもんじゃねーよ」
(間)
▼二〇八〇年の四月 中頃。
真新しい制服や服装に身を包んだ第二十期生が晴れやかな表情で、学園生活へと試みる時季。
共同使用棟の四階にある食堂に、いろんな学徒や教官から声をかけられている軍人が居た。
その軍人は、声をかけられれば優しげな笑みで受け答えをしている。
在校生「あ、墓守先生だ」
新入生「せんぱい。ハカモリって誰のことです?」
在校生「ほら、あそこの窓際のテーブル席できつねうどん、食べてる軍服の人だよ」
新入生「へー、あの人がハカモリ先生?でも、あの軍服だと教官というより専門職の人ですよね」
在校生「うん、その通り。墓守先生は、教官としての立場と島の専門職としての立場もある凄い人なんだよ」
新入生「ほぇー、そうなんですか。あの人が立場あるのは分かりました。でも、なんでハカモリ?本名じゃないですよね」
在校生「うん、墓守先生のハカモリは通り名だな。本名は……なんて言ったかな?」
新入生「ちょっとー、せんぱい!しっかり〜!」
在校生「悪かったな!僕だって、聞きかじった話ばかりなんだよっ!」
▼やいの、やいの。
聞きかじっただけの知識を新入生相手に与える在校生。これに嘘が混じっていると噂になり、尾ひれ背びれがつく。
さて、きつねうどんをすすり食べている軍人へ次に声をかけたのは佐官の肩章を着けている軍人だった。
小埜路「よう、今日も貴官はきつねうどんか?」
墓守「おやおや。これは、意外なお方だ。面と向かって話すのは久しぶりではありませんか」
小埜路「そうだな。……相席、失礼する。(向かい側に座る)久しぶりだろうな。何せ、赤と黒の間で起こった一月の騒動の後始末以来だからな」
墓守「では、凡そ三月ぶりですね。それと、ワタシがうどんをすするのは悪いことですかぁ?」
小埜路「悪いとは言っていない。ただ、栄養が偏ると心配しているのだ。貴官は、私が見かける時に限ってそれを食べているからな」
墓守「そうですかねぇ?意識していませんでした」
小埜路「意識されても困るがな」
墓守「フフッ、それもそうですね。……それで。何か、ご用件でも?アナタがワタシの前に座るときは何か用件がある時ですよね。ねぇ?小埜路補佐官」
▼相席を願って、墓守の向かい側に座った軍人は、学園の最高責任者である総司令長の補佐官である小埜路禅治だった。
小埜路は、昼飯のネギ特盛みそラーメン(麺増し)を一口だけ食べたあとに目を瞬いた。
小埜路「確かに、私が貴官の前に座るときは用件がある場合も多いが…。用件がなくては、相席はダメだったか?」
墓守「いえいえ、まったく悪くないですよ。……では、本当に用件はないので?」
小埜路「ああ。ただ挨拶がてらに共に食事でも、と思っただけだったのだ」
墓守「は~、そうですか。そうですか。アナタが用件なしに……くっ…、ふふふっ……あはははっ…」
小埜路「おい。どこに笑う要素があった」
墓守「いえ、ふふっ…すみません…。何だか、面白く感じてしまいまして」
小埜路「たくっ……、貴官の笑いのツボは理解できん」
▼呆れて、箸を丼に置く。
小埜路は、テーブルをバンバンと叩きながら笑っている墓守にタメ息をついた。墓守の笑いのツボはズレている。
小埜路「おい、いつまで笑っている」
墓守「(テーブルに突っ伏して)…ひふふっ、ふふふっ…」
小埜路「ダメだこりゃ。ドツボにハマったし、放っておくか」
▼話にならん。
そう呟いて、丼の中身を口にしていく小埜路。
すると、その時だ。ガシャーーン!と大きな金属音をたてて、何かが床へと落ちた。周囲のものの視線が集まる。
小埜路「ッ?!……お、おい。貴官っ、その腕…」
墓守「ふぅ~……んん?おやおや、ネジが外れてしまいましたか」
