王子の御触れと予想外の事態。(後編)
『時間切れだ! チェレネントラ!』
ーーー分かってる。
精霊の力は、夜半を過ぎると急速に落ち込んでいく。
霊装が解けるまでにはもう少し時間があるが、スーリエの幻影魔法がなければ城の警備を抜けることは出来ない。
来る時も同じように、自分を門番に来賓と誤認させて赴いたのである。
ゴォン、と二度目の鐘が響く。
相手の剣をいなして弾いた後、チェルは大きく飛び退って手すりの上に立つと、そのまま後ろに倒れ込み……空中に身を投げ出す。
すると青い仮面の奥で、アズールが大きく目を見開いたのが見えた。
※※※
ーーー落ちた!?
ポツポツと火が灯るだけの街と月を背景に、ゆったりと白くきらめきながら落ちていく灰仮面。
その姿が手すりの向こうに消えるか消えないか、というタイミングで、アズールは駆け出して下を覗き込む。
すると、裏門から続く半円の広がりを見せる石段に着地した彼女が、こちらを見上げていた。
この高さから落ちて無事で済むということは、確実に、かの強力な剣の精霊に力を借りているのだろう。
「待て、ゼ……!」
ゾッラ、と呼びかけて、アズールは済んでのところでこらえた。
どれだけの間、彼女と舞っていたのか考えてはいなかったが、部屋の中にいる者たちがこちらの様子に気付いていてもおかしくはない。
今、大声で呼びかけてしまえば、彼女の正体がバレる危険があった。
そこで、三度目の鐘が響き、お互いに声が届かなくなる。
灰仮面は、スッと握った双剣の片割れを持ち上げると、石段に突き立てた。
そのまま素早く、闇に身を躍らせて消える。
即座に身を翻したアズールは舞闘会場の中を駆け抜けた。
何が起こったのか、とざわめく者たちの声を背に、石段を一直線に目指すと、剣はそのままそこに残されている。
以前、師に見せてもらった〝硝子の双剣〟に相違ない。
剣の柄には滑り止めの革が巻かれ、柄の後端で結ばれた余りが吹き抜ける風に揺れていた。
「……」
近づいて柄を握ると、引き抜く。
ひどく重く、思わず剣の腹をもう片方の手で支えた。
灰仮面は軽々と操っていたが、まともに振るえる代物とは思えない。
『双剣は、遣い手には羽のように軽く、そうでない者には巨岩のように重く感じられるのです』と、師は述べていたが、そういうことなのだろう。
鐘が鳴り響く中、王子の様子を貴族らから聞いたのか、兵を率いた近衛たちが駆けつけてくる。
「殿下! 何事ですか!?」
「灰仮面が姿を見せた。もう逃げたが」
剣を眺めながら応えたアズールに、近衛隊長が驚愕の気配を見せる。
「王城にまで……!?」
「勝気で大胆、神出鬼没。精霊の化身かも知れないな」
「軽口を叩いている場合ですか!」
笑みと共に答えてやると、近衛隊長が焦った様子で『探せ!』と部下に命じる。
そこでふと、アズールは気付いた。
巻かれた滑り止めの革に、何かが書かれている。
「それは?」
「灰仮面の残したものだ。見覚えがないか?」
「まさか……〝硝子の双剣〟……!?」
「ああ」
「……お預かりしても?」
と、尋ねてくる近衛隊長に、アズールは片眉を上げて軽く柄を差し出してやる。
すると、こちらが手を離した瞬間、彼は剣を抱いたまま動けなくなった。
「う、ぉ……!?」
「預かれるなら、どうぞ。無理だろう?」
アズールは軽く笑い声を立ててから、近衛隊長から剣を取り上げて助けてやる。
「よ、よくそんなものを軽々と……」
「お嬢様の落とし物だ。私が大切に預からせて貰おう」
まがりなりにもアズールが持てるのは、祖母にトレメンスの血が混じっているからだろう。
ーーーゼゾッラ。
彼女自身を抱くように、優しく剣を支えながら、アズールはどうするべきか考える。
柄の革に刻まれていたのは、ゼゾッラからの伝言だった。
「隊長、この剣を持てる者を探し出すように触れを出せ。そして私の前に連れて来るんだ」
「忍び込んだ賊ですから、捜索はさせますが……一体、何のために……?」
「彼女が、私が生きてきた中で一番、心地よく舞えた仮面舞闘士だからだ」
アズールは、近衛隊長に向かって片目を閉じる。
「彼女を私の嫁として迎え入れる。父上にもそう伝えておけ」
「ハッ……………はぁっ!?!?」
多分ことの成り行きを聞けば、父は状況を悟るだろう。
現王は、アズールが師と並んで敵わないと思わせるだけの能力の持ち主だ。
