悪役令嬢となる前の彼女たち
目標があると、日々はあっという間にすぎていく。
前世の記憶に目覚めてから半年が経過していた。
私はその間、来るべき日のために体力づくりに励んでいる。聖夜祭の夜に屋敷を抜け出して彼を助けにいかなければならないのだから、体力が必須なのだ。
その具体策として畑を耕していた。
ホワイト家は薬術に秀でた魔術師の家系で「良い薬ができるかは、薬草のできですでに決まっている」というのが家訓だ。そのため、屋敷の裏手には研究室と畑があり男児は土に触れながら教育を受ける。
私は女児ではあったが兄がするなら私もすると駄々をこねて三歳の頃から畑に出ていた。無論、三歳児に何ができるわけもないから私がしていたのは泥遊びだけれど、それはたまらなく魅力的で楽しい時間だった。
しかし、母とお茶会に参加するようになってからは止めてしまった。他の令嬢は誰一人泥だらけになるような作業はしたことがない。本を読んだり、刺繍をしたり、室内で過ごす彼女たちに比べ、日に焼かれた私の肌は黒く、自分でいうのもなんだが野生児みたいだった。私は恥ずかしくなったし、両親も流石にこれではいけないと私の教育を改めることにしたのだ。
おかげで、現在ではすっかり色白に戻ったが、私は再び畑に行きたいと両親に告げた。
「グラハム家に嫁ぐことになったのですもの。薬草に詳しくなれば、それは社交の武器になりますでしょう?」
それは畑に出たいがための方便だけではない。
父の姉、レーティア伯母様は嫁ぎ先でもホワイト家で学んだ知識を活かして薬術を美容に応用できないかと試行錯誤し美容の第一人者として社交界でも有名だ。商品化に際しては父と共同研究も行っている。
侯爵家の奥方となるなら私もそういう武器を持つに越したことはない。
体力をつけつつ、薬草にも強くなる。まさに一石二鳥だった。
両親としては薬術より先に淑女としての教育に力を入れるつもりでいたようで難色を示されはしたが最後は納得してくれた。
そして、ここで喜ばしい誤算が起きた。畑を耕すのにドレスでするわけにはいかない。私は作業用の動きやすいズボンを買ってもらえた。これならば、走ることができる。それからお洒落なレインコートとは違う、機能に重点を置いた農家でも使用されている黒い雨合羽も手に入れた。聖夜祭に屋敷を抜け出すときに着るのに理想的である。これはかなり嬉しい。
畑は私用に新しく作ることになった。
私用と聞いて、子どもの遊び程度のイメージをしていたが、なかなかどうして本格的だった。
屋敷の裏手にある栽培室の隣、白いロープで囲われた五メートル四方の正方形が私の畑。本当は芝生があったけれどそれはすでに刈り取られていて、土造りからはじめられた。
指導は庭師のドルフがしてくれる。
まだ少し残っている雑草を綺麗に抜いて、小石を拾い、土を掘り起こす。その際に使用するのが鍬である。鍬は案外重い。高く振り上げるとよろけてしまうので、刃の重みによる振り子の原理を利用して、表面の薄茶色の土と、下の層の濃い茶色の土を入れ替えるよう掘り返す。土塊は刃の先や、時には手を使って粉砕する。そうやってならしたら、次は土の様子を見て肥料を混ぜていく……と畑の土台を作り上げた。
次に植える薬草だが、私に与えられたのはロット草の栽培だ。薬草として扱いやすく、様々な薬の調合に使われるが、ロット草の一番有名な使われ方はローポーション。
ロット草を植えたあとは、雨の日も、風の日も、毎日毎日、成長と変化に目を配る。変だと思えばドルフに自分から相談をする。彼から声をかけてくれることはない。責任を持て、そういうことだ。
ロット草は育てやすいといっても薬草だ。ただ育てばよいわけではない。途中、いくつかの株が駄目になった。良質なものにするための間引きもした。
今では、植えた三分の二ほどになっている。収穫の頃にはもっと減るだろう。
「初めてにしてはよくできておりますよ」
寂しくなった畑を見てしょんぼりしていると、ドルフは褒めてくれた。
「そんなにしょげるな」
それから、いつのまにか様子を見にきていた兄のセドリックが私の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「もう! お兄様!」
