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6/7

町へ

 記憶を整理しようと思った。


 ルシアンが去った後、私はすぐにベッドにもぐり込んだ。

 何かあればとりあえず寝る。それが私の心のバランスの取り方だ。赤ん坊は自分の手に負えないことに直面すると寝るというのを聞いた覚えがあるが、私は今も続けている。

 しかし、昼寝をしたし、あんなとんでも展開があったのだから神経が高ぶって流石に眠れなかった。ごろごろと寝返りを打って、寝心地の良い位置を探っているうちに、気づけばカーテンの裾から薄らと光が漏れてきた。

 仕方なく、私は起きることにした。

 ベッドを出ると足先がひんやりとした。

 家族も使用人もまだ眠っているようで屋敷は静まり返っていて僅かな生命の気配も感じられない。夜に死に朝に生まれ変わるように、今、この屋敷で生きているのは私だけという気がし、孤独と早朝の匂いが混ざった冷たい空気に背筋が伸びた。

 燭台を灯し、ルシアンが腰かけていた椅子を見る。

 帰り際にきちんと元の位置に戻されたので、それを見ていてもルシアンが来ていた証拠にはならない。他も、彼のいた形跡は何もない。

 夢だったのか……となかったことにしたかったが、そんなわけない。仮に夢だったという方に心を傾け平穏に浸っていたとしても、次にルシアンが来たら全部おしまいだ。彼からは話をまとめるよう言われているのだ。うまく説明できなかったら再びの地獄が待っているに違いない。

 ならば、前向きに指示されたことに取り組み待っているのがよい。

 だから、きちんと記憶を整理しようと思った。

 整理には紙に書くのがよい。

 ベッドを降りて机に向かい引き出しから便箋を出した。

 下部にホワイト家の家名が透彫されている特注の紙。高級なものでメモ書きに使うのは気が引けるけれど、他に代用品がないのでこれを使う。

 私は攻略対象五人プラス隠しキャラの六人分の全ルートをヒロインの光の魔術と魔の物の存在がどうなのかを中心に書きだした。


 アーロン殿下ルート

 ヒロインは光魔法に目覚めて、魔の物を撃退し、殿下と結ばれる。

 →光魔法は大事な要素として存在するし、魔の物も登場する。

 


 宰相子息ベンジャミンルート

 光魔法も魔の物も特に関係ない。

 ヒロインがこのルートに入った場合、私はルシアンに殺される。絶対阻止!



 騎士団長子息ダンルート

 ウィルマがダンを襲い利き手を負傷するが、ヒロインが光魔法に目覚め完治。

 →光魔法は登場するが、魔の物の描写はない。



 大商人子息ピートルート

 光魔法も魔の物も特に関係ない。

 


 隣国の第二王子ルート

 第二王子の暗殺などのごたごたにヒロインが巻き込まれ、それを解決して彼が王位を継ぐことになり、ヒロインは隣国の王妃となり結ばれる。

 →ヒロインが危機に遭った王子を魔法で助ける。具体的にどのような魔法かは書かれていなかったように思うが、おそらく光魔法。魔の物の描写はない。

 


 ルシアンルート

 ルシアンはヒロインを気にかけているが、途中でヒロインが魔の物に狙われているとわかり立ち向かう。ヒロインの光魔法が目覚めて、魔の物を撃退。ルシアンとも結ばれる。 

 →光魔法も、魔の物も登場する。


 

 プレイしていたときはそれぞれ独立した物語として楽しんでいたが、こうして書き出してみると意外と光魔法が登場していて世界観が共有されているなというのが私の感想だ。

 そして、光魔法と魔の物を撃退するという観点から考えてみてもルシアンルートがいいように思われる。

 これ、上がりじゃない?

 このことをルシアンに告げ、彼に頑張ってもらえば、私の生存ルートも確定して平穏な日常に入れるのではないかしら?