あんぐりと口を開ける近衛隊長を放っておいて、アズールはどこか弾む気持ちを抑えながら、剣を置くためにさっさと自室に向かって歩き出した。
※※※
城内に向かう王子を、テラスから眺めていると。
「……まずいことになったな」
横に立つ公爵、デュークが、苦渋の色を顔に浮かべて、ぽつりと呟いた。
王子と灰仮面が舞っている……そうスオーチェラに伝えて来たのは、アナスタシアだった。
周りの者たちがざわめきながらこちらに目線を向けているのを感じる。
「なぜ〝硝子の双剣〟がここにある」
「さぁ。わたくしには分かりかねます」
実際に、スオーチェラには分かりかねる。
「ですが、喜ばしいことでは? 双剣に選ばれし者が現れたということは、晴れてクレメンス家の家督を正式に継ぐ者が現れたということです」
「……戯れ言を」
スオーチェラは、こちらをジロリと睨む公爵と目線を合わせなかった。
怒りを噴出させ、本音を言い合うにはこの場は人目があり過ぎる。
「わたくしは、そろそろ失礼いたします。もう舞闘会どころではなさそうですし」
「……明日、屋敷に行く」
「ご自由にどうぞ」
スオーチェラは、眉根を寄せて顔をしかめている二人の娘にうなずきかけてから、嗜めた。
「淑女がそのような顔をするものではありません。表情から物を悟らせるのは、三流の振る舞いです」
「はい」
「……申し訳ありません、お母様」
デュークの痛い視線を感じながら、スオーチェラは場を辞した。
※※※
ーーー翌朝。
「うまく行った、と思ったんだけどなぁ……」
少し派手に立ち回りすぎたのかもしれない。
家に帰っていつもの身支度を整え終えて布団に潜り込んだギリギリの時間に、義母らが帰宅した。
そのまま、ドアを開けてこちらの様子を確認した義母は言葉を交わすことすらなく、有無を言わさず部外から鍵を掛け……ご丁寧に、ドリゼラの精霊魔法で窓まで開かないようにされていた。
そこで、丁度外を見にいかせていたスーリエが帰って来たらしく、声を掛けてくる。
『だから言ったじゃない。後悔してるの?』
「そんな訳ないでしょ」
少なくとも、アズールに伝言を預けることは出来たのだ。
これからどういう方向にかは分からないが、事態は確実に動く。
「どうだった? 外の様子」
『どうもこうもないね。街は大騒ぎ、君の噂で持ちきりだ』
「そりゃそうよね。王城に賊が忍び込んだんだし」
『そうじゃないよ』
スーリエは、説明してくれた。
どうやら王子が朝一で御触れを出したらしい。
いわく『国中の、成人間近の娘を全て集め、ある剣を振るえた者を妻とする』と。
「……ど、どういうこと!?」
『知らないよ。お触れを出したのはボクじゃないし』
それはそうだけど。
チェルは本当に予想外の方向に動いた事態に、うーん、と唸った。
アズールに灰仮面がゼゾッラだと気づいてもらうこと、伝言を受け取ってもらうことまでは予定内の出来事だ。
彼とせめて打ち合える程度に舞うために、情報を集めるだけでなく舞闘会で手合わせを重ねていたのだから。
だが、まさかアズールがそんな形で国に広めるとは思っていなかった。
彼に伝えたことは二つだけだ。
〝硝子の双剣〟の真の名と、剣聖の死には疑いがあるということ。
ゼゾッラが望んだのは、自分の状況の改善ではなく、父の死の理由を探り犯人を暴くことだった。
精霊は、真名を知れば声を聞くことが出来る。
片割れが城にあれば、そっちまで飛んでいけるので、閉じ込められてもスーリエに間を繋いで貰えればいいとは思っていたのだが。
『ていうかそもそも、色んな人に剣を見られたっぽいね。演出し過ぎたんじゃない? 状況に酔ってたの?』
「う……」
確かに、久しぶりにアズールと踊れて舞い上がってはいたかもしれない。
ーーーお義母様が剣を目撃したのなら、昨夜の対応も納得ね。
と、思っていたら、誰かが歩いてくる気配を感じて、チェルは口を閉ざす。
足音は二つ。
一つは聞き覚えのある義母のものだが、もう一つは分からなかった。
カチャリ、と音を立てて鍵が開くと、相変わらず冷たい目をした義母が姿を見せる。
「あの、お義母様……」
「どうやら貴女の勝手が目に余るようですので、こちらも策を講じることに致しました」
「えっと、何のお話なのか……」
視線を泳がせないように気をつけたが、義母は無視して後ろの人物にうなずきかける。
汚れてはいないが、質素な身なりをして大きめのフードを目深に被った人物だ。
