【六人用】イバショとヤクソクゴト。【台本 本編】
※この部分をコピペして、ライブ配信される枠のコメントや概要欄などに一般の人が、わかるようにお載せください。録画を残す際も同様にお願いします。
三津学シリーズ 番外編台本 四本目です。
【劇タイトル】イバショとヤクソクゴト。
(もしくは、イバヤク。または、三津学 劇る。というテロップ設定をして表示してくださいませ。)
【作者】瀧月 狩織
【台本】※このページのなろうリンクを貼ってください。
こちら三津学シリーズ 番外編台本 四本目
『イバショとヤクソクゴト。』/全通し版です。
上演時間(目安)/80分くらい。
比率/男声2:女声1:不問2:ナレ1の6人用です。
<<<登場キャラの紹介、配役表などは前ページの【登場キャラなど】をご覧ください。
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【演者サマ 各位】
・台本内に出てくる表記について
キャラ名の手前に M や N がでてきます。
Mはマインド。心の声セリフです。 《 》←このカッコで囲われたセリフも心の声ですので、見逃さないで演じてください。
Nはナレーション。キャラになりきったままで、語りをどうぞ。
・ルビについて
キャラ名、読みづらい漢字、台本での特殊な読み方などは初出した場面から間隔をもって振り直しをしています。
場合によっては、振り直していないこともあります。
(キャラ名の読み方は、覚えてしまうのが早いかと。)
それでは、本編 はじまります。
ようこそ、三津学シリーズの番外編 台本へ
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☆本編
懍珪N「三津ヶ谷学園。
ここは、特殊な学び舎。
国から認められた若き戦士を生み出す為に、本土から離れた孤島にあり、本土で生活する者からは『鳥籠』と揶揄される。
しかも、この離島には特務師団も兼ねている。所謂、軍人の為の島なのだ」
薬藤N「揶揄される理由は、島の大部分が高さ二十米を超す塀に囲われてて、その見た目の異様さや本土に学園内部の情報が伝わらず、機密的なことから『鳥籠』と呼ばれていた」
懍珪N「さて、そんな三津ヶ谷は学び舎。
どんなに特殊な生活だとしても、学園なので在校生がいれば教官も必要となる。
……今回は、そんな単なる一教官に焦点を当てて、お話するの」
(間)
〜劇中 タイトルコール〜
墓守「自己解釈 学生戦争 三津ヶ谷学園物語。」
薬藤「番外編 台本『イバショとヤクソクゴト。』
……まもれない約束はするもんじゃねーよ」
(間)
▼二〇八〇年の四月 中頃。
真新しい制服や服装に身を包んだ第二十期生が晴れやかな表情で、学園生活へと試みる時季。
共同使用棟の四階にある食堂に、いろんな学徒や教官から声をかけられている軍人が居た。
その軍人は、声をかけられれば優しげな笑みで受け答えをしている。
在校生「あ、墓守先生だ」
新入生「せんぱい。ハカモリって誰のことです?」
在校生「ほら、あそこの窓際のテーブル席できつねうどん、食べてる軍服の人だよ」
新入生「へー、あの人がハカモリ先生?でも、あの軍服だと教官というより専門職の人ですよね」
在校生「うん、その通り。墓守先生は、教官としての立場と島の専門職としての立場もある凄い人なんだよ」
新入生「ほぇー、そうなんですか。あの人が立場あるのは分かりました。でも、なんでハカモリ?本名じゃないですよね」
在校生「うん、墓守先生のハカモリは通り名だな。本名は……なんて言ったかな?」
新入生「ちょっとー、せんぱい!しっかり〜!」
在校生「悪かったな!僕だって、聞きかじった話ばかりなんだよっ!」
▼やいの、やいの。
聞きかじっただけの知識を新入生相手に与える在校生。これに嘘が混じっていると噂になり、尾ひれ背びれがつく。
さて、きつねうどんをすすり食べている軍人へ次に声をかけたのは佐官の肩章を着けている軍人だった。
小埜路「よう、今日も貴官はきつねうどんか?」
墓守「おやおや。これは、意外なお方だ。面と向かって話すのは久しぶりではありませんか」
小埜路「そうだな。……相席、失礼する。(向かい側に座る)久しぶりだろうな。何せ、赤と黒の間で起こった一月の騒動の後始末以来だからな」
墓守「では、凡そ三月ぶりですね。それと、ワタシがうどんをすするのは悪いことですかぁ?」
小埜路「悪いとは言っていない。ただ、栄養が偏ると心配しているのだ。貴官は、私が見かける時に限ってそれを食べているからな」
墓守「そうですかねぇ?意識していませんでした」
小埜路「意識されても困るがな」
墓守「フフッ、それもそうですね。……それで。何か、ご用件でも?アナタがワタシの前に座るときは何か用件がある時ですよね。ねぇ?小埜路補佐官」
▼相席を願って、墓守の向かい側に座った軍人は、学園の最高責任者である総司令長の補佐官である小埜路禅治だった。
小埜路は、昼飯のネギ特盛みそラーメン(麺増し)を一口だけ食べたあとに目を瞬いた。
小埜路「確かに、私が貴官の前に座るときは用件がある場合も多いが…。用件がなくては、相席はダメだったか?」
墓守「いえいえ、まったく悪くないですよ。……では、本当に用件はないので?」
小埜路「ああ。ただ挨拶がてらに共に食事でも、と思っただけだったのだ」
墓守「は~、そうですか。そうですか。アナタが用件なしに……くっ…、ふふふっ……あはははっ…」
小埜路「おい。どこに笑う要素があった」
墓守「いえ、ふふっ…すみません…。何だか、面白く感じてしまいまして」
小埜路「たくっ……、貴官の笑いのツボは理解できん」
▼呆れて、箸を丼に置く。
小埜路は、テーブルをバンバンと叩きながら笑っている墓守にタメ息をついた。墓守の笑いのツボはズレている。
小埜路「おい、いつまで笑っている」
墓守「(テーブルに突っ伏して)…ひふふっ、ふふふっ…」
小埜路「ダメだこりゃ。ドツボにハマったし、放っておくか」
▼話にならん。
そう呟いて、丼の中身を口にしていく小埜路。
すると、その時だ。ガシャーーン!と大きな金属音をたてて、何かが床へと落ちた。周囲のものの視線が集まる。
小埜路「ッ?!……お、おい。貴官っ、その腕…」
墓守「ふぅ~……んん?おやおや、ネジが外れてしまいましたか」
小埜路「それ、義手だろ。外れて、大丈夫なのか?」
墓守「ああ、平気ですよ?というか、ワタシは片腕と両脚が義手で義足ですからね」
▼驚いて箸が止まった小埜路を他所に、何食わぬ顔で床へ落ちた左腕を拾い上げる墓守。
墓守「えっと、このボルトが……」
小埜路「なあ。つかぬ事を聞くが、貴官は前線からの帰還者だったか?」
墓守「え?あー、いえ。ワタシは、今も昔も島から出たことはないですねぇ」
小埜路「では、生まれつきの欠損か?」
墓守「いいえ。ワタシは、昔──いえ、学生の頃は五体満足でしたよ。……ああ、話してませんでしたっけ。ワタシ、こう見えて三津学の卒業生なんですよ」
小埜路「せ、先輩でしたか……。
《年上なのは知っていたが、如何せん。情報の少ない人だからな…》」
▼驚いた表情をして、敬語になった小埜路。
そんな小埜路に対して、義手のボルトを自前の道具で閉めつつ笑い飛ばす墓守。
墓守「ははっ、改まらなくても大丈夫ですよ。アナタに敬語を使われると、どちらが上官か分からなくなる」
小埜路「そ、そうか。……あの、この際だ。訊いてもいいか?」
墓守「はい、なんでしょうか」
小埜路「貴官が、サイボーグ先生と呼ばれている理由はその義手や義足に関連していることは理解した。なぜ、隠している?」
墓守「サイボーグ先生……。
ああ、そんな呼び名もありましたねぇ
隠してるつもりはありませんよ。見せびらかすものでもないですし、義手や義足なので体温もありません。……腕まくりの必要がないですから」