 なんだかとても希望が見えてきた。

 ほくほくとしていたら朝食の時間になったようで、ノックの音がしてマリアが入ってきた。

 寝起きがよくない私が起きているのを見て驚いたようだったけれど、書き物をしているのを認めると、室内照明をつけるか、カーテンを開けて明るくするよう小言を言われた。

 

「おはようございます」


 食堂に入るとすでに両親もセドリックも席についていた。

 こんがりとしたパンの匂いが食卓に漂っている。

 朝からフレンチトーストなんて嬉しい。

 みんなが夜会に行くようになってから、一人置いていかれる私を気遣い夕食は好物を用意してくれるようになったけれど、朝食まで好きなものが並んでいるなんてことはなかった。

 驚きつつも、冷めないうちにと頬張っているとセドリックの視線に気づいた。  


「なんです?」

「いや、その、昨日はすまなかった……それで詫びと言ってはなんだが、町の薬屋に行かないか?」

 

 薬作りについて学ぶなら、どのような薬が売れていて、どのような薬が求められているのか知るのも大事。それを見に行こうと。

 町に一人で行くことは私にはまだ許されていない。だから、ヒロインがルシアンと出会う場所を探しにいけてはいなかった。

 セドリックとならあちこち見て回りやすい。そのうちお願いしようと思っていたので、言い出してくれたのはありがたい。私は二つ返事で頷いた。

 出掛けることが決まったので食事を終えたら私は畑に向かった。

 ロット草はいきいきと濃い緑の葉を広げている。

 もうすぐ収穫だ。

 ここまで育てばある程度は水やりの時間が前後しても品質には影響しない。出掛ける前にすべてを終わらせるために、私はいつもの作業を開始した。

 



 王都でも貴族の各領地でも貴族と平民の住む場所は区別されている。

 王都の場合は王城を中心に、貴族街があり、貴族御用達の商会など比較的裕福な準貴族扱いの平民、その更に周りに一般市民が暮らす。

 多くの貴族は商人区域の中でも一等地までしか行かないが、ホワイト家は薬術を扱っているので平民の暮らす区域にも顔を出す。というのも薬は身分に関係なく使用するのでローポーションなどは量産する必要がある。魔術は基本的に貴族のものだが、平民の中にも微小ならば魔力を持つ者たちがいて、彼らの多くは学費無料制度を利用し教育を受け、国の薬術省の許可の元、微量の魔力でも作れる薬を製造しているのだ。そして、彼らを監督する役割を我が家が仰せつかっている。故に、定期的に顔を出して問題がないか見ている。また、人工栽培が難しい薬草を摘むのは薬草士と呼ばれる平民の仕事で、鮮度が大事になってくるので商人を介さず直接やり取りをするのが時間短縮になる。様々な理由からホワイト家は貴族としては珍しく平民と濃い関係を築いている。

 

「揺れますね……」

「僕も最初に来た時は驚いたな。そのうち慣れるさ」


 平民区域に入った途端、馬車の揺れが激しくなった。

 これまでも遠出のために平民区域を抜けて森や湖畔に出向いたことはあったが、ここまで揺れたことはない。あれは馬車用に整備された道で、平民区域はほとんどが舗装されてはいないらしい。

 前後、左右に揺れる。セドリックは涼しい顔をしているが、私はどんどん気持ち悪くなった。たぶん、寝不足も原因だ。こんなことなら酔い止めを飲んでくればよかった。近いと思って飲まなかった私の落ち度だけれど、道が荒れるから飲んでおいた方がいいと一言助言してくれてもよかったのでは?  とちょっと恨めしく思った。

 やがて、大きな店の前で停まった。

 先触れが行っていたのか出迎えの人が二人、四十代ぐらいで銀髪に細い目が印象的な男性と、三十代ぐらいの茶髪にやや太った体形の人のよさそうな男性が、直立不動で立っている。

