記憶鮮明
物語にはご都合主義と言われる展開がある。
作者が特定の人物(だいたいは主人公)のために、問題をあっさりと解決させることを指す。
個人的には別にいいと思う。
中には「うまくいきすぎ。リアリティがない」と否定する者もいるが、そうだろうか? と私は思う。事実は小説より奇なり。あらゆる出来事がうまい具合にその人物に味方してしまうことが現実にもある。信じられないほどの奇跡が舞い込むことが。だから、数多ある選択肢の中から、この物語はその奇跡が起きるルートを選んで書いているのだなと思う。滅多とない都合の良い筋道。でも、絶対にないわけではない筋道。作者はそういう、うまくいくルートを書いている。そして、ストレスがなく、するする展開してくれることを好む読者もいる。需要と供給がマッチしている。故に、まったく、問題ない。「ご都合主義すぎるw」なんて煽られたら、「あなたは都合悪くなる展開にしたい病ですかw ご都合悪い主義ですねww」と煽り返せばいい。
私はそういうスタンスで物語と接してきた。
読者として、物語とは直接の関わりがない第三者として、それをよしとしてきた。いいじゃん、私にデメリットがあるわけでもないのだから、労せずにうまく事が運びそれで幸せになれるなら万々歳じゃん、とご都合主義を楽しんでさえいた。
けれど、今は違う。
何故なら、部外者ではなくなったから。
ソレは本当に唐突だった。
今でも思う、どうして思い出してしまったのか。
何も知らずに過ごすことはできなかったのか。
そう、私はゲームの世界に異世界転生を果たし、その事実を前世の記憶を取り戻すことで理解してしまったのだ。
きっかけは十二歳の誕生日パーティーだった。
父が最高のプレゼントだというので期待していたら、婚約者としてベンジャミン・グラハム侯爵子息を紹介された。
貴族の娘にとって格上の家に嫁ぐことはこの上ない名誉である。
我が家は伯爵家、彼は侯爵家、家の格を考えれば私にはありえないほどの良縁だ。ベンジャミン自身もたいそう利発そうな整った顔立ちをしている。私は一瞬ぽうっとした。何も知らなければ、父のいうよう最高のプレゼントだったのだろう。
けれど、ぽうっとしたのも束の間、次の瞬間、ベンジャミンの輪郭がぼやけはじめ、やがてはっきりと二重になった。現れたもう一つの顔はベンジャミンの面影を残しているが今より大人びている。将来の、顔、なのだろう。未来視。予知夢。――いや、違う。私はその顔を見たことがあった。
――攻略対象。宰相子息、ベンジャミン・グラハム!
ぶわっ、と正面から風が吹きこんだような衝撃、それから怒涛のごとく脳内を駆け巡るのは、私が日本という国で暮らしていたこと、そしてここがその頃にプレイしていたゲームの世界だという記憶だった。
唐突な覚醒をしたあと私は倒れた。
一人の人間の人生の記憶がいきなり流れ込んだせいで脳が負荷に耐えられずに機能停止してしまったようだった。
再起動したとき、私はすでに帰宅して自室のベッドに寝かされていた。
婚約者との初顔合わせで倒れるなんて失態だが、両親は私の体調の心配をしてくれたし、グラハム家からもお見舞いの品が届けられてひたすらに労わられた。
私は申し訳なく思いながら、気持ちの七割は思い出した記憶のことで頭がいっぱいだった。
ゲームの世界に転生してしまった。
ゲーム名は「スィートハート~恋をして輝く乙女~」。
ジャンルは「乙女ゲーム」。プレイヤーがヒロインになり「攻略対象」と呼ばれる相手との恋愛を成就させていくというものだ。
そして、私ことマリー・ホワイト伯爵令嬢は攻略対象の一人であるベンジャミンの婚約者で、ヒロインがベンジャミンルートに入ったときの目の上のたんこぶ――前世で流行っていた言い方をするなら悪役令嬢のポジションになる。
悪役令嬢……その名前の通りヒロインに対して嫌がらせをする。攻略対象との恋を阻むために時にそれは犯罪まがいの行為にまで及ぶ。そして、最終的には悪事が暴かれ制裁を受ける。
だが、マリーの場合は少し特殊だ。何故なら彼女は二人がほんのりと惹かれ合いはじめた頃に死亡してしまうから。
「私は最低な奴だ。マリーがいなくなればと……そんな風に思ってしまった。彼女の死は私の責任だ」
婚約者がいながらヒロインに魅かれることに後ろめたさのあったベンジャミンは、マリーの死に自分を責めて憔悴するのを、
「ベンジャミン様のせいなどではありません。彼女は事故死だったではないですか。それに、わたくしも……わたくしもマリー様を疎んじる気持ちがございました。ですから、ベンジャミン様に罪があるとおっしゃるなら、わたくしにも罪があるのです」