小埜路「見せびらかすものでもないか……、貴官の理由も一理あるな。だが、中には堂々と見せている者もいるが?」
墓守「あれは、前線を経験された方でしょう。ワタシみたいに本土に戻る気のない者からしたら、見せる者は異質ですよ」
小埜路「異質だと思う理由はなんだ?」
墓守「ただの生き恥だからですよ。ワタシのように、若さの過ちで失くした者からしたら、見せる行為が生き恥です」
小埜路「……難しい考えだな」
墓守「まあ、言ってしまうなら。五体満足であることこそ自慢できることはありませんよ。いくら知能が足らない、品性に欠けた者であろうとね」
小埜路「そうか……。なあ、もう少しだけ訊きたいことがあるのだが構わないか?」
墓守「ええ、どうぞ。まだ昼休みはありますからね」
小埜路「感謝する。……では。貴官が、かの『雑務部』を創設した学徒というのは事実か?」
墓守「あー、懐かしいですねぇ」
小埜路M《懐かしむ…。ということは、本当に噂ではなかったのか》
墓守「……それの答えは、イエスです。ですが、ワタシが創ったというより、部の在り方を整えた…と答えるべきですね」
小埜路「部の在り方を?」
墓守「ええ、そうです。そもそも、今のワタシが呼ばれてる墓守という名に行き着く話でもあります」
小埜路「差し支えなければ聞かせてほしい」
墓守「構いませんよ。隠す話でもないですからね。
……その前に、小埜路 補佐官はお昼を完食してくださいな」
小埜路「おっと、そうだな。……いただきます」
墓守「……おお。素晴らしい食べっぷりですねぇ」
▼ズゾゾゾ…!と正に、吸引力の変わらない掃除機の如くな啜り食べ。ものの一〇分間で、山盛りの具材と二五〇グラムの麺を食べ、スープも飲みきった。
小埜路が箸を置いて、合掌をするタイミングで墓守が拍手する。拍手をして、関心してしまうレベルの食事風景ということだ。
多忙な小埜路が、如何に栄養を補給するかを考え、行き着いた先が早食いなのだろう。カラダを思うなら、ゆっくりが一番だが。
小埜路「ごちそうさま(合掌)」
墓守「こんなに、きれいに平らげて貰えたら食堂の人も作りがいがあるでしょうね」
小埜路「そうだろうか。麺類だと早く食べられるからな、よく注文する」
墓守「ワタシも、麺類なのは似たような理由です。……では、食器を片付けてきますね」
小埜路「え、ああ、私の食器もか。すまない」
墓守「いいえ、ちょっと待っててくださいねー」
▼そう、告げれば食器をお盆にのせて返却口へと向かう墓守。小埜路は満腹になり、外の景色を一望できる窓際だ。日射しのあたたかさに穏やかに目を細めた。そして──
墓守「お待たせしました。では、食後のコーヒーと一緒に。ワタシの思い出話でも」
小埜路「ああ、頼む」
墓守「……あれは、今から一八年前の話ですねぇ。小埜路 補佐官は、その時分はおいくつでしたか?」
小埜路「私は……《一八年前か…、この人は私より十歳は年上ってことになるな…》
……まだ幼等部だった。生家が生家だからな、大学部までエスカレーターのように進級できる私立校に通っていた」
墓守「ほほう。幼等部でしたか。それはそれは、可愛らしい幼少期だったでしょうに」
小埜路「いいや、どうだったかな。十年以上も経つと印象にない記憶ってのは風化するだろ」
墓守「まあ、風化しますけれど……
ワタシ。ぜひとも、島に出入りをされている小埜路の方から情報を聞きたいですねぇ」
小埜路「やめてくれ。酒の肴にされるならまだしも、素面で幼い頃の自分なんて思い出したくもない」
墓守「おや、残念ですねぇ」
小埜路「それで?一八年前、貴官に何があったんだ」
墓守「ああ、そうでした。話が逸れましたね」
▼小埜路のカップの中身は、ブラックコーヒー。
墓守のカップの中身は、やさしい薄茶色の液体が。
注文時にカフェラテにしてもらえば良かったはずだ。
なのに、なんの見栄か。それとも単なるボケか。
墓守は、初めこそ淹れたてのブラックを飲んでいたものの顔をしかめて、軍服の内ポケットから小瓶を二つ取り出した。
小埜路M《……何か、こだわりでもあるのだろうか。そんなにグラニュー糖と粉ミルクを加えると、コーヒーの香りなんて残らないんじゃ……》
墓守「なんです、補佐官。そんなにじっと見て」
小埜路「あ、いいや。すまない。話してくれ」
墓守「ええ、ではワタシの生い立ちから……」
(間)
墓守N「ワタシは、所謂。孤児です。
孤児になる前は、家族三人で慎ましく暮らしていました。
父親は、幼い頃に死んで。母親もいつかの戦線に志願兵として家を出たきり、帰ってきませんでした。結果的に孤児です。
最初こそ、泣き腫らしたのかな。
毎夜、毎夜。外から扉が開かれることがなくなった家の玄関先でうずくまって泣く日々。」
▼墓守の語る口調は、至って落ち着いている。
まるで、他人の話を聞かせるかのような落ち着きようだ。
墓守N「ふと、泣き続けた結果、溢れる涙もなくなった頃。
ふらり…と外へ出ました。歩いて、歩いて。
行き着いた先。そこで、ワタシより酷い有様の幼い子を見つけました。そして、察しました。
ワタシは……ああ、いえ、当時はボクでしたね。
ボクは、この子たちと同じだ。ボクは、この子たちだ、と。
ボクが、孤児になったあと。
度重なるテロ行為や自然災害に曝され、復興が間に合わず、衰退した街を行き来していました。
息を潜めるように、ひっそりと。
しかし、ボクは見目が良かったのです。金目の代わりに、人攫いに遭うこともしばしば。
その頃に『人間』の『汚さ』に触れすぎて、感情が動かなくなっていきました。
そして、最後に行き着いた先が この学園 です。」
▼ティースプーンで生ぬるくなったカップの中身を混ぜる。
小埜路は、何も言えなかった。
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〈過去の話①〉
▼時は遡り、一七年前の二〇六三年。
三津学が創立三周年を迎える年。
前置きのとおり、この学園は外界から隔絶された孤島に存在する。ゆえに、学園 組織の中枢に関わっている学徒が島から逃げ出そうとする行為は大罪だった。
懍珪N「ボクは、張・懍珪。
黒軍の学徒だけど、部隊には所属していない。
同じ軍の人から、名前は呼ばれない、顔は常にお面で隠す。拙いニホン語で話せば、笑われる。正直いって、この扱いが差別の一種だったことを知るのはもっと後。この頃は、ただ下された指令に倣って行動する日々だった。」
▼この日も。懍珪は、枝と枝をつたって駆けていた。
彼の視野には、ターゲットである男子学徒と女子学徒。二人とも、息を切らして足をもつれさせながらも追っ手である懍珪から逃げている。
男子学徒「くそっ!崖かよっ!」
女子学徒「どうすんのよ!あんたが、逃げ切れるって!大丈夫っていったのよ!?」
男子学徒「何だと!?じゃあ、言わせてもらうけどな!!」
懍珪「ねぇ…、その話はどれくらい続く?」
▼懍珪は、二人から程近い枝から静かに地面へと着地する。まさに、猫のような身軽さだ。
女子学徒「ひぃっ……!どうすんのよっ!追いつかれたじゃないっ…!!」
男子学徒「んなこと言われたって、あとは飛び降りるしか…!」
懍珪「崖から降りても、痛いだけ。ねえ、最終忠告。きみらの持ち出したもの。全部、返してくれたら問題ない。」
男子学徒「苦労して手に入れたんだぞ!?出すわけ……」
女子学徒「じゃあ、出せばいいんでしょ!!ほら、私が持ち出したのはこれだけよ!!」
男子学徒「なっ!?おまえ、なにを素直に従ってんだ!!」
女子学徒「仕方ないじゃないっ!!後ろは崖!目の前には、コイツ!もう、諦めるしかないじゃないの!」
男子学徒「おまえっ、まだ粘れば騙せたかもしれないだろ!?」
女子学徒「じゃあ、その騙せる保証のある案をアンタが出せるの!?あの!『奪魂鬼』を!!」
▼懍珪は、言い合いなど聞いちゃいない。