 降りるとき、一瞬立ち眩みがして、セドリックが支えてくれた。


「すまないが、休ませてやってもらえるか。少し酔ったようだ」


 挨拶の前にセドリックが言った。

 店の人は慌てて私を中に案内してくれた。

 店内は広く、待合用に長椅子がいくつも並んでいる。私はその一つに座った。


「こちら、どうぞ。酔いに効く薬草を煎じたものが入ったお茶です」


 奥から女性がお盆に載せたお茶を持って出てきて、私にすすめてくれた。

 初めて来た店で、薬草入りのお茶を飲むというのはいささか抵抗があるけれど、善意でしてくれているのはわかるので断るのも気が引ける。

 チラリとセドリックを見たら、「いただいたらいい」というのでカップを持ち上げる。温かいのかと思ったら冷たい。口をつけると少しだけ苦みを感じたが、すぅっと胸を滑り落ちていくとそれだけで嘘みたいに気持ち悪さが鎮まった。


「え、すごいですね。これ……」

「ふふ、そうでございましょう。こちらは古くから薬草士や行商人の間で重宝されているものなのです」


 酔い止めは酔ってから飲んでも遅い。一方でこちらは、気持ち悪くなったあとに飲むと効果が出るものだそうだ。

 これがあれば、酔い止めはいらないのでは? と私は疑問を口にした。


「いや、酔い止めの方は飲んでさえいれば一切気持ち悪くならないという点で上位薬になるんだよ。その分高価だし、効果を得るためには酔わないかもしれない場所へ行くときも飲んでおかなければならない。財力がありそれほど日常的に使うわけではない貴族向けだ。普段必要とする平民はそれをもったいないと考える。そこでできたのがこの酔い醒ましになる」


 とセドリックが説明してくれた。

 暮らしぶりにより、必要とされる薬が違うのは聞いていて面白い。


「あ、申し訳ありません。まだ自己紹介がまだでした。わたくしは、マリーと申します。セドリックの妹になります」


 後回しになってしまった挨拶をすると、出迎えてくれていたうち銀髪の人の方が口を開いた。


「はじめまして、マリー様。私はこの店を任されておりますカミーユと申します。それから、副店長のトマ、薬師のヴァレリです。以後お見知りおきを」


 私は紹介を受けながら軽く会釈をした。


「……女性の薬師さんもいらっしゃるのですね。このお茶もヴァレリさんが煎じたものなのですか?」

「はい。貴族のご令嬢には珍しく感じられるでしょうが、平民は男女問わず働くものですし、魔力持ちは希少なので女であっても国の補助で教育を受け薬師になることが可能なのです」


 バリバリのキャリアウーマン……前世ではそんな風に言うのだったと思う。

 私はこのまま無事に生きていられたら侯爵家夫人となるから、夫を支えて社交をするのが役割になる。すでに決められた未来、自分が必死で手を伸ばして掴んだというものではない。敷かれたレールを踏み外さずに歩むこともそれはそれで大変なものがあるけれど、ヴァレリのように自らの努力で取得した資格で金銭を稼ぐというのはすごいことだと感じた。


「なるほど……格好いいですね」


 なので私は素直に感想を述べた。

 ヴァレリは一瞬驚いたような顔をしたがその後でふんわりと笑顔になった。


「気分がよくなったのなら、先に畑の方に行ってみるか?」

「え? あ、はい」


 私が返事をするとセドリックは案内を頼んだ。

 一緒に行ってくれることになったのはトマだ。

 畑はここから歩いて十分ほどのところにあるらしい。町の散策もしたいと事前に話していたのでのんびりと向かうことになった。


「聖夜祭を行う教会というのはこの近くなのですか?」


 私は尋ねた。

 十三歳を祝う儀式。伯爵以上の家になると誕生日当日に司祭様を招いて儀式を行い、その後で祝いの会を開くというのが通例だが、平民や下級貴族は聖夜祭の日に教会でまとめて儀式を行う。お祭りごとはいくつかあるが聖夜祭はかなり盛り上がる。