腰に剣を佩いている。
「あの、その方は?」
「貴女の監視役です。もし部屋から出れば斬り捨てるように命じてありますので、そのつもりで」
「……!? な、何のために!?」
「ある御触れが出ましたので。その対策です」
義母は、チェルを王子に会わせないつもりなのだ、と理解する。
御触れが出ている間、ずっと部屋の中に閉じ込めておくつもりなのだ。
「えっと……殿方と二人で部屋に篭り続けるのは、さすがに少しご遠慮願いたいのですが……」
「チェレネントラ。貴女にそのような選択権があるとでも?」
ピシャリと言われて、チェルは小さく首をすくめる。
ーーー参ったなぁ……。
四六時中一緒にいられては、スーリエと話すことも出来ない。
義母が再び鍵をかけて退出すると、チェルは考え始める。
監視役らしき剣士は、部屋の隅に向かうとひっそりとその場に佇む。
どうやら会話をする気はないらしい。
アズールが伝言を受け取って、その中身をどう考えたかは分からないが、義母が動きを牽制する手段を講じたということは、何か彼女にとってまずいことが起こっているのだ。
つまり、チェルの居場所がバレたら困るような事態が。
それはきっと、自分の行動によって〝硝子の双剣〟がまだ存在していること、それを操れる者がいること、が露見したから。
お父様の命を奪おうとした者が、動き始めたのか。
あるいは、それを義母がやったとバレることを恐れてのことなのか。
チェルは、部屋の隅にあるお手洗いに立つフリをして、なるべく小声でスーリエに命じる。
「……誰かがお屋敷に訪ねて来たら、教えてちょうだい」
返事はなかったが、多分聞こえたはずだ。
少し間を置いて監視役のいる部屋に戻ったチェルは、彼に話しかけた。
「ねぇ。御触れっていうのの内容を教えてもらえない?」
監視役は、沈黙したまま答えない。
だが、チェルはめげずに話しかけ続けた。
話の内容は何でもいい。
彼が質問に答えれば、それを糸口に会話を続けて、気を緩めて。
ーーーどうにか、味方につけれたら、良いんだけど。
※※※
スオーチェラが居間に戻って今後の対応を考えていると、しばらくしてドリゼラが現れ、声をかけてきた。
「お義母様。叔父様がいらっしゃいました」
「気忙しいこと」
翌日に訪ねると告げて、本当に来ようとは。
あの男には、堪え性というものが相変わらず足りないようだ。
「お通しするように、伝えなさい」
「はい」
「それと、私と貴女の杖を。アナスタシアにも剣を佩くようにと」
スオーチェラの言葉に、ドリゼラは表情を引き締めてうなずくと、侍従に言付けてから足早に奥に向かう。
「朝早くからご足労ですね。ご用件は?」
「昨夜のことに決まっているだろう」
どうやらあまり寝ていないのか、目の下に隈を薄く浮かばせたデュークは、少し苛立った様子で言った。
「その後、王家から通達があった。『来年に成人を迎える娘を集めよ』とな」
「そのようですわね。ですが、わたくしの娘は二人とも成人しております」
そう答えると、アナスタシアとドリゼラが言いつけ通りに得物を手にして入室する。
スオーチェラが娘から杖を受け取るのを見て、デュークがますます眉根を寄せた。
「あくまでも、とぼけるつもりか?」
「何をです?」
「チェレネントラはどこにいる?」
「……」
デュークが口にした名前に、スオーチェラはキュ、と小さく唇を引き結んだ。
※※※
『……デュークが来たみたいだよ』
スーリエの言葉に、沈黙する監視役に話しかけ続けていたチェルは焦りを覚えた。
あの二人が会うのなら、何を話すのか聞きに行かねばならない。
元々さほど我慢強いほうではないチェルは、何も答えない監視者に対して思わず声を張った。
「さっきから無視してないで、せめて何とか言いなさいよ!」
すると監視役は、少しだけ肩を動かした後。
なぜか、堪えきれなくなったように、プッと吹き出した。
「何がおかしいのよ!?」
「いいや、君と何かをする時に根負けはしなさそうだな、と思ってさ」
「何ですって!?」
いきなり失礼な口調でそう言われて、カッと頭に血が上ったが、彼の笑みまじりの言葉に、驚きを感じて怒りが吹き飛ぶ。
「君は、スオーチェラかデュークが、自分の父君を殺したと疑っているのかい?」
「……!?」
何故。
この監視者は、まるで自分の素性を悟っているかのような物言いをするのか。
義母が明かした?