地面に投げられたUSBメモリと、どこにでもある万年筆──に見えるがペン先を外すと小さくしたメモなどが入る──の形をした物入れが盗み出されたものと一致するかを確認しだす。
懍珪「うん、うん。たしかに。この紙に書いてあるやつの、少しだけあるみたい。……他はキミ?」
▼チロッ…と懍珪からしたら軽く見やったつもりだった。
だが、既に恐怖と混乱で気分がごっちゃ混ぜになっている逃亡者の男子にとっては射殺さんばかりの視線に感じるようだ。
男子学徒「な、なんだよっ!んな、目をしたって出さねーからな!!」
懍珪「ほんとうに?ほんとうに、出さない?」
男子学徒「出さないって言ってんだろ!?つーか、やめろ!これ以上、近づくな!!近づくなよっ!!」
懍珪「……くッ……『阵阵痛』…」
▼逃亡者の男子は、抵抗として懍珪の首を隠し持っていたナイフで切りつけたのだ。つい、懍珪の口から母国の言葉が漏れる。ちなみに、意味としては ズキズキ痛む(グーグル翻訳 引用)である。
懍珪の掌が、自身の血で染っていく。切っ先が強く入ったようで、出血量も多い。
女子学徒「ちょっ、ちょっと!あんた、やり過ぎよっ!」
男子学徒「仕方ないだろ!!」
女子学徒「仕方なくないわよ!コイツを誰だと思ってんのよ!コイツには正当防衛なんていう言葉はないのよ!?」
男子学徒「じゃあ、どうしろってんだよ!!俺は……って、コイツなんか言ってんぞ?」
女子学徒「え?何言ってんのよ、つーか、何語?」
懍珪『あー、もう駄目だ。許せない。今回は、殺さないで終わらせたかった。でも、無理だ。傷ついた。血が出た。また、傷が増えた。許せない。許せない。』
(間)
懍珪「ゆるさない」
女子学徒「ヒィッ!?ちょっ、離してよ!!わたし、悪くないでしょ!?」
懍珪「ユルサナイ」
女子学徒「い、イヤァァァ!!わたしの指がっ、指がっ!ひぃっ、やめっ、お願いっ!!顔はっ、顔はやめっ、あ゛ぁッ……がぁッ……」
男子学徒「な、なんてやつだ……」
▼逃亡者の男子は、腰が抜けたようで地面に尻をつける。
声色の変わった懍珪の手によって、逃亡者の女子が瞬く間に物の言わない肉塊へと変えられた。そして……
懍珪『あんたを、許さない』
男子学徒「えっ………あっ、………ガェッ……」
▼懍珪が、母国語を口走って男子の顔の真横に男子の所持品だった小型ナイフを突き立て、相手が気を取られている瞬間に、お返しとでも言うのか。左の首筋を、クナイで掻き斬った。
おかしな音を発して、逃亡者の男子が絶命する。
懍珪『勝ち。勝った。これで、許された。この魂は……』
▼懍珪は、ゴミャッ!と柔軟性の高い肉体を奇怪に後屈する。さながら、蛹から出てきたばかりの蝶だ。
既に生命を失った両目を開いて、物言わぬ肉塊となった元・逃亡者の男子。
彼が最期に視界に入れたのは、全てを飲み尽くすが如くに淀んだ黒さを持つ双眸だろう。すると、懍珪の背後から拍手が聞こえた。真面目そうな声も。
軍医「あぁ、お見事。実に華麗な手さばきだ」
懍珪『……なんで、また……居る、の……(脱力し、気絶)』
軍医「おわっとっと。……きみに、死なれては困る。きみは、わしの……」
▼懍珪を抱き留めたのは、白衣に翁の面を着けた人。
そんな人は、とても慈しむような声色をしている。
そういえば、なぜ懍珪が気絶したのか。それは、狂戦士の人格と共存しているからだ。いつ、その人格が生まれたかは、懍珪自身も覚えていない。
軍医M
《凶暴すぎるチカラは、いつしか身を滅ぼす。しかし、それまではその華麗な手さばきでヒトのヤミを裁いてくれたまえ……》
軍医「……ああ、きみはわしのカワイイ、かわいい存在さ」
▼懍珪を抱き上げて、翁の面の人が歩き出す。
どうも謎多くて、妙な人物であることは確かなようだ。
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◇現代(2080年)──共同使用棟の食堂
▼総司令長の補佐官である小埜路と、コーヒーブレイク──内容は物騒の極み──をしていた墓守。
話を聞きたいと希望した側なのに小埜路は、語られたことの情報量の多さや諸々の刺激に絶句していた。
墓守「まあ。ワタシが覚えている範囲の始まりはこんなものですかねぇ」
▼カチャン…と音が鳴る。
陶器のソーサーとカップがぶつかり合うときの音だ。
小埜路は、口元を手で覆って墓守から視線を逸らしている。
墓守「……補佐官、大丈夫ですか?」
小埜路「ああ、すまない。大丈夫だ」
墓守「刺激が強すぎましたかねぇ。でも、もう昔の話……いえ、十年一昔です」
小埜路「いいや、聞きたいと言い出したのは私だ。……正直言って、意外だ。まさか貴官が、記録に残っていた『奪魂鬼』だったとはな」
墓守「ええ、まあ。でも、ワタシは『墓守』です。『張 懍珪』は、捨てた名と同然ですから」
▼墓守が、他人の話だと切り捨てた発言をした。
話が一段落ついたタイミングで、昼休憩の終わりを告げる鐘が鳴る。食堂に残っていた学徒や教官たちが動き出す。
墓守「おや、時間ですねぇ。今日はこの辺で。
……また、機会がありましたら『雑務部の話』をさせて頂きます」
小埜路「ああ、またな」
墓守「ええ、補佐官。ごきげんよう」
▼そそくさとカップたちをお盆に乗せて、立ち去る墓守。その歩く姿は、優雅そのもの。
だが。そんな墓守の両脚がサイボーグだと、知るものは少ない。
窓際のテーブル席に残された小埜路は、タメ息をついた。
小埜路M《……『奪魂鬼』…。
元々、日本の地獄を書いた書物などに登場する鬼だ。役割としては、亡くなった人の魂を完全に肉体から切り離すこと。
……あの人は、捨てた名といっていたが元は張 懍珪だったとはな。
懍珪の記録は、攻撃部隊にもサポート部隊にも分類されない暗部のものだ。そして、懍珪が在校中に葬った命は数しれず。いや、把握されてないと思ったほうが早いな。
しかも、とある『実戦』で救護班が負傷している懍珪を発見し、そのあとに四肢切断によるショック死とされている…。
でも、あの人は自分が ソウダッタ と語った。
……私は、踏み込んではいけない話に足をつけたかもしれん…》
小埜路「(タメ息)……ああ、胃が痛い…」
▼小埜路の独り言は、スッ…と響いて聞こえなくなった。
(間)
──とある日の共同使用棟 自販機とベンチが備えられている休憩スペースでのこと。
小埜路M《この分隊には、潜伏戦とかで力を発揮できる方法を身につけさせるべきだよな……》
薬藤「よぅ、こんなとこで会うとはな」
小埜路「ん?あっ……(驚くも敬礼し)お疲れ様です。薬藤中佐殿」
薬藤「おう、お疲れさん。修練後か?」
小埜路「はい、室内訓練場が使用できる日でしたので。参加できる隊員を抜き打ち稽古しておりました」
薬藤「そうかい。相変わらず真面目だな(缶コーヒーを買って、飲む)」
小埜路「それが、私の務めですので。……そういう中佐殿は共同使用棟居らっしゃるのはめずらしいですね」
薬藤「うーん、まあな。ちょっとした息抜きだ」
小埜路「息抜きですか。……医療班も負傷者がいなければ事務仕事ですよね」
薬藤「そうな。……そう言えばよ。補佐官は、技術部に仲いいヤツでもいんのか?」
小埜路「仲いいでありますか。
(少し考えるも)……いえ、職務の一環としての関わりくらいしかないと思いますが」
薬藤「ふーん、そうか。まあ、なんだ。もし技術部から仲いいヤツができたらよ。ソイツとは良くしてやってくれ」
小埜路「えっと、なぜでありましょうか」
薬藤「いや、なんとなくだ。オマエも、立場的に広い人脈は必須だろうよ」
小埜路「今のとこ、人脈で困ったことはありませんが……」
薬藤「とにかくだ。この師団の古株としての頼みだよ」
小埜路「……わかりました。頭の片隅には入れておきます」
薬藤「おう、そうしてくれや」
小埜路M《この人も、何考えてんのか分からないんだよな。……技術部って言ったら、墓守大尉とは時々 ご飯のときに相席するが……いや、さすがに大尉のわけないか……》