「慰めてやっているんだろう」
「失敗したわけではありません!」
セドリックは笑いながら肩を竦めた。
それから、選別し終えたロット草をしげしげ見つめて、
「お前ね、次はこれを使ってローポーション作りだろう? それを教えるのは僕なんだけど。そんな可愛げない態度でいいわけ?」
「お兄様が? 大丈夫ですか?」
私の驚きにセドリックは嫌そうな顔をした。
「僕のことを舐めすぎじゃないか? 言っておくが、ローポーションに関しては商品としてお店に出す腕前だからな」
知らなかった。
幼い頃こそ後ろを追いかけ回していたが、五歳の歳の差は大きく、いつしか距離ができていた。
私が再び薬術に興味を持ってから、何かと話しかけられるようになり、最近では昔に戻ったみたいに軽口も言い合う仲になれたのは嬉しいことだった。
父とレーティア伯母様のように、私が無事死亡回避できたら兄と共に研究をしていくことになるだろう。
この世界での魔術は貴族の特権だ。何故ならそれは基本的に遺伝だから。父親からは魔術系統を母親からは魔力量を受け継ぐ。といっても、父親にない魔術系統は開花しにくいというだけで、魔力さえあれば他の魔術系統が身につく可能性は大いにある。実際、親とは違う魔術系統を学ぼうとする者もいる。ただし、呪文や魔法陣、レシピなどは一家相伝としている家が多く、とりわけ薬術や回復魔術などは顕著だ。故に、その家に生まれなければ学ぶ機会を得ることは難しい。
レーティア伯母様が嫁ぎ先の伯爵家ではなく父と共同研究するのも伯母の持っているホワイト家の知識を流出させないためと、ホワイト家の秘匿レシピは家長である父しか知らないので知識を借りるためという二つの意味がある。貴族にとって当たり前の認識だから、きちんと対価が支払われている以上、レーティア伯母様の嫁ぎ先が文句をいうことはない。逆に、私の母は薬術はまったくわからないが、母の実家であるイーグル伯爵家は防衛魔術に特化した家で、母も身につけている。おかげで金庫や保管庫、食糧庫(食糧は鮮度まで保たれる!)の守りは完璧だが、その魔術は父はもちろん、子どもである兄や私にも教えてはくれない。それで揉めることもない。そういう習わしなのだ。
余談だが、防衛魔術は魔力消費が激しいので、その分魔力を蓄えなければならない。そのためイーグル伯爵家は魔力量の多い女性と婚姻を繰り返した結果、一族は相当の魔力量を持つまでになった。母も例外ではなく、それを継いだ兄も私もかなり多い。私がベンジャミンの婚約者になれたのは、その辺のことも関係しているのだろう。
「優秀な兄を持ってわたくし幸せです」
私が笑って言うと、
「よろしい」
セドリックは満足げな顔でうなずき、「じゃあ、引き続き頑張りなさい」と激励の言葉を残して去っていった。
平和な日常だ。
私は死亡回避のために動かなければならないはずだけれど、びっくりするほど平穏な日常だ。
それを、ほんの少し楽しいと感じている。そして、早く何の心配もなくこんな日々が送れるようになればいいなとかなり本気で思っていた。
だけど、平和というのはそう続かないのが世の常だ。
「誕生日ですか?」
数日後、グラハム家からの使者が招待状を持ってやって来た。
ベンジャミンの十三歳の誕生日会の招待状だ。
十三歳は節目の年。選定の儀式が行われる。平民はまとめて教会で儀式をする――これを聖夜祭と呼ぶのだが、上級貴族の子息令嬢になると誕生日当日に司祭様を招いて儀式を執り行う。その後、盛大にお祝いをするのだ。
婚約者として誕生日会に行かないという選択肢はなく二つ返事で招待を受けた。
が、その安易さを後悔することになる。
誕生日当日、クラハム侯爵家へ到着してベンジャミンに挨拶をすると、
「ああ、マリー。よく来てくれたね。こちらにおいで」
とガーデンテーブルに連れて行かれたが、そこで待つこと数分、同じテーブルについたのは、第一王子のアーロン殿下とその婚約者のイザベル公爵令嬢。騎士団長の息子のダン公爵子息とその婚約者のウィルマ侯爵令嬢。大商家の息子のピート男爵子息とその婚約者のレベッカ伯爵令嬢だったのだ。
(攻略対象揃い踏み!!!)