小埜路「それ、義手だろ。外れて、大丈夫なのか?」
墓守「ああ、平気ですよ?というか、ワタシは片腕と両脚が義手で義足ですからね」
▼驚いて箸が止まった小埜路を他所に、何食わぬ顔で床へ落ちた左腕を拾い上げる墓守。
墓守「えっと、このボルトが……」
小埜路「なあ。つかぬ事を聞くが、貴官は前線からの帰還者だったか?」
墓守「え?あー、いえ。ワタシは、今も昔も島から出たことはないですねぇ」
小埜路「では、生まれつきの欠損か?」
墓守「いいえ。ワタシは、昔──いえ、学生の頃は五体満足でしたよ。……ああ、話してませんでしたっけ。ワタシ、こう見えて三津学の卒業生なんですよ」
小埜路「せ、先輩でしたか……。
《年上なのは知っていたが、如何せん。情報の少ない人だからな…》」
▼驚いた表情をして、敬語になった小埜路。
そんな小埜路に対して、義手のボルトを自前の道具で閉めつつ笑い飛ばす墓守。
墓守「ははっ、改まらなくても大丈夫ですよ。アナタに敬語を使われると、どちらが上官か分からなくなる」
小埜路「そ、そうか。……あの、この際だ。訊いてもいいか?」
墓守「はい、なんでしょうか」
小埜路「貴官が、サイボーグ先生と呼ばれている理由はその義手や義足に関連していることは理解した。なぜ、隠している?」
墓守「サイボーグ先生……。ああ、そんな呼び名もありましたねぇ
別に、隠してるつもりはありませんよ。見せびらかすものでもないですし、義手や義足なので体温もありません。……腕まくりの必要がないですから」
小埜路「見せびらかすものでもないか……、貴官の理由も一理あるな。だが、中には堂々と見せている者もいるが?」
墓守「あれは、前線を経験された方でしょう。ワタシみたいに本土に戻る気のない者からしたら、見せる者は異質ですよ」
小埜路「異質だと思う理由はなんだ?」
墓守「ただの生き恥だからですよ。ワタシのように、若さの過ちで失くした者からしたら、見せる行為が生き恥です」
小埜路「……難しい考えだな」
墓守「まあ、言ってしまうなら。五体満足であることこそ自慢できることはありませんよ。いくら知能が足らない、品性に欠けた者であろうとね」
小埜路「そうか……。なあ、もう少しだけ訊きたいことがあるのだが構わないか?」
墓守「ええ、どうぞ。まだ昼休みはありますからね」
小埜路「感謝する。……では。貴官が、かの『雑務部』を創設した学徒というのは事実か?」
墓守「あー、懐かしいですねぇ」
小埜路M《懐かしむ…。ということは、本当に噂ではなかったのか》
墓守「……それの答えは、イエスです。ですが、ワタシが創ったというより、部の在り方を整えた…と答えるべきですね」
小埜路「部の在り方を?」
墓守「ええ、そうです。そもそも、今のワタシが呼ばれてる墓守という名に行き着く話でもあります」
小埜路「差し支えなければ聞かせてほしい」
墓守「構いませんよ。隠す話でもないですからね。
……その前に、小埜路 補佐官はお昼を完食してくださいな」
小埜路「おっと、そうだな。……いただきます」
墓守「……おお。素晴らしい食べっぷりですねぇ」
▼ズゾゾゾ…!と正に、吸引力の変わらない掃除機の如くな啜り食べ。ものの一〇分間で、山盛りの具材と二五〇グラムの麺を食べ、スープも飲みきった。
小埜路が箸を置いて、合掌をするタイミングで墓守が拍手する。拍手をして、関心してしまうレベルの食事風景ということだ。
多忙な小埜路が、如何に栄養を補給するかを考え、行き着いた先が早食いなのだろう。カラダを思うなら、ゆっくりが一番だが。
小埜路「ごちそうさま(合掌)」
墓守「こんなに、きれいに平らげて貰えたら食堂の人も作りがいがあるでしょうね」
小埜路「そうだろうか。麺類だと早く食べられるからな、よく注文する」