 今年の聖夜祭でルシアンとヒロインが出会うはずだ。

 私はそれを阻止する計画を練っていたが、ルシアンに私の事情が知られた以上どうなるかはわからない。それでも、場所の確認はしておきたかった。


「ええ、畑とは反対方向になりますが、それほど遠くはありませんよ。遠回りになりますが行ってみますか?」

「……えっと、申し訳ないのであとで兄と行きます」

「僕には申し訳なくないのか?」

「え、だってこれはお詫びも兼ねているのでしょう?」


 私が言い返すとセドリックはわざとらしく肩をすくめた。

 トマは微笑ましいものを見るような目で私たちを見ていた。


 町中は私がイメージしていたよりもずっと綺麗だった。

 ここらへんは平民区域の中でも割と暮らしぶりが豊かな者たちが住まう場所らしい。もう少し先に行くと下町に入る。畑はその手前にあった。

 畑は土壌の差異もあっていくつかの場所に分かれているが、店から一番ちかいこの畑では最もよく使うロット草と、リマーと呼ばれる薬草が植えられている。


「うわ、このロット草、すごく、葉が大きい」


 私が育てていたものとは比べ物にならないほど青葉を広げている。

 

「どうしたら、こんなに大きな葉に育つのです?」

「マリー様は薬草を育てるのにご興味がおありですか?」

「興味があるというか、育てているのですが……これほど立派なものにはなりませんでした。あ、まだ収穫前なのですけれど」

「そうでしたか。ロット草は広く薬術に使われますし、栽培もしやすいと知られています。実際、他の薬草に比べてそれほど手間暇をかけずともそこそこの品質のものが育ちます。ですが、わたくしどもは長年の研究により効能を上昇させる土壌や肥料を開発しました。ですから、この畑のものは特殊だと思ってくださった方がよろしいかと」

「そうなんですか」


 たしかにロット草は育てやすい。私も薦められたし、一般家庭でも育てていたりする。というのも薬草を薬にするには特別な煎じ方や魔力が必要だが、ロット草はちょっとした火傷や切り傷なら直接葉を患部に当ててやれば治るという身近な治療薬としても有効なのだ。


「薬草の研究は希少なものを人工栽培できるようにとかそういう感じなのかと思ってましたが、そうでもないのですね」

「そうですね。おっしゃる通りに希少なものを作れるようにという研究もしていますが、ロット草のような栽培しやすい薬草の効能を上げることで、時間短縮や量産、うまくいけば他の薬も作ることができるかもしれません。そういう研究も大事なのです」


 品種改良とかそういうことなのだろう。改良されれば僅かな葉から多くの量を取れたり、別の効果が出現するというのは納得だ。


「もしよろしければ、何株が差し上げましょうか? マリー様が育てられたものと比べてみるのも楽しいかもしれません」

「よろしいのですか?」

「ええ、帰りにお渡しいたしますね」


 トマの申し出に思わずにんまりしてしまう。

 どこまで違いが出るのだろう。今から楽しみだ。


「あ、セドリック様!!」


 私がにやにやしていると畑から大きな声がした。

 見ると作業中の人たちが手をとめてこちらに歩いてきていた。

 その中の一人、セドリックの名前を大きな声で呼んだ女の子に自然と目が引きつけられた。年齢はたぶん私と同じくらい。畑仕事のために作業用のズボンを穿いて、頭には手ぬぐいを被っていて、お世辞にも身なりがいいとはいえないのに、妙に小奇麗に思えた。それに、なんといえばいいのだろう、彼女の周りだけキラキラと空気が輝いているような――思わず見つめてしまった。


「やあ、こんにちは。クレア。今日は畑の手伝いかい?」

「こんにちは。そうなのです。セドリック様はどうされたのですか? 次の視察は来週でしたよね?」

「ああ、」


 セドリックはチラリと私を見てきた。

 すると、クレアと呼ばれた少女がその視線を追うように私を見て、え、っと一瞬顔を強張らせた。


「マリーという。薬術の勉強を始めたので連れてきたんだ。こちらはクレア。父親が薬草士をしていてね、彼女も手伝ってくれている」

「マリーです。セドリックの妹です。はじめまして」

「え? あ、妹さんでいらっしゃいますか、私はてっきり婚約者様かと……」


 クレアは自分の勘違いにどんどんと尻すぼみになっていく。

 私はその発言とその前に顔が強張っていた様子から彼女がセドリックに好意を抱いていることを悟った。なるほど、彼女のキラキラな空気感は好きな人を前にした恋する乙女の空気なのだ。一般的に見てセドリックはそれなりに整った顔立ちをしているし貴族の子息だ。憧れを抱いたとしても不思議ではない。ただ、妹の立場からするとそういうものは知りたくないのでちょっと困惑する。