正確には、もう一人、隣国の第二王子がいるけれど、ゲームの主要人物がほぼ揃ってしまった。
いやでも、少し考えれば何もおかしなことはない。皆、同じ年で、ご学友となり、先々は国家の中枢を担っていくわけだから、幼い頃から顔見せするのは当然だった。
ベンジャミンが私を婚約者だと紹介してくれる。でもぎこちない挨拶しかできない。これだけの顔ぶれを前にして平静でいられるわけがない。
「お茶のおかわりはどうだい?」
そんな私に、ベンジャミンが優しげに問いかけてくれる。
緊張で喉がカラカラだ。空になると、すかさず次を出してくれる。おかわりもこれで三杯目である。
一向に緊張が解けない私に、
「ホワイト家は薬術に詳しいと聞いておりますが、マリー様もそうですの?」
イザベルが話を振ってくれた。
他の皆は既に顔見知りらしいので、新参者の私へということだろう。
彼女は物語の中ではかなり高慢キャラだが、まったくそのような片鱗は見えずに、公爵令嬢の鑑と言わんばかりに場の空気を柔らかくしようと努めている。これが社交というものだ。
「は、はい。……少し前から学び始めました」
「マリーはね、薬草を育てるところからしているんですよ」
私の返事に補足をいれてくれるのはベンジャミンだ。
「まぁ、薬草を?」
「……その、薬草がどのように育つのかを知らずにいい薬は作れないというのが我が家の家訓で……」
「そうですの。立派なことだわ」
イザベルがにっこりと微笑む。
同じ年のはずが、小さな子どもを褒めるような声音だった。
それが不思議と嫌とは感じなかった。私はヒロインではないし、イザベルから敵意を向けられてもいないからというのもあるが、おそらくきっと貴族としての感覚が染みついているからだろう。
プレイヤーとしての私は、いくらゲーム内が貴族社会とはいえ、身分差というものをきちんと把握していたかといえば微妙である。イザベルの物言いを上から目線の高慢なものに思えて嫌な奴だと感じたのも何処かで対等だと考えていたからだ。けれど、今の私は伯爵令嬢としての価値観が身についていて、公爵令嬢で次期国母となるイザベルが上から物をいうのは当然であり、どちらかといえば、まだ十二歳だというのに厳しい妃教育を受けた結果、同じ年の私に対してまるで親のように褒めようとする姿勢は可哀想でさえあった。
「今は何を育てていらっしゃるの?」
次はウィルマから問われた。
「ロット草です」
「それはどのような薬になりますの?」
「えっと……ロット草は幅広い使用方法がありますけれど、一番有名なのはローポーションです」
「ではローポーションを作ることができますの? 羨ましいわ」
ウィルマは大きなエメラルドの目をぱちくりさせて、少しだけ興奮気味に声高く言った。
ローポーション作りが、何故それほど彼女のツボにはまったのか。
「ダンはよく怪我をするからね。婚約者としては心配なのだろう」
フォローは安定のベンジャミンだ。
ダンは騎士団長の息子で、自身も鍛錬に明け暮れている。生傷の絶えない彼にはローポーションは欠かせないもので、彼のために作れたらいいのに――ウィルマの興奮はそういうことらしい。
健気なウィルマの発言に、
「婚約者にあまり心配をかけるなよ」
とはアーロン殿下だ。
他の皆が、笑う。
「ローポーションといえば、薬瓶はどのようなものをお使いですの?」
今度はレベッカが言った。
「いえ、まだロット草を育てている最中で、もう少ししたら収穫できると思いますが、ローポーションを作るのはまだ先になるかと……」
「あら、そうですのね。……実は先日ピート様と出かけましたとき、お店の方を覗かせていただきましたの。そしたら、とても可愛らしい硝子瓶が入荷されていて、すっかり気に入りまして……今は香水入れとして愛用しております。あれならば薬瓶としても使えるのではないかしら? と今思いつきましたの。せっかくご自身で丹精込め作られるんですもの、可愛らしい容器は必要でしょう? ピート様、いただいたあの瓶、いくつかマリー様に差し上げてもよろしいかしら?」
気に入ったのなら、今後はご贔屓にということだろう。