墓守「ワタシも、麺類なのは似たような理由です。……では、食器を片付けてきますね」
小埜路「え、ああ、私の食器もか。すまない」
墓守「いいえ、ちょっと待っててくださいねー」
▼そう、告げれば食器をお盆にのせて返却口へと向かう墓守。小埜路は満腹になり、外の景色を一望できる窓際だ。日射しのあたたかさに穏やかに目を細めた。そして──
墓守「お待たせしました。では、食後のコーヒーと一緒に。ワタシの思い出話でも」
小埜路「ああ、頼む」
墓守「……あれは、今から一八年前の話ですねぇ。小埜路 補佐官は、その時分はおいくつでしたか?」
小埜路「私は……
《一八年前か…、この人は私より十歳は年上ってことになるな…》……まだ幼等部だった。生家が生家だからな、大学部までエスカレーターのように進級できる私立校に通っていた」
墓守「ほほう。幼等部でしたか。それはそれは、可愛らしい幼少期だったでしょうに」
小埜路「いいや、どうだったかな。十年以上も経つと印象にない記憶ってのは風化するだろ」
墓守「まあ、風化しますけれど……
ワタシ。ぜひとも、島に出入りをされている小埜路の方から情報を聞きたいですねぇ」
小埜路「やめてくれ。酒の肴にされるならまだしも、素面で幼い頃の自分なんて思い出したくもない」
墓守「おや、残念ですねぇ」
小埜路「それで?一八年前、貴官に何があったんだ」
墓守「ああ、そうでした。話が逸れましたね」
▼小埜路のカップの中身は、ブラックコーヒー。
墓守のカップの中身は、やさしい薄茶色の液体が。
注文時にカフェラテにしてもらえば良かったはずだ。
なのに、なんの見栄か。それとも単なるボケか。
墓守は、初めこそ淹れたてのブラックを飲んでいたものの顔をしかめて、軍服の内ポケットから小瓶を二つ取り出した。
小埜路M《……何か、こだわりでもあるのだろうか。そんなにグラニュー糖と粉ミルクを加えると、コーヒーの香りなんて残らないんじゃ……》
墓守「なんです、補佐官。そんなにじっと見て」
小埜路「あ、いいや。すまない。話してくれ」
墓守「ええ、ではワタシの生い立ちから……」
(間)
墓守N「ワタシは、所謂。孤児です。
孤児になる前は、家族三人で慎ましく暮らしていました。
父親は、幼い頃に死んで。母親もいつかの戦線に志願兵として家を出たきり、帰ってきませんでした。結果的に孤児です。
最初こそ、泣き腫らしたのかな。
毎夜、毎夜。外から扉が開かれることがなくなった家の玄関先でうずくまって泣く日々。」
▼墓守の語る口調は、至って落ち着いている。
まるで、他人の話を聞かせるかのような落ち着きようだ。
墓守N「ふと、泣き続けた結果、溢れる涙もなくなった頃。
ふらり…と外へ出ました。歩いて、歩いて。
行き着いた先。そこで、ワタシより酷い有様の幼い子を見つけました。そして、察しました。
ワタシは……ああ、いえ、当時はボクでしたね。
ボクは、この子たちと同じだ。ボクは、この子たちだ、と。
ボクが、孤児になったあと。
度重なるテロ行為や自然災害に曝され、復興が間に合わず、衰退した街を行き来していました。
息を潜めるように、ひっそりと。
しかし、ボクは見目が良かったのです。金目の代わりに、人攫いに遭うこともしばしば。
その頃に『人間』の『汚さ』に触れすぎて、感情が動かなくなっていきました。
そして、最後に行き着いた先が この学園 です。」
▼ティースプーンで生ぬるくなったカップの中身を混ぜる。
小埜路は、何も言えなかった。
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〈過去の話①〉
▼時は遡り、一七年前の二〇六三年。
三津学が創立三周年を迎える年。