薬藤「あっ、そう言えばよ」
小埜路「え、はい」
薬藤「オマエが受け持つことになった白の在校生。ほれ、旧型の制服着てるやつ」
小埜路「はぁ、甘草でありますか」
薬藤「あー、そうそう。そんな名前の在校生。ソイツ、さっき庶務課の職員にダル絡みしてたぜ」
小埜路「ダル絡み?」
薬藤「なんだっけか。えっとー、補佐官くんの面白い話を聞かせるから おぬしらの秘密も教えて〜……的なことを──」
小埜路「あっのっ、雑草がぁ!!」
薬藤「お?行くのか」
小埜路「ええ、すみませんが急用です。あの問題児に除草剤を撒きに行きますので」
薬藤「くれぐれも、備品は壊すなよー。ケガなら、手当してやるがなー」
小埜路「助言ありがとうございます。中佐殿。また、いずれっ」
▼小埜路は、軍帽を被り直して早歩きで休憩スペースを出ていった。残された薬藤だったが、元より一人でゆっくりと缶コーヒーを嗜むことで寛ぐのだった。
……数分後、廊下に響き渡る叫びと、怒鳴り声。甘草むしり(笑)が完了したようだ。
薬藤M《元気なこったな……》
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▼それから、ひと月半が経過した五月 中頃。
お昼休み開始してから一〇分がすぎた時刻に、食堂へやって来た墓守。
お昼として『かき揚げ えび天 お揚げのせうどん』を白いトレーにのせて、座れそうな席を探していた。
墓守M《おや、あの後ろ姿は……》
▼食堂に三つあるカウンター席の中で、中央の出入り口に近いカウンター席。そこに座っているくすんだ深緑色の軍服を来た男──まあ、小埜路 禅治なのだが──が目についた墓守。
墓守「《とても、お疲れのようだ。周りの人も、両隣りの席を空けてまで空気に当てられたくないと……まあ、ワタシなら気にしませんがね。》……お隣、失礼しますよ」
小埜路「……ああ、どうぞ」
▼隣に座って来た相手などチラ見どころか、気にする素振りもなく応えた小埜路。顔の右半分を、片手で覆って中身をたいらげたカラの丼に視線を落としているようだ。
着席してから墓守は、小埜路に声をかけることもせず。合掌してから昼飯のうどんを口にした。
小埜路「……そろそろ行かなくては……」
▼墓守が中身をたいらげて、ダシのきいたつゆを堪能しているときだ。そう呟いて、小埜路は立ち上がった。
墓守「……行かれるのですか?」
小埜路「ん?え、ああ……誰かと思ったら、貴官か」
墓守「ええ、ワタシですよ。ひと月ぶりですねぇ、小埜路 補佐官」
小埜路「ああ、そうだな」
墓守「あの、だいぶ顔色が優れないようですが?」
小埜路「うん?そうだろうか」
墓守「ええ。今から、人ひとりでも殺しに行くかのような顔つきですねぇ」
▼小埜路は、目を瞬く。
墓守による渾身のジョークなのだが、この人が言うと妙な現実味を帯びる。
墓守「あのー、冗談なのですが?」
小埜路「えっ、ああ。すまん」
墓守「(少し考えてから)……小埜路 補佐官。アナタの、昼休憩の残り時間と午後のお務めの少しをお借りしたいのですが」
小埜路「私を?なぜだ?」
墓守「まあ、そんな顔をされてますと。周りも変に気を使うと思いますから」
▼墓守の思考は、それなりにしっかりしている。それもそのはずだ。ひとり分の人生を投げて、今の墓守があるのだから。
小埜路は、頷くしかなかった。相手の眼差しに負けたとも言える。
(間)
◇共同使用棟 三階フロアの休憩スペース
▼昼飯のあと、墓守の後ろをただ着いて来た小埜路。
ここは、共同棟の三階フロアの休憩スペースだ。
墓守が壁へ固定で備え付けてある木製のベンチに座った。小埜路も続くように隣に座る。
小埜路M《時間を貸してほしいと言われたが…素直に着いてきてよかったのだろうか…。……まあ、今更か。…今の私は、余程。疲れているようだ……》
▼沈黙が流れる。
墓守は、何も言わず自分のしたいことをしていて、カチャカチャと右脚の義足を外しているのだ。
小埜路M《人前で義足や義手を見せるのは恥ずかしいことだったのではないのか…?私は、この状況を突っ込んだほうがいいのだろうか……》
▼小埜路は、ただ悶々と思考をめぐらせた。
すると、二人が居る休憩スペースから少し離れた所から話し声が聞こえてきた。廊下の作りのせいで、全て筒抜けだ。
下士官A「なあ、最近の小埜路さん。ヤバくないか?」
下士官B「いやぁ、ヤバいってもんじゃないって。あんな疲れた顔をしてんの年度末の時くらいだよ。いや、年度末の時より酷いね」
下士官A「だよな。自分も、心配だよ」
下士官B「少佐ってさ。下士官の自分らより早く出勤してて、帰寮もほぼ最後だし、朝も早くからジョギングと刀の手入れだろ?……いつ寝てんだろうな」
下士官A「ほんと、少しでも休んでほしいのにさ。仕事が早いから手伝うことも出来ん。……つーかさ。あの人、非番の日とか素振りの稽古してる姿しか見ないよな。まじで、武人って感じだし。下手なこと言えなくてさ」
下士官B「わかるわー。職務中のときも、声かけられて受け答えするだけでも緊張するよな。だから私用の話なんて、尚更。話題にできないよ」
下士官A「本当になぁ」
下士官B「でも、どうにか。あの眉間にシワが割り増しで、恐いオーラが治まってくれればなぁ?」
下士官A「それな。つーか、小埜路さんって酒好きかな」
下士官B「あー、どうなんだろう。呑んでる姿は見たことあるけど、酔ってる姿とか見たことないな」
下士官A「そうなんだよ。だいたい、宴会があっても介抱役だしさ」
下士官B「うーん、あ!今度さ。守衛部隊の奴らも誘って、呑み会でも開こうや」
下士官A「おー、いいねぇ!そしたら、自分ら下士官にも小埜路さんは隙を見せてくれるかもな!」
下士官B「オマエのつぐ酒で、小埜路 少佐が隙を見せるとは思わねーよ。調子のんな!」
下士官A「おいおい、いいだろー?釣れないこと言うなよ!」
下士官B「釣れなくないだろー?まあ、なんだ。呑んで騒ぎたい気持ちは同じだし、大隊長さん達と交流したいし。……よし、そうと決まれば?」
下士官A「有言実行っ!!」
▼いぇーい。
ハイタッチの音が響いて、同時に歩き出す音も聞こえた。休憩スペースから遠のいて行く足音の方向からして室内訓練所を使う予定だったのだろう。
丸聞こえだった話に、小埜路が腰に差している得物へ手を添える。
小埜路「……あーいーつーらぁぁぁ!」
墓守「あー、ストップ。ストップ。何を抜刀しようとされてるんです?落ち着いてくださいな」
小埜路「離してくれっ、私には追いかける権利があるっ!」
墓守「ストップですってば。……でも、良かったですねぇー。補佐官は、部下に愛されてるようで」
小埜路「(タメ息)弛んでいる。昼から酒の話とは!これは、いま一度、鍛え直しを……いや、待てよ。まだ昼休憩だから良いのか……?」
墓守「プッ!ふふふ、あはははっ…」
小埜路「おい、なぜ貴官が笑うのだ」
墓守「いえ、だって…ふふっ…仕事の鬼すぎてっ…」
▼口元を手で覆い隠しつつも、肩を震わせて笑う墓守に小埜路は、とても不服そうにしかめっ面をした。
墓守「は〜〜…今だけで一日分の笑いを、ふふっ…」
小埜路「笑いすぎじゃないか?」
墓守「ああ、失礼。でも、そうですねぇ…」
小埜路「ん?なんだ。私の顔をジロジロと」
▼何かを企むような、イタズラを思いついた幼子のような表情をして墓守が小埜路を見つめてくる。
すわりが悪いのか、小埜路が後ずさろうと手を後ろについた。すると──
墓守「えいっ」
小埜路「えっ、わわっ…!ぐっ……
《硬い。鍛えられた脚だな…》……おい。あんた、これはいったい??」
墓守「なにって、膝枕ですよぉ?まあ、ワタシ。膝から下がないですけども〜」
小埜路「……笑えん冗談だ。だが、どうして私を引っ張って膝に頭を乗せた?」
墓守「どうしてって、アナタの部下も話されてたでしょ?」
小埜路「……いつ、休んでいるのか分からない?」