婚約者の家の宣伝を抜かりなくする。できる女である。
けれど、ピートがレベッカに贈ったものをもらうのは気が引ける。自分で買いに行くというべきだろうなぁ、と思った矢先、
「いやいや、レベッカ嬢。それはピートが貴方に贈られたものでしょう。大事になさってください。マリーには私が贈りますので。そうだ、今度一緒にピートの店に見に行こうか」
「え、あ……え」
まさか、ベンジャミンがそんな先手を打ってくるとは思わなかった。
スマートである。実に、スマートな振る舞いに呆気にとられた。
オロオロする私を置き去りに話を続いていく。
「ベンジャミンも、ピートも随分と婚約者殿と睦まじいとみえる。これは負けていられないな。では、私も我が婚約者殿に何か贈り物をするとしよう」
「まぁ、嬉しい。殿下からそのようなお言葉をいただけるなんて。わたくし期待しておりますわ」
とアーロン殿下とイザベルがいちゃいちゃして、
「……この風向きは、私も何か贈り物をせざるを得ないではないか」
「あら、ダン様。わたくし、贈りたくないのに無理やり贈っていただかなくても結構ですわよ」
「だ、誰も贈りたくないなんて言っていないだろう! ただ、何を贈ればよいのか。君はセンスがいいから、いつも悩ましいのだ」
「ふふ。そうですの? けれどわたくしはダン様が一生懸命に選んでくださるものなら、何でも嬉しいですのよ」
とダンとウィルマがいちゃいちゃとする。
本当にこれが十二歳ないし十三歳の集まりだろうか? なんだか空恐ろしい。
というか、皆、仲いいな。
私が知る彼らといえば……ギクシャクドロドロの関係を展開させるから面食らう。
具体的にいうなら、
殿下ルートでは、ヒロインが殿下を抜いて首席合格したことで目に留まる。それから、生徒会で一緒になり親しくなっていく。
イザベルも初めは快く受け入れていたが、ヒロインが殿下の意見を真っ向から否定したのを見て窘める。だが、殿下が構わないとヒロインの肩を持ち、更には忌憚ない意見を聞け有難いと言った。
殿下としてもここでイザベルの言う通りだというわけにはいかない。それは王子である自分に逆らうなという権力濫用に他ならない。とはいえ、殿下に寄り添うようにと教育されてきたイザベルは自分が否定されたように感じてヒロインを憎むようになる。そして、その心の隙を魔の物に付け入られる。
以降は、イザベルは魔の物の手先となりヒロインに執拗な嫌がらせをする。それもこれも魔の物たちがヒロインの持つ聖なる力を目覚めさせないようにと画策しているからなのだが、最終的に光の力に目覚めたヒロインにより、魔の物を撃退され、我に返ったイザベルはこれまでの言動を詫び、自分よりもヒロインの方が殿下にふさわしいと身を引き、静かに二人の前から消える。
その後ヒロインは力を認められ、聖女となり、正式に殿下の婚約者となりハッピーエンドを迎える。
ダンルートでは剣術大会の最中に暴れ馬が乱入するというハプニングが起き、馬がダンめがけて突進していったところをヒロインが馬をなだめてことなきを得る。
それまで女性は守る者と思っていたダンにとってそれは衝撃で、ヒロインに興味を持つようになる。婚約者ウィルマとは真逆な少しお転婆なヒロインは、男兄弟ばかりのダンにとっては接しやすい。
しかし、面白くないのはウィルマである。ヒロインを陰湿にいじめはじめる。それを知ったダンはウィルマを叱り付け、二人の仲が拗れていく。
ウィルマは病み、自分のものにならないならと、最後はダンを短剣で斬りつける。利き手を傷つけられたダンは剣士としての道を絶たれ、そんな事件を起こしたからには当然二人は婚約解消。ウィルマは領地に連れて帰られる。
長年の夢を失い絶望するダンを、ヒロインが懸命にささえるうち、ヒロインの光魔法が開花し、ダンの腕が治りハッピーエンドを迎える。
ピートルートでは、彼の家族や店の従業員が流行病を患ってしまい人手が足りなくなったとき、それを知ったヒロインが手伝いをする。