前置きのとおり、この学園は外界から隔絶された孤島に存在する。ゆえに、学園 組織の中枢に関わっている学徒が島から逃げ出そうとする行為は大罪だった。
懍珪N「ボクは、張・懍珪。
黒軍の学徒だけど、部隊には所属していない。
同じ軍の人から、名前は呼ばれない、顔は常にお面で隠す。拙いニホン語で話せば、笑われる。正直いって、この扱いが差別の一種だったことを知るのはもっと後。この頃は、ただ下された指令に倣って行動する日々だった。」
▼この日も。懍珪は、枝と枝をつたって駆けていた。
彼の視野には、ターゲットである男子学徒と女子学徒。二人とも、息を切らして足をもつれさせながらも追っ手である懍珪から逃げている。
男子学徒「くそっ!崖かよっ!」
女子学徒「どうすんのよ!あんたが、逃げ切れるって!大丈夫っていったのよ!?」
男子学徒「何だと!?じゃあ、言わせてもらうけどな!!」
懍珪「ねぇ…、その話はどれくらい続く?」
▼懍珪は、二人から程近い枝から静かに地面へと着地する。まさに、猫のような身軽さだ。
女子学徒「ひぃっ……!どうすんのよっ!追いつかれたじゃないっ…!!」
男子学徒「んなこと言われたって、あとは飛び降りるしか…!」
懍珪「崖から降りても、痛いだけ。ねえ、最終忠告。きみらの持ち出したもの。全部、返してくれたら問題ない。」
男子学徒「苦労して手に入れたんだぞ!?出すわけ……」
女子学徒「じゃあ、出せばいいんでしょ!!ほら、私が持ち出したのはこれだけよ!!」
男子学徒「なっ!?おまえ、なにを素直に従ってんだ!!」
女子学徒「仕方ないじゃないっ!!後ろは崖!目の前には、コイツ!もう、諦めるしかないじゃないの!」
男子学徒「おまえっ、まだ粘れば騙せたかもしれないだろ!?」
女子学徒「じゃあ、その騙せる保証のある案をアンタが出せるの!?あの!『奪魂鬼』を!!」
▼懍珪は、言い合いなど聞いちゃいない。
地面に投げられたUSBメモリと、どこにでもある万年筆──に見えるがペン先を外すと小さくしたメモなどが入る──の形をした物入れが盗み出されたものと一致するかを確認しだす。
懍珪「うん、うん。たしかに。この紙に書いてあるやつの、少しだけあるみたい。……他はキミ?」
▼チロッ…と懍珪からしたら軽く見やったつもりだった。
だが、既に恐怖と混乱で気分がごっちゃ混ぜになっている逃亡者の男子にとっては射殺さんばかりの視線に感じるようだ。
男子学徒「な、なんだよっ!んな、目をしたって出さねーからな!!」
懍珪「ほんとうに?ほんとうに、出さない?」
男子学徒「出さないって言ってんだろ!?つーか、やめろ!これ以上、近づくな!!近づくなよっ!!」
懍珪「……くッ……『阵阵痛』…」
▼逃亡者の男子は、抵抗として懍珪の首を隠し持っていたナイフで切りつけたのだ。つい、懍珪の口から母国の言葉が漏れる。ちなみに、意味としては ズキズキ痛む(グーグル翻訳 引用)である。
懍珪の掌が、自身の血で染っていく。切っ先が強く入ったようで、出血量も多い。
女子学徒「ちょっ、ちょっと!あんた、やり過ぎよっ!」
男子学徒「仕方ないだろ!!」
女子学徒「仕方なくないわよ!コイツを誰だと思ってんのよ!コイツには正当防衛なんていう言葉はないのよ!?」
男子学徒「じゃあ、どうしろってんだよ!!俺は……って、コイツなんか言ってんぞ?」
女子学徒「え?何言ってんのよ、つーか、何語?」
懍珪『あー、もう駄目だ。許せない。今回は、殺さないで終わらせたかった。でも、無理だ。傷ついた。血が出た。また、傷が増えた。許せない。許せない。』
(間)
懍珪「ゆるさない」
女子学徒「ヒィッ!?ちょっ、離してよ!!わたし、悪くないでしょ!?」
懍珪「ユルサナイ」