墓守「ええ、そうです。だから、このアナタから借りた残り一時間と少しの分だけは、お休みくださいな。あ、ついでに上着を脱いじゃいましょう」
▼軍帽もね。
墓守による突飛な行動に突っ込む気も失せた小埜路。
されるがままに、階級の証明でもある上着を脱がされ、中着のシャツの第一ボタンも外され、オマケに軍帽を顔に乗せられた。
疲労が溜まっている小埜路は、口では何となしに否定しつつも、抗う気も起きないようだ。
小埜路M《普段なら、こんなマイペースさにイライラして仕方ないが……なんか、今なら気を緩めても問題ない気がするのは、なぜだろう……》
墓守「さて、これでカモフラージュは完璧ですねぇ」
小埜路「……おい、軍帽を顔に乗せる意味はあるのか?というか、むしろ顔が覆われて息がしにくいのだが」
墓守「おや、お気に召しませんでしたか?でしたら、ワタシのアイマスクをお貸ししましょう」
小埜路「なぜ、そんなものを持ち歩いている」
墓守「ふふふ、ワタシの行動や行為へ律儀に突っ込まれてると疲れますよ〜」
小埜路「それもそうか(軍帽を置き、アイマスクをつける)」
墓守「あら、素直ですねぇー」
▼墓守のお腹のほうへ顔を向ける姿勢になるよう寝返りを打つ。
小埜路「なあ、あんた。なにか、話でもしてくれ。私が落ちるまで」
墓守「ええ、喜んで。では、この前の『雑務部の話』をしましょうかねぇ」
▼墓守の指先が、小埜路の髪を優しく梳いた。
(間)
墓守N「学園の記録が覗ける補佐官ならご存知でしょうが。
張 懍珪は『奪魂鬼』と呼ばれていた時分がありました。
親から名付けられた名前が同軍や他軍の学徒から呼ばれることはなく。ただ、オマエやらアンタやら。
……まあ、だいたいが『奪魂鬼』と呼んできました。
そんな『奪魂鬼』は 命じられたことなら何でもやる という反抗的な面などない学徒で。その時分の指令してくる者の言う事を何でも実行してきました。ゆえに、積もりに積もって反感を買っていたのです。
そして、二年生の秋──『奪魂鬼』は見限られたのです。元より、他人に執着をするような質ではありません。
ありませんが、少しばかり胸が痛むのです。
痛む胸をどうにか、治そうと躍起になります。
ですが、一度。手の離された狗を拾うような学徒は身近に存在しませんでした。
そのまま、フラフラとフラフラとしていた 名無しの狗 に『復讐』『仇討ち』と称した暴力が振るわれます。
もちろん、抵抗をしました。できる限りの暗器を用いて抵抗します。ですが、多勢に無勢。数の暴力に敵うはずもなく。
戦闘の昂奮が解けた途端に動けなくなり。名無しの狗は……」
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〈過去の話②〉
▼時は遡り、二〇六三年の初冬。
ピッピッピッピッ…規則正しい電子音と呼吸器の音。
懍珪は、真っ白なベッドの上で横たわっている。同軍の中で起こった派閥争いの『実戦』で、重傷を負ったからだ。発見と処置が早かったお陰で命に別状はない。だが。もし、目を覚ましたところで……といった具合に凄惨な見た目になっている。
軍医「……もうココに来て二ヶ月。意識どころか、眠ったまま。もしかしたら、このままかもしれないね……」
(間)
▼そして、年越しまであと幾日とした師走。
相変わずの規則正しい電子音と呼吸器の音。
だが、懍珪の閉じられていたまぶたがゆっくりと開いた。その光景を目の当たりにした夜勤担当の軍医補佐生は、即座に軍医を呼びに走った。
軍医「張 懍珪くん、目が覚めたのだね」
▼ベッドの柵越しに軍医が声をかける。
懍珪は、コクッ…と頷いた。補佐生が、軍医に書類の挟まっているバインダーを手渡す。
軍医「それじゃあ、説明と質問をさせてもらうよ。きみは、黒の中で起こった内乱に乗じて暴行を受けた。間違いないね?」
▼元より懍珪の性質上、覚えていないことのほうが多い。
だが、事実確認は必要なことなのだろう。いくつかの問答を交わし、軍医がバインダーを補佐生に渡す。
そして、軍医は懍珪に告げる。
軍医「張 懍珪くん、まだ薬が抜けていないから感覚は鈍いと思う。今から、話すことは事実だ。
……きみは大切なものを失ってしまった。片腕と両脚の膝から下の部分だ。我々、軍医がもっとも優先すべきものは患者の命。きみに、生きていく気力がなくても救わなくてはならない。それは、どんなに優秀であろうとなかろうと医者である限り、変わらない心情なんだ」
軍医「理解してほしい」
▼軍医が、真剣な眼差しで告げれば懍珪の目が潤む。
懍珪は、目を静かに閉じてホロホロ…と涙を溢れさせる。
軍医は、やはり、受け入れられなかったか…と懍珪の泣き顔を見て、少しだけ嘆息した。だが、傍らに控えている補佐生には違って見えた。懍珪の涙に『ヨロコビ』を感じとったのだ。
(間)
▼目を覚ましてから三日後。
呼吸器が懍珪から外されたが、まだリハビリの課程にはうつれていない。
一応、この学園のシステムとして。四肢のどこかを欠損した学徒には義手や義足が贈られる。
懍珪M《……何も、ない。利き腕、なくなっちゃった……脚もどっちもなくなっちゃった……。なんか、変だ。布団の中、何もないの変なの……。変なのは、ボクのほうだ……。ボクが、いっぱい、たくさんの人を傷つけたから、もう傷つけられないようにカミサマが持って帰っちゃったんだ……。だから、ボクはもう……。》
▼何もすることもないので、ただ天井を見つめる懍珪。そのとき、個室の自動ドアが開く。
やって来たのは、学ランに白衣の学徒。懍珪が目覚めてから担当になった薬藤ツヅミ。軍医補佐生だ。
ヤクドー「懍珪ー、起きてるかー?カラダを拭く時間だぞー」
懍珪「ヤクドー」
ヤクドー「ほら、ベッド起こすからじっとしててなー。よし、次は服の前をひらいて。胸と首元から拭いていくからな」
懍珪「……ヤクドー」
ヤクドー「なんだー?」
懍珪「ボク、腕と脚はどうすればいい……?」
ヤクドー「そうだなぁ、技術部が製作に当たってくれてるけど時間はかかるだろうね。何せ、作ったからって関節に合うように調整したりするし」
懍珪「そっか……そうだよね……」
ヤクドー「心配するなって。この島の技術部は優秀らしいし、ちゃんとしたのができるよ。んで、カラダ拭くだけじゃなくて風呂も入れるようになるからさ」
懍珪「うん、お風呂……入りたい……」
ヤクドー「よし、気をしっかりな。……次、背中を拭くからなカラダの向きを──」
懍珪「ヤクドー、ごめんね」
ヤクドー「どうした、謝ったりして(手の動きを止める)」
懍珪「……ボク、人殺した。『たくさん殺した』。たぶん、そのなかにヤクドーの『大切な人』…いた……」
ヤクドー「誰から、そんなの聞いたんだ?」
懍珪「ここ、掃除にきてくれる人……」
ヤクドーM《あいつらァ、患者の前で余計な話を!ぜってぇ、とっちめてやる》
懍珪「だから、ごめん……、ごめんなさい……」
ヤクドー「懍珪。こっち向け」
懍珪「うーん、うーん。ヤクドー、ゆるしてくれない。顔みれない」
ヤクドー「いいから、俺を見な」
懍珪「ヤクドー…?」
ヤクドー「(困ったように笑う)……たしかに。俺は、暗部の『奪魂鬼』に妹を殺されたよ。妹は、この島を抜け出して普通に本土で暮らす女の子になりたいって言ってた。そして、逃げ出した。
《妹は、可哀想なやつだ。行く場所がないから、この島に来たのに、耐えられなかった……。》
運が悪かったんだ。一緒に逃げ出すことを選んだ相手もな。でも、『奪魂鬼』は死んだんだ。手綱がちぎれたことで。
だから、オマエはただの懍珪だ」
懍珪「ボク……?」
ヤクドー「そうだ。恨みつらみで、人が救えるもんか。妹を殺されたのを理由に恨んでたら、オマエが眠ってる間に毒を盛ってる。それをしなかった」
懍珪「寝てて、毒殺なら痛くないね…。どうして…しなかったの…?」
ヤクドー「どうしてって?