婚約者のレベッカは伯爵令嬢であり、生粋の貴族で店に出るという発想はない。ピートの家も男爵の位を持つが、曽祖父の代で賜わったばかりの新興貴族で、レベッカには貴族間の取りなしを期待しての婚約である。店の手伝いを頼むことはできないし、向こうからも手伝ってくれると言ってくるわけがない。それは仕方ないと思いながら、だが、自分が本当に必要なのは、貴族の称号ではなく、こうして地道にやっていける相手ではないのか……ピートの心はヒロインへと向かっていく。
ピートの心変わりを感じ取ったレベッカは彼の心を取り戻そうと、ヒロインに嫌がらせをはじめる。ヒロインに恥をかかせるために彼女が発注した品をレベッカが勝手にキャンセルする。ヒロインの機転と人脈でどうにかその場を乗り切るが、下手をすれば店が潰れていたかもしれない。後先考えずにそんな嫌がらせをした君とは結婚できないとレベッカとは婚約解消。店を救ってくれたヒロインに、これからも一緒にいてほしいとプロポーズをしてハッピーエンドを迎える。
各ルートそれぞれに、彼らはすれ違い拗れて最後はライバル令嬢たちの悪事が暴かれ終わるのだ。
そんないがみ合いをするようになるなど、今の様子からはまったく想像できない。
というか……いざ冷静に思い返してみると、ヒロインが関係クラッシャーのような気がしてくるので不思議だ。
ライバル令嬢たちがヒロインに嫌がらせをするから、ヒロインとヒーローの関係が進展する。ライバル令嬢は悪役になった上に最後は恋を失う。完全にすべてがヒロインの有利に働くヒロインのためだけの物語だ。まぁ、それが乙女ゲームというものなわけだけれど。
私、これを本当に楽しんでプレイしていたの??
いや、たしかに、スィートハートはヒロイン目線のみ――たまに攻略対象の心理描写がカッコ書きで書かれたりすることはあったけど――で進む物語だったから、深く考えず、ただ意地悪をしてくるところだけに焦点を絞り、彼女たちを悪者と思い込むことができた。そういうゲームだと割り切って遊べた。
でも、今はもう違う。違うのだ。私はマリーとして生まれ、マリーとして物語を見ている。彼女も生身の人間だと、彼女にも彼女の人生があると思うようになった。そして、ヒロインの恋のために死ぬなんてまっぴらだとなんとか未来を変えようとしている。
それは他のライバル令嬢たちにもいえる。
イザベルにしたら、王子に真正面から反対意見をいうなんて信じがたい暴挙だし、それを許容する王子も裏切りだ。憎しみが溢れ、意地悪したくなるのも頷ける。
ウィルマだって、お転婆なところが話しやすいからと、自分と全く反対の部分に魅かれていくダンにどれほどの悲しみを持ったか。自己の全否定にさえなる。病むし、絶望もするだろう。
レベッカに関しては、これ完全にヒロインがでしゃばりすぎじゃない? 困っているから手伝うというのは悪いことではないが、婚約者のレベッカの面目丸つぶれだ。レベッカがヒロインに恥をかかせてやろうと企む気持ちは理解できる。
彼女たちは最初から悪人だったわけではなく、悪人になるような状況に持っていかれたのだ。
「……リー。マリー?」
「え? あ……」
ベンジャミンの呼びかけに我に返る。
皆が、私を見つめている。
「あ、申し訳ありません。わたくしったら少しぼーっとしてしまって」
しまった。失敗した。どうしよう……と混乱する私に、
「ふふ、本日は気候がいいですものね」
「ああ、そうだね。私もいつだったか王宮の中庭で転寝していたところを君に起こされたことがあったな」
「あのときは驚きましたわ。けれど、殿下は気持ちよさそうに眠っていらっしゃったので、少しだけ起こすのを躊躇いましたのよ?」
アーロン殿下とイザベルが、そんなフォローをいれてくれる。
すると、次はダンが今の時期は稽古の休憩に芝生に寝そべるのが気持ちいのだと、そんな話をしてくれる。
お茶会の席でぼんやりするという失態を犯したが、誰の目にも侮蔑や叱責、嘲笑のような色は浮かんでおらず、それどころか恥をかかさないようにしてくれている。
とても親切で、とても優しい。婚約者と思い合い、睦まじく過ごしている。
でもこの三年後、誰かは破局するのだ――そう思うと私は暗澹とした。
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