女子学徒「い、イヤァァァ!!わたしの指がっ、指がっ!ひぃっ、やめっ、お願いっ!!顔はっ、顔はやめっ、あ゛ぁッ……がぁッ……」
男子学徒「な、なんてやつだ……」
▼逃亡者の男子は、腰が抜けたようで地面に尻をつける。
声色の変わった懍珪の手によって、逃亡者の女子が瞬く間に物の言わない肉塊へと変えられた。そして……
懍珪『あんたを、許さない』
男子学徒「えっ………あっ、………ガェッ……」
▼懍珪が、母国語を口走って男子の顔の真横に男子の所持品だった小型ナイフを突き立て、相手が気を取られている瞬間に、お返しとでも言うのか。左の首筋を、クナイで掻き斬った。
おかしな音を発して、逃亡者の男子が絶命する。
懍珪『勝ち。勝った。これで、許された。この魂は……』
▼懍珪は、ゴミャッ!と柔軟性の高い肉体を奇怪に後屈する。さながら、蛹から出てきたばかりの蝶だ。
既に生命を失った両目を開いて、物言わぬ肉塊となった元・逃亡者の男子。
彼が最期に視界に入れたのは、全てを飲み尽くすが如くに淀んだ黒さを持つ双眸だろう。すると、懍珪の背後から拍手が聞こえた。真面目そうな声も。
軍医「あぁ、お見事。実に華麗な手さばきだ」
懍珪『……なんで、また……居る、の……(脱力し、気絶)』
軍医「おわっとっと。……きみに、死なれては困る。きみは、わしの……」
▼懍珪を抱き留めたのは、白衣に翁の面を着けた人。
そんな人は、とても慈しむような声色をしている。
そういえば、なぜ懍珪が気絶したのか。それは、狂戦士の人格と共存しているからだ。いつ、その人格が生まれたかは、懍珪自身も覚えていない。
軍医M
《凶暴すぎるチカラは、いつしか身を滅ぼす。しかし、それまではその華麗な手さばきでヒトのヤミを裁いてくれたまえ……》
軍医「……ああ、きみはわしのカワイイ、かわいい存在さ」
▼懍珪を抱き上げて、翁の面の人が歩き出す。
どうも謎多くて、妙な人物であることは確かなようだ。
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◇現代(2080年)──共同使用棟の食堂
▼総司令長の補佐官である小埜路と、コーヒーブレイク──内容は物騒の極み──をしていた墓守。
話を聞きたいと希望した側なのに小埜路は、語られたことの情報量の多さや諸々の刺激に絶句していた。
墓守「まあ。ワタシが覚えている範囲の始まりはこんなものですかねぇ」
▼カチャン…と音が鳴る。
陶器のソーサーとカップがぶつかり合うときの音だ。
小埜路は、口元を手で覆って墓守から視線を逸らしている。
墓守「……補佐官、大丈夫ですか?」
小埜路「ああ、すまない。大丈夫だ」
墓守「刺激が強すぎましたかねぇ。でも、もう昔の話……いえ、十年一昔です」
小埜路「いいや、聞きたいと言い出したのは私だ。……正直言って、意外だ。まさか貴官が、記録に残っていた『奪魂鬼』だったとはな」
墓守「ええ、まあ。でも、ワタシは『墓守』です。『張 懍珪』は、捨てた名と同然ですから」
▼墓守が、他人の話だと切り捨てた発言をした。
話が一段落ついたタイミングで、昼休憩の終わりを告げる鐘が鳴る。食堂に残っていた学徒や教官たちが動き出す。
墓守「おや、時間ですねぇ。今日はこの辺で。
……また、機会がありましたら『雑務部の話』をさせて頂きます」
小埜路「ああ、またな」
墓守「ええ、補佐官。ごきげんよう」
▼そそくさとカップたちをお盆に乗せて、立ち去る墓守。その歩く姿は、優雅そのもの。
だが。そんな墓守の両脚がサイボーグだと、知るものは少ない。
窓際のテーブル席に残された小埜路は、タメ息をついた。
小埜路M《……『奪魂鬼』…。