そんなの、オマエが、小さかったからだ。年齢こそ俺と変わらない…とは思う。
けど、処置のために覆面を外した途端に思った。
ああ、コイツは小さいって。自分の意思なんてなかったんだろうなって。……オマエの目が覚めてからさ。短い時間だけど言葉を交わしてきたろ?それで、気づいたんだ。こんな空っぽな人間を恨んでどうするって。恨んだって虚しいだけだろうって」
懍珪「ボク、ちいさい?からっぽ?」
ヤクドー「おう、小さいよ。これから、いろんなことを知って、培うことで成長して大きくなれ。その整った顔もさ。ちゃんと手入れしたら、もっと見栄え良くなるぜ?」
懍珪「みばえよく…。ねぇ…ヤクドー、ダッコンキはキミにゆるされたいの…。だから、ゆるして。ボクとダッコンキを、ゆるして」
ヤクドー「ははっ、おう。……俺はオマエを許すよ。懍珪」
▼薬藤の声音は、懍珪の心に温もりを生み出した。そして、流れるような動作で薬品で荒れた指先が懍珪の短く刈り上げられた髪を撫でる。
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◇現代(2080年)──共同使用棟 3階フロアの休憩スペース
▼激務と心労が祟って、人相が悪くなった総司令長の補佐官である小埜路を気遣い──いや、マイペースで圧倒して──仮眠の膝枕役を買って出た墓守。
墓守「……それから、張 懍珪の学園での新しい過ごし方が始まったのです」
小埜路「たしか。学園の創設当時は、欠損部分を補う機器……いや、義手や義足に慣れるまでは学園に滞在して良い決まりだったな」
墓守「ええ、そうです。だから、懍珪も最初こそ痛みに耐えきれずに、癇癪を起こしてヤクドーに八つ当たりしたものです」
小埜路M《義手や義足か…。前線を知らない私は、お陰で五体満足だ。それが、生身ではない作り物での生活…。想像の域を出ないな…》
墓守「補佐官。そろそろ、話をやめて静かにしましょうか?」
小埜路「いや、やめないでくれ。……貴官の声は何だか、落ち着いて聞いて居られる。私は横になって目をつぶっているだけでも楽になれるからな」
墓守「そうですか。わかりました。……あ、ちょっと水分補給をしたいので離席しても?」
小埜路「む?ああ、そうか。すまん。貴官の脚の上だったな。つい、声と同じく馴染んでしまった」
墓守「あぁ、起きられなくても結構ですよぉ?」
小埜路「いや、痺れてしまったのだろう?人ひとりの頭だから重かったろ、すまんかったな」
墓守「はは〜、さすが目敏いですねぇ」
▼小埜路はカラダを起こし、アイマスクをベンチの座面へ置いて立ち上がる。そして、休憩スペースに設置してある自販機の前に立つ。
小埜路「なにがいい?世話になってる礼だ」
墓守「では、ブラックコ(ーヒー)」
小埜路「(被せて)カフェオレだな。貴官、ニガいのは苦手なのだろ?」
墓守「おや、もう覚えられたのですか」
小埜路「さすがにな。貴官が生い立ちの話をしているときに、コーヒーに砂糖と粉ミルクの瓶で味を変えていただろ?」
墓守「ふふふ…さすがですねぇ。……本当は、見栄ですよ。三十路もこえた大人がブラックコーヒーが苦手とは言えないもので」
小埜路「別に、いくつになろうと好き嫌いはあるだろ。……なぜ、ブラックコーヒーを飲もうとする?」
墓守「……ただ、慣れようとしているだけですよ」
小埜路「そうか。ほら、まずは水を飲んでから甘いのをとったほうがいい」
墓守「おや、水まで。ありがとうございます」
▼小埜路は、墓守から拳ひとつ分だけ離れて座る。
さすがに二度寝をする気になれないのか、アイマスクも墓守へ返した。そして、焙じ茶の缶をあおる。
小埜路「思ったのだが、話にでてきたヤクドーというのは黒軍にいる駐在軍医の……」
墓守「ええ、あってます。ヤクドーは、黒の軍医をされてる薬藤ツヅミ中佐です」
小埜路「だが、貴官と薬藤中佐は……」
墓守「はい、知ってのとおり。ワタシと薬藤軍医は仲違いをしています。……というより、ワタシが一方的に避けているのです。お恥ずかしい話。過去に何より囚われてるのはワタシのほうだ」
小埜路「……なぜ、仲違いをしたのか訊いてもいいか」
墓守「構いませんよ。……言ってしまうなら。
ヤクドーは、ワタシにとっての太陽だったのですよ」
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〈過去の話③〉
▼二〇六四年の如月。
懍珪は傷も癒えた時点で、病棟を退院した。
その後は、欠損部分を補う機具に慣れるリハビリで、どんなに拗ねようと怒り散らそうと受け止めてくれる薬藤が傍に居た。そんな、無償で与えられる 温もり に最初こそ戸惑い。意味がわからないと喚き散らすこともままあった。
だが、互いに時間を共にすることで懍珪から心を開いていった。
ヤクドー「知っているか、懍珪」
懍珪「なに?」
ヤクドー「俺と、懍珪が仲良いのが羨ましいと思う奴らがいるそうだ」
懍珪「……なんでかな」
ヤクドー「なんでだろうな」
懍珪「でも、ボクはヤクドーと居られて、うれしいよ?」
ヤクドー「ははっ、俺もさ」
◇とある日/野外 訓練場
ヤクドー「懍珪!俺のとこまで走ってみろっ!」
懍珪「はいっ…!……ハッ、ハッ、ハッ、ハッ!はっえっ、わぁっ!!」
ヤクドー「おっとっと!(懍珪を受け止めて)ははっ、こけちまったな。まあ、でも走って来れたしな。エラいぞ。(撫でる)」
懍珪「うゆっ……えへへっ…」
ヤクドー「よし、あと歩行訓練を三セットしたら、指先の訓練に戻るぞ」
懍珪「はいっ」
▼懍珪が退院してからは、薬藤の日程が空いてる日や時間に二人きりでリハビリを続けている。
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墓守N「懍珪とヤクドーは、実のキョウダイに見間違えるほどに仲良くなりました。ヤクドーが時間の合う日には必ずと言って、懍珪のリハビリの補助役を買って出たのも仲良くなる理由の一つでした。時間が二人を近づけさせたのです。
ですが、懍珪のリハビリ課程の残り数が少なくなっていく度に。
懍珪が駄々を捏ねたり、癇癪を起こすことが増えていきました。そして、ヤクドーもリハビリの残り数が少なくなっていくと態度が変わっていきました。暗い表情をして、タメ息が増え、どこか上の空なことが多くなりました。
さすがに、他者への興味が薄い懍珪でも気が付きます。
ついに、訊ねました。ヤクドーと過ごせるリハビリの課程が残り五回となった頃合いにです。
どうしたのかと、なにか隠しているのかと。
休憩がてらベンチに二人で腰をかけて、他愛ない話をしている流れで訊ねました。ヤクドーが、何かを困ったような表情で懍珪の肩まで伸びた髪に触れて、言うのです。」
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〈過去の話④〉