でも、あの人が信用してそれを明かすような人間なんて、思いつかない。
チェルが絶句して目まぐるしく考えていると、監視者はまるで宥めるように手を上げた。
「そんなに驚かなくても良いじゃないか。そう考えていたのは君だけじゃない」
監視役は言いながらスタスタとドアに向かって歩き、無造作に、懐から鍵を取り出した。
そしてカチャリと音を立てて鍵穴に差し込み、あっさりと錠を解く。
「……え?」
「二人の話を聞きに行くんだろう? 彼らが何を話すのかは、私も興味がある」
ぽんぽん、と腰の小ぶりな剣を叩いた監視役は、軽く引き抜いて、こちらにその刀身を見せた。
「え……?」
陽光に照り返るそれは、硝子のように透き通っている。
「【シンデレラ】。それがこの剣の真名なんだろう?」
ーーーまさか。
監視役の正体にチェルが思い至ってぽかんと口を開けると、彼は言葉を重ねる。
「以前、我が師が言っていたんだ。『その名を知る者が苦境にあれば、どうか助けてやって欲しい』ってね」
監視役がぱさりとフードを脱ぐと、そこに現れた青い髪とイタズラに成功したような嬉しそうな笑顔に、チェルは思わず口元を両手で覆った。
「アズール様!?」
「変わってないようで何よりだね、ゼゾッラ」
「ど、どうしてここが分かったの!? それに、どうやって……!?」
「少し落ち着いて。さぁ、深く息を吸って、吐いて」
言われるままに深呼吸をしたチェルに、満足そうにうなずいたアズールは、理由を教えてくれた。
「ここが分かったのは、君の名前を聞いたからだ」
「いつ?」
「君と舞った、昨夜にね。剣の真名を知る者には、精霊の声が聞こえる。君の今の名前を、精霊がわざわざ呼んでいたじゃないか」
「あ……」
確かに、十二時の鐘が響いた時に、スーリエが名前を呼んだのだ。
「そして先日この屋敷を訪ねた時に、スオーチェラが君の名を口にしたからね。精霊はそれが分かっていたはずだ」
「でも、あの時はまだわたしは、剣の名を教えてなかったのに……?」
「だから、私はもっと昔に剣の真名を聞いていたんだよ。君のお父上からね」
「あ、そっか……」
「だから剣の精霊は、あの時君の名を口にしたんだと思うよ」
「そうなの? スーリエ」
『そりゃ、パドーレに名前を教えるのを許したのはボクだし、その場で聞いてもいたからね』
あっさりと認めた精霊に、チェルは思わず叫んだ。
「だ、だったらもっと早くその事を教えなさいよ!!」
『ボク、君がアズールに会って何をしようと思ってたのか知らなかったし。聞かれれば答えたよ』
何がどうなってるの。
思わず額に手を当てたチェルに、アズールはチラリと廊下に目を向ける。
「さぁ、話すのはこれくらいにして、真実とやらを確かめに行こう。君との嬉しい再会を祝してね。……お手を、我が愛しい人」
優しい笑顔でアズールが差し出した右手とその顔を見比べてから。
チェルはおずおずと、その手の上に自分の左手を乗せた。
※※※
「王子が探しておられるのは、ゼゾッラだ」
デュークが、厳しい表情のまま淡々と言葉を重ねる。
「彼女の遺体は見つからず、この家にはしばらくしてから、同じ年頃の侍従が現れた」
「そのような庶民の娘はごまんとおります」
「分かっている。だが、それを知って無関係だと見逃す者は少ない。必ず誰かが勘ぐる。……それが王家だった時、同じ申し開きが通じると思うか?」
「その前に、あの子を貴方に引き渡せと?」
「……」
スオーチェラは、トン、と絨毯を敷いた床を杖の先で叩く。
「そこまで仰るのなら、わたくしの答えをお教えいたしましょう。……ゼゾッラがわたくしの目に適うまで、と、パドーレ様は仰いました」
はっきりとその名を口にすると、デュークが視線を泳がせる。
「まだ、適ってはおりません。それが答えです」
スオーチェラは、杖を持ち上げて頭と根本を握ると、軽く捻る。
キン、と音を立てて留め金が外れると、仕込み杖からその青い刀身を引き抜いた。
「血は繋がらねど、あの子も私の娘です。己を守れるようになるまで、あるいは、守るに足る者が現れるまでは、誰にも渡しはしません」