元々、日本の地獄を書いた書物などに登場する鬼だ。役割としては、亡くなった人の魂を完全に肉体から切り離すこと。
……あの人は、捨てた名といっていたが元は張 懍珪だったとはな。
懍珪の記録は、攻撃部隊にもサポート部隊にも分類されない暗部のものだ。そして、懍珪が在校中に葬った命は数しれず。いや、把握されてないと思ったほうが早いな。
しかも、とある『実戦』で救護班が負傷している懍珪を発見し、そのあとに四肢切断によるショック死とされている…。
でも、あの人は自分が ソウダッタ と語った。
……私は、踏み込んではいけない話に足をつけたかもしれん…》
小埜路「(タメ息)……ああ、胃が痛い…」
▼小埜路の独り言は、スッ…と響いて聞こえなくなった。
(間)
──とある日の共同使用棟 自販機とベンチが備えられている休憩スペースでのこと。
小埜路M《この分隊には、潜伏戦とかで力を発揮できる方法を身につけさせるべきだよな……》
薬藤「よぅ、こんなとこで会うとはな」
小埜路「ん?あっ……(驚くも敬礼し)お疲れ様です。薬藤中佐殿」
薬藤「おう、お疲れさん。修練後か?」
小埜路「はい、室内訓練場が使用できる日でしたので。参加できる隊員を抜き打ち稽古しておりました」
薬藤「そうかい。相変わらず真面目だな(缶コーヒーを買って、飲む)」
小埜路「それが、私の務めですので。……そういう中佐殿は共同使用棟居らっしゃるのはめずらしいですね」
薬藤「うーん、まあな。ちょっとした息抜きだ」
小埜路「息抜きですか。……医療班も負傷者がいなければ事務仕事ですよね」
薬藤「そうな。……そう言えばよ。補佐官は、技術部に仲いいヤツでもいんのか?」
小埜路「仲いいでありますか。
(少し考えるも)……いえ、職務の一環としての関わりくらいしかないと思いますが」
薬藤「ふーん、そうか。まあ、なんだ。もし技術部から仲いいヤツができたらよ。ソイツとは良くしてやってくれ」
小埜路「えっと、なぜでありましょうか」
薬藤「いや、なんとなくだ。オマエも、立場的に広い人脈は必須だろうよ」
小埜路「今のとこ、人脈で困ったことはありませんが……」
薬藤「とにかくだ。この師団の古株としての頼みだよ」
小埜路「……わかりました。頭の片隅には入れておきます」
薬藤「おう、そうしてくれや」
小埜路M《この人も、何考えてんのか分からないんだよな。……技術部って言ったら、墓守大尉とは時々 ご飯のときに相席するが……いや、さすがに大尉のわけないか……》
薬藤「あっ、そう言えばよ」
小埜路「え、はい」
薬藤「オマエが受け持つことになった白の在校生。ほれ、旧型の制服着てるやつ」
小埜路「はぁ、甘草でありますか」
薬藤「あー、そうそう。そんな名前の在校生。ソイツ、さっき庶務課の職員にダル絡みしてたぜ」
小埜路「ダル絡み?」
薬藤「なんだっけか。えっとー、補佐官くんの面白い話を聞かせるから おぬしらの秘密も教えて〜……的なことを──」
小埜路「あっのっ、雑草がぁ!!」
薬藤「お?行くのか」
小埜路「ええ、すみませんが急用です。あの問題児に除草剤を撒きに行きますので」
薬藤「くれぐれも、備品は壊すなよー。ケガなら、手当してやるがなー」
小埜路「助言ありがとうございます。中佐殿。また、いずれっ」
▼小埜路は、軍帽を被り直して早歩きで休憩スペースを出ていった。残された薬藤だったが、元より一人でゆっくりと缶コーヒーを嗜むことで寛ぐのだった。
……数分後、廊下に響き渡る叫びと、怒鳴り声。甘草むしり(笑)が完了したようだ。
薬藤M《元気なこったな……》
『イバショとヤクソクゴト。』【分割版】前半部分
〜おしまい〜
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