 見なかったことにしよう。


「マリーは、まだ勉強し始めたばかりで何もわからない。これからもちょくちょく来ることになるから、いろいろ教えてあげてもらえると助かる」

「ええ、もちろんです! マリー様、わたしでわかることでしたら何でも聞いてください」


 セドリックに頼まれて張り切る彼女に私は笑顔を返した。



 畑を見たあとは教会を見に行った。

 教会の前は広場になっていて、中央には噴水が設置されている。聖夜祭にはこの広場をぐるりと囲むようにして露店が出るのだとか。

 私は教会を前にして、首をぐいぃっと伸ばして尖塔を見上げた。

 記憶の中のゲームのシーンでは、花火が上がるのだ。ヒロインはそれを見ていて、視界の端に黒い影が横切ったような気がしてそれを追いかける。

 ……いや、お祝いの最中に気になったからってそれを追いかけるとはなかなかアクティブだなと、冷静に振り返ると思ってしまう。


「何を見ているんだ?」

「……いえ、こうして見上げていて視界の端に影のようなものが見えたとしたら、あっちか、こっちですよね」


 私は右と左を指さした。

 どちらにも建物がある。どれも人が暮らす居住部だ。

 ヒロインはルシアンを空き家に匿い看病するはずだから空き家を探せばいい? でも空き家といっても「今」すでに空いているのか、聖夜祭までの間に空き家になるのかもわからない。

 いざ、こうして、二人の出会いの場所を探そうとすると圧倒的に情報が足りなかった。


「まいったなぁ」

「何をまいっているんだよ? さっきから意味がわからないぞ」

「……いえ、私もよくわかっていないので」


 わからないといえば、ヒロインについてだ。

 実のところ私はヒロインの()()()()()()()()()()()()()()()()。というのもスイートハートのスチルと呼ばれるイベントごとに出される絵は攻略対象オンリーなのだ。乙女ゲームとは自分がヒロインになって攻略対象と恋をするというのが基本コンセプトだから、ヒロインの容姿には言及しないものが多い。けれど、それでもラストのハッピーエンドにおけるスチルにはヒロインの後ろ姿だけが映っているとか、物語の進行中にも髪の長さや身長に触れるような台詞があったりする。スイートハートに関しては潔いほどヒロインに関する描写がない。また、名前もプレイヤーが入力できるがデフォルト時に一応仮名が付けられていたりするものが多いのに、それも一切なく自分でつけなくてはならない。

 そんなわけで、現状で私がヒロインを認識することは不可能で、ルシアンとの出会いのときか、学院の入学式で首席合格のために祝辞を読むはずなのでそのときしかないのだ。


「これって現状ではお手上げ?」

「うん? 疲れたのか? 少し休むか?」

「え、ああ、そうですね。この辺で休めるところってあるのですか?」

「そうだな。あそこの店で焼き菓子と飲み物が売っているのを買って、ベンチに座ったり歩きながら食べたりするのが市民の休憩だ」


 セドリックはにやりと笑った。

 買い食い――前世の記憶がある私には大したことではないが、貴族の令嬢の私には信じがたいことだ。セドリックはきっと「どうだ驚いたか」と私の反応を楽しみたかったのだろう。なんだかんだと付き合ってもらっているし、仕方ない、ここは兄の顔を立てることにして、


「歩きながら食べる? そんなことお母様に知られたらとても叱られますよ! お兄様いつもそんなことされてるんですか?」

「だから秘密だよ。でも、そうやって食べるとおいしいんだ。何事も経験だ。よし、行こう」


 そう言うといそいそとお店に向かって歩き出すセドリックの後を、私は大人しくついていった。

読んでくださりありがとうございました。


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