ヤクドー「なあ、懍珪。もし、もしな。この島に残れるといったらどうする?……もちろん、オマエが望むならだ」
懍珪「この島に、いたら、ヤクドーはいてくれる?」
ヤクドー「……いや。俺は一度、離れなきゃ行けない。ただ、この島に戻って来たときに、知り合いが居ないんじゃつまらないとは思う」
懍珪「《つまらない…それは、さびしい…。》
……じゃあ、ボクは残るよ。ヤクドーが島に帰ってきたときに、真っ先に オカエリ って言ってあげたいから」
ヤクドー「懍珪…。でも、いつになるか分からないぞ?」
懍珪「いいよ、それでも。ボク、どうせ島を出ても本土に居場所なんてない。オカエリって言ってくれる人なんていない」
ヤクドー「ハハッ…!オマエには、敵わないなぁ…」
懍珪「えっ?なにが?」
ヤクドー「何でもないさ。……よし!じゃあ、残りのリハビリは真面目にやろうな。本当にキツくなったら駄々を捏ねたっていい」
懍珪「それは、ごめんなさい…。
リハビリが終わったら、島から出なきゃ行けなかったから…。そうしたら、ヤクドーとも会えなくなちゃうのイヤだったから…」
ヤクドー「俺もさ。
この島にオマエが残るって言わなきゃ軍医からの頼み事は忘れるつもりだったんだ」
懍珪「頼みごとってなーに?」
ヤクドー「懍珪。オマエが、この島に残る条件。それは……」
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墓守N「『実戦』への復帰が困難と判断された学徒には、退学の二文字しか選択がありません。そして、懍珪もリハビリの課程が修了したら、島から出なきゃ行けない。それが、通例でした。
ヤクドーは、ヤクドーで悩んでいました。
ヤクドーは第一期生でありつつも、入学の時点で年齢が高かった為に救護班からすぐに軍医補佐生としての職務を行ってきました。つまり、高等部の課程が修了後。二〇六四年の卯月には島から離れることが決まっていたのです。
彼の悩みは至極、簡単でした。
手放すにしては、自立精神がまだ低すぎる懍珪を見放せない。
そんなヤクドーの悩みを理解した当時の軍医は、頼み事をしたのです。
当時の軍医からの頼み事を、ヤクドーは懍珪に島へ永住する条件として教えました。それが『雑務部』の前身となる集まりなのです。
基礎となる土台を作ることが大変でした。
周囲からの偏見と抑圧に耐えなきゃいけない日々に心が折れそうでした。ですが、ヤクドーが島を離れる日に約束したのです」
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懍珪「やだっ、やだよっ……ヤクドー…!」
ヤクドー「泣くな、懍珪。オマエに泣かれると決心が鈍るだろ?」
懍珪「でも、やっぱり!ボク、ヤクドーとはなれたくないっ!」
ヤクドー「懍珪……」
懍珪「いかないでっ…ヤクドー…」
ヤクドー「懍珪、約束してくれただろ?俺が戻ってきたときに、迎えてくれるって。」
懍珪「うぅ……そうだよ…。約束、した…」
ヤクドー「だろ?だから、泣くな。せっかくの美人が台無しだ」
懍珪「ヤクドー……ギューして」
ヤクドー「おう。いくらでもしてやる。ほら、おいで」
懍珪「うんっ」
ヤクドー「なあ、懍珪。俺、ちゃんと戻ってくる。戻ってくるからさ。そんときには、オマエが立派になっている姿を見せてくれ。
そんで、オカエリって言ってくれるんだろ?なあ、懍珪」
懍珪「うんっ、うん…!ちゃんと、言う!だからっ!」
ヤクドー「おう」
懍珪「いまは、いってらっしゃい…!」
ヤクドー「ははっ、ありがとう。……行ってくる」
▼薬藤の大きな掌が、懍珪の頭をぐわしっぐわしっ…と少しだけ乱暴に撫でた。懍珪の涙が止まって、精一杯の笑みへ変わっていた。
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墓守N「太陽を思わせる眩しい笑顔。
ヤクドーとの日々を思い出すだけで、心が 温もり に溢れて、折れずに済みました。
周囲に『雑務』を担当するものの必要性を理解させるのに、二年の歳月を要しました。ですが、そんな辛い日々があったからこそ、今の『雑務部』があるのです。
本土に居場所がない、帰る場所なんてない。『実戦』への復帰が不可能とされた者たちの終着点。それが『雑務部』です」
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〈過去の話⑤〉
▼薬藤ツヅミが、島を離れてから六年目。
二〇七〇年の卯月。
懍珪を 懍珪 と呼ぶものは、居なくなっており『墓石彫りの人』『火葬担当』『棺運びさん』などと呼ばれており。
いつしか 墓を作っているし、手入れしてくれているから墓守先生 と呼ぼう。そう、誰かが言い出したことをきっかけに。
墓守は、墓守と呼ばれるようになっていた。次第に、教職としての籍と管理職としての立場も手に入れ。
技術者として認められた墓守の階級は大尉になっていた。そんな桜が舞う時季。
下士官C「なあ、聞いたか?」
下士官D「聞いた。『イワテ戦線の英雄』と謳われた軍医が、黒軍の常駐軍医として着任するんだろ」
下士官C「そうそう。軍医にしては、傷持ちだけど。あれこそ、男の証。えっと……たしか、名前が薬藤ツヅミ中佐……」
墓守「本当ですか!!」
下士官D「うわっ、墓守先生っ」
下士官C「墓守先生。薬藤ツヅミ中佐と、お知り合いなのですか?」
墓守「ええ!その話が本当なら、ワタシの旧知の人だと思うのです!」
下士官D「ああ、それはめでたい」
下士官C「薬藤ツヅミ中佐は、正門広場の管理棟で手続きを受けているかと思われますよ?」
墓守「わかりました!ありがとうございます!(走り去る)」
下士官C「はぇー…すっげぇ…。あんな嬉しそうな墓守先生は、初めて見た」
下士官D「ああ。愛想笑いじゃないと尚更、別嬪なのが分かるな」
▼墓守は、走って走って正門広場へ辿り着く。
そして、辺りを見渡す。
お目当ての相手は、すぐに見つかった。満開に咲き誇る桜の大木の下。別れた日より落ち着いた雰囲気を纏って頬に、大きめな縦傷を残した薬藤がタバコを吸いながら立っていた。
墓守「あっ……!ヤクドー!ヤクドー、おかえりっ!!」
▼嬉しさの余り、走り寄る墓守。
走って、勢いを持ったまま薬藤へ抱きついたのだ。
満面の笑みで、薬藤の見上げる墓守。だが……
ヤクドウ「はっ?おい、なんだよ。離れろ。(墓守を押し退ける)」
墓守「えっ……?」
ヤクドウ「え、じゃないだろ。オマエ、誰だよ」
墓守「や、ヤクドー?なんの、冗談だ?」
ヤクドウ「冗談ってなんだよ。オマエ、ここの教職か?何なんだ、その態度。初対面に向かってす──」
▼乾いた音が正門広場に響く。
墓守は、唇を噛み締めて強く、強く思いを込めた平手打ちをお見舞した。
ヤクドウ「オマエッ!何してくれんだっ!!」