この〝青氷の剣〟に誓って、とデュークにその先端を向けた。
刃先を見つめた後、ゆっくりとこちらに視線を向けた大公は、ふー、と大きく息を吐く。
「……殿下では足らぬ、と?」
「いいえ。あの方は、パドーレ様が目にかけておられました。そして舞闘を見れば、預けるに足ると感じます。……しかし、未だあの子は成人しておりません」
王家に入るまで、足を踏み入れることは出来ても王城に暮らすことは出来ない。
今、この瞬間に正体だけを明かして屋敷に住み続けるのなら、狙われる危険が増すだけなのである。
「王妃となる前にあの子を弑し、硝子の双剣を手にしようと画策する者の手から、守り抜けますか? いたずらに危険に晒すわけにはいかぬのです」
「そう努めねばならん。だから言っているのだ。ここで守れぬのなら、我々が預かると」
「貴方と二人の息子が、ですか?」
ぱちりと暖炉で火が爆ぜる音を聞きながら、スオーチェラは薄く笑った。
「揃いも揃ってわたくし一人に勝てなかった男どもではないですか。そんな貴方が、ずいぶんと大きな口を叩きますこと」
スオーチェラが言葉の刃を放つと、痛いところを突かれたからか、デュークが奥歯を噛み締める。
感情を隠すのが苦手なところくらいは、いい加減直して欲しいものだ。
「そろそろ、その似合わぬ公爵の仮面を外されてはいかが?」
「……君は本当に、昔から歯に衣着せぬな!」
顔を紅潮させたデュークが、いきなり怒鳴りながら、ぐしゃりと髪を手で握る。
「だから当主代理など嫌だと言ったのだ! 次から次へと、面倒ごとばかり忌々しい!」
「他に誰もいなかったのですから、仕方がないでしょう」
「君がやれば良かっただろう!」
彼は、ビシッとこちらを指差してきた。
「自分のほうがよほど向いているのに、君が無理やりやらせたのではないか! この鉄面皮が!」
「泣き虫デュークの分際で、一人前の口を利くからでしょう」
無礼な態度に少しだけ剣先を鼻先に進めてやると、デュークは頬を引きつらせながらも言い募る。
「可愛い姪の心配をして、何が悪いんだ!」」
「心配するのなら、軽率にここまで訪れず、もう少しマシな案を持っておいでなさい」
全く、と内心うんざりしながら、スオーチェラは剣を引いた。
トントン、と軽く剣の腹で手を叩きながら。さらに続ける。
「そもそもわたくしが当主代理を勤めていては、この家を留守にすることや、チェレネントラを外に連れ出す機会が増えて正体がバレる危険が増すだけです。その程度のことも分からないのですか?」
「ぐっ……!」
やれやれ、と首を横に振ると、両脇から娘たちが声を上げる。
「お、お母様……もうその位で」
「叔父様が可哀想です……」
笑いを堪える二人の娘と、ますます真っ赤になるデューク。
勇猛と謳われるトレメンスの男たちの内情が、一人の女に頭が上がらない程度だと知ったら、彼らに憧れる女性たちもさぞかし失望することだろう。
しかし、恨みがましいデュークはしつこかった。
「……結局、それでもこんなことになったのだろう」
「これ以上どう監視しろと言うのです。ずっと閉じ込めておくわけにもいかないでしょう」
そうー、一番困ったものなのはあのお転婆娘なのだ。
「本当に、パドーレ様にそっくりです。一度こうと決めたら、やらねば気が済まない」
後もう少しで成人し、秘密裏にでも婚姻の準備をと思った矢先にこれなのだ。
もう後半年我慢していれば、全て丸く治ったのである。
「面倒ごとは、トレメンスの宿命と諦めませ」
話をそろそろ終わらせようと、スオーチェラが口にしたところで。
「ーーーと、いうことらしいよ。ゼゾッラ」
聞き覚えのある声が、奥に続くドアが開くと同時に聴こえて、全員が一斉にそちらを見る。
「「アズール様!?」」
娘たちが声を上げるのに、気さくな様子で手を上げた青年は、後ろに向かって手招きをする。
すると、まるで泣きそうな顔で、チェル……ゼゾッラが、姿を見せた。
書き上がらなかったので、完結編に続きます、申し訳ありません。