とヒロインが慰めることで二人の絆が深まっていき、最終的にはマリーの死を無駄にしないように私たちは幸せにならなければという着地点に持っていくというのがこのルートだ。
マリーの死により、物理的に二人を邪魔するものはいないが、精神的な瑕疵を持ってしまったベンジャミンとヒロインが、それでもこの恋を諦めきれないと葛藤の中で愛し合っていくのが醍醐味である。
二人が盛り上がるとマリーの死がチラついて今一歩を踏み出せない様子に、マリーが直接何かをしているわけではないのに鬱陶しいなとヘイトを向けられる。若くして死亡した上に存在したことを嫌悪される。マリーはそういう悪役令嬢だ。
しかも、マリーは不慮の事故死と表向きは公表されるが真実は他殺なのである。
犯人は隠しキャラと呼ばれる、攻略対象としてゲームパッケージに堂々と名前が載らず、一定の基準を満たすと攻略できるようになるキャラクターだ。彼はヒロインに心酔していて、彼のルートが解放されるまでヒロインの恋のお助け役として各ルートに登場する。その行いの一つにヒロインの恋の弊害になるマリーの殺害がある。
この事実は、ベンジャミンルートがバッドエンドになったときにのみわかる仕様になっている。
隠しキャラはヒロインが幸せになるために様々な支援を(勝手に)しているのだが、ヒロインの些細な態度から深く傷つき、君のためにいろいろしてあげたのに自分を切り捨てて一人で幸せになるのかと暴走し、ヒロインをも殺害する。
別名「隠しキャラ闇落ちヤンデレルート」とも呼ばれ、その界隈では結構人気だった。
私もハッピーエンドルートだけではわからない隠された事実がわかる展開は嫌いではなかったし、このことを知り、人を殺せるほどヒロインのこと好きなのかと隠しキャラの気持ちにばかり意識を向けていたが……。
マリー、可哀想すぎない?
私にとってマリーは、ヒロインの恋のために存在するキャラクターだった。ベンジャミンルートに入り、どんな妨害をしてくるのかと思っていたら突然死亡して、ええ!? と驚きながらもこういう悪役令嬢もあるのかぁと思うくらいだった。
だが、今は違う。彼女の立場になって私はようやく、彼女がどれほど都合よく扱われた存在だったのかを理解した。
「ああ、ダメだ。なんかもう……悲しい」
けれど、落ち込んでばかりもいられない。
マリーとなった以上、そして自分の行く末を知っている以上、私は生き延びるために知恵を絞らなければならない。
でも、どうやったら殺害されずに済むのだろう?
ベンジャミンの婚約者で、ヒロインの恋の邪魔になるからと殺害されるなら、婚約しなければよい。それが一番わかりやすい解決策ではあるけれど……気づいたタイミングが悪かった。ちょうどベンジャミンとの婚約が成立したばかりである。
婚約したからには破棄するには余程の理由がいる。
先方から破棄を申し出られるほど悪辣に振る舞うとか? ――いや、だが、これだと、死亡は回避できたとしてもその後の人生が詰む。自分の評判が落ちるだけならいいが、家名にまで泥を塗り、家族に迷惑がかかる。命あっての物種とはいうけれど、やはりその後の人生のことまで視野に入れておきたい。
では、どうすればいい?
殺されたくない。
殺される理由を失くす。
殺される理由……ああ、そうか。私が殺される理由は、私がベンジャミンの婚約者だからだけではないのだ。隠しキャラがヒロインに心酔しているから、ヒロインのために邪魔者の私を殺害する。ならば、隠しキャラをヒロインに心酔させなければいい。
幸いに、阻止できる可能性は十分にある。
このゲームの開始はヒロインが「セントルシア学院」に入学したときから始めるのだが、隠しキャラとだけはそれ以前に出会っている。隠しキャラは国家の暗部を担う一族で、初仕事で失敗して重傷を負い、それを偶然ヒロインが見つけて介抱する。以降、彼はヒロインに執着を持つようになる。
この出会いを阻むことができたら、彼が私を殺害する動機がなくなるはずだ。
今、私は十二歳になったばかり。
ヒロインと私は同じ年で、隠しキャラとの出会いが、ヒロインが十三歳になった年の聖夜祭だから、来年に二人が出会う。そこを先回りして私が彼を助ければ、その後の展開を大きく変えられる。
どうだろう? できるだろうか?
いや、そんな弱気ではいけない。なんとしてもやらなければ。
こうして私は、一年後の聖夜祭に向けて、計画を練り始めた。
読んでくださりありがとうございました。
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