墓守「何してくれんだってのは、ワタシのセリフだ!!なに、忘れてんだよっ!!人が、どれほど待ちわびてたかっ!!」
ヤクドウ「待ちわびてたって……」
▼口の端から血を流しながら薬藤は、目を白黒させる。墓守も、泣いたら負けだと分かっている。
分かっているからこそ、声を張り上げて胸の内を告げる。
墓守「待っていたのだ…。ワタシは、待っていたのですよ…。ヤクドー…!」
ヤクドウ「(ため息)オマエ。大丈夫か?記憶が混合しているなら、相談にのるぞ?」
墓守「ッ!?このっ、ヤクドーの大馬鹿モノっ!!(腹部へ膝蹴り)」
ヤクドウ「ァガッ……!」
墓守「約束した相手に向かって、いうことがそれか!!十年経ったら昔のことだと笑えるさ!けど、まだ六年だ!それでも、六年待った!あの約束を忘れるような薄情者は!この島から出てけっ!!……このっ!肺が、まっくろくろすけ!!」
ヤクドウ「あ、待てっ…オマエッ、顔っ、覚えたからなっ!」
▼墓守は、子供じみた捨て台詞を残して走り去った。
墓守にとって、最悪な再会であったし。薬藤にとって、初対面のやつに向かって、なんて狼藉を働くやつだ…という食い違い。
このあと、桜の大木の下で、動けなくなっている薬藤を構内巡回していた下士官たちが見つけ、助けられたとか。
墓守の薬藤に対する暴力行為は、赴任早々の騒ぎとして一時期、学園内で話題だったのは言うまでもない。
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◇現代(2080年)──共同使用棟 3階フロア
▼休憩スペースで、時間を共にしている墓守と小埜路。
小埜路は、墓守から打ち明けられた過去の話になんとも言えない感情に襲われ、焙じ茶をすすり飲んだ。
墓守「と、まあ。ワタシも、若かったですから」
小埜路「ああ、まあ。そうだな。どちらが悪いとも言えない話だったな」
墓守「ええ、そうなんです。だって、薬藤軍医は、故意に忘れたわけではなくて不慮だったのですから」
小埜路「……不慮ね。たしか、私が見た記録だと。
『乗艦中に防衛行動開始、迅速な行動で負傷者を救助するものの、飛来物に接触、脳に深刻なダメージを受けた』……だったよな?」
墓守「よくご存知ですね。正解です。
……だから、その事実を知ったあと、すぐに謝りに行こうとしたのですよ。ですが、薬藤は あんな乱暴者の謝罪なんかいるか! と怒鳴ってて」
小埜路「あー…、発言が荒々しいな…。薬藤中佐もお若かったんだな……」
墓守「ワタシも、ヤクドーが拗ねたら面倒なタイプだと理解していた分、もう潮時なのだろうと察して……それっきりですねぇ」
小埜路「でも、たしか。ここ一年半の間で、薬藤中佐のほうからアクションがあったのだろう?」
墓守「補佐官。あれは、アクションなのではなくて、ストーカー行為というのですよ。そして、軍務の妨害です」
小埜路「あー、そうか。すまん。そんな、あからさまに嫌な顔をするとは思っていなかった」
墓守「……一度、ケジメをつけたからには、ワタシとしては薬藤軍医と仲良くする必要もないのですよ。彼の、記憶が戻ったにせよ、戻ってないにせよ」
小埜路「墓守大尉…」
墓守「さあ!しんみりしてしまいました!暗い話はここまでとしましょう」
小埜路「ああ。貴重な話をありがとうな」
墓守「いいえ。ワタシも、お時間をお借りできてよかったですよ」
▼墓守は、ニコッ…と微笑んで右足に義足をつけ直す作業に入る。小埜路も、缶に残っている焙じ茶を飲みきった。
小埜路「……よしっ、午後の職務に戻るかなっ」
墓守「ふふふ、少しだけですが。目つきがよくなってますよ」
小埜路「おお、そうか。墓守大尉、世話になった」
墓守「いいえ。お気になさらず。……あ、そういえば」
小埜路「ん?なんだ」
墓守「小埜路補佐官が、お昼に食べれてた丼って……」
小埜路「ああ、あれか?あれは、大食いの奴らには大人気メニューの『特盛!トントン豚丼』だ」
墓守「トントン豚丼?」
小埜路「おう。豚肉のステーキ焼きのトンテキ、玉ねぎと豚肉のしょうが焼き、卵とじにされた豚カツの豚肉を使った三品を贅沢に乗せた丼だ」
墓守「oh……、内容を聞いただけなのに胃もたれが…」
小埜路「む?食わず嫌いは感心しないな」
墓守「ワタシ、やっぱりウドンでことが足りますね」
小埜路「そうか。まあ、また時間が合うときにでも相席をしてくれ」
墓守「ええ、それはワタシのほうからもお願いします」
小埜路「ああ、それじゃあ。またな」
墓守「はい、また。いずれ」
▼墓守の優しげな笑みに見送られて、小埜路から休憩スペースを立ち去って行った。
墓守は、まだ義足のつけ直しが終わっていないのかベンチに再び座った。
墓守「ふふふ、若々しいですねぇ…補佐官は…」
薬藤「よう、随分と補佐官クンと仲睦まじかったな」
墓守「なっ……、薬藤軍医…。……失礼。ワタシは、このへんで──」
薬藤「おっと、逃げんなよ」
墓守「逃げる?誰がですか(キッ…と睨む)」
薬藤「《美人が睨んできても、見栄えがいいだけなんだよな》……逃げるってのは語弊だったな」
墓守「薬藤軍医。アナタ、何をおっしゃりたいのですか?」
薬藤「何でもねーよ。……つーかよ。別に、オマエを取って食おうなんざ思っちゃいねーわ。ちょっとくらい相席させろ」
墓守「(タメ息)わざわざ、共同棟の休憩スペースにいらっしゃるとは。余程、暇なんですねぇ?」
薬藤「ハハッ、相変わらずか突っかかってくるなぁ?俺が、暇してるってことは平和と同義よ」
墓守「ふん、そうですか…。
《息が詰まる。なんで、ワタシはこうも素直になれないでしょうか…》」
薬藤M《ああ、コイツは今日もキレイだ。一目見たときからキレイだと思ってる。……せっかく探して、ここまで休憩しに来たってのに、まったくと言っていいほどに落ち着かねぇ……。》
▼向かい側に腰を下ろした薬藤に対して、墓守の態度はツンケンと素っ気ない。薬藤が、自販機から買った缶のブラックコーヒーを飲み出す。休憩スペースの中に漂う芳ばしく苦い香り。
墓守は、少しだけ寂しさを滲ませた。
小埜路に見栄だと言ったが、ブラックコーヒーを飲めるようになりたいのは、薬藤の存在をなぞっている。
そんな事実、墓守は口が裂けても言えない。
休憩スペースに沈黙が漂う。今日も、薬藤と墓守のひらいてしまった溝が埋まることはない…。
(間)
小埜路M《あれ、そういえば入れ違いで、薬藤中佐がいらっしゃってたな。挨拶せずに過ぎてしまったが……墓守大尉は平気だっただろうか?》
小埜路「というか、今日の業務はあの甘草隠岐の襲来もなく終わったな。……薬に頼らなくて済んだのは、墓守大尉のお陰か…?」
▼ひとりっきりの執務室で、書類の束を前にボヤく。
仕事の鬼であり、苦労人の小埜路 禅治。
彼の受難は今後も続いていく。がんばれ、若き補佐官!
台本初回掲載 2020年4月19日(日)
台本再掲載 2021年7月20日(火)