夜を歩いた騎士
どうも、ドラキュラです。
前作「墓場の騎士」を投稿したのですが、色々と「必殺シリーズ」を見ていて再び考えが浮かんだ末に新作として中村主水をモデルとした短編を書いた次第です。
今は傭兵の国盗り物語および傭兵王物語を再投稿しているので、何とも言えないですが何れは今作の主人公などを始め騎士王の物語も書きたいと思う次第です。
サルバーナ王国歴1279年10月31日。
その日の夜は月の出ない「新月」の夜という事もあってか、辺りは何時も以上に灯火が設置されていた。
ただ奇妙な灯火であった。
何せ設置された灯火は「ルタバガ」に眼と鼻、口を模って繰り抜かれており「人の顔」を模倣しているからである。
これには理由がある。
サルバーナ王国の国教たる聖教の教えでは10月31日は「魔の行軍」日とされており、その日は魔王が直々に軍勢を率いて人間界を練り歩く事で知られている。
ただし、この軍団には魔物だけでなく死者、妖精、魔女なども加わっている上で「人間」も中に入っている点が最大の特徴と言えた。
俗にヴァエリエでは「ヴィルト・ヘーア」と称され、この軍団に出会った人間は否応なく軍団の一員にされると言われている。
しかし人間と言うのは不思議な生き物だ。
怖いとされる存在を否定したいのに・・・・もし、居るなら見てみたいと願う者も居る。
或いは伝承と称し全く信じない者も居る。
または伝承を信じるか、信じないかは別としても「商売」に利用できるのではと考える者も居るからだ。
そして今では大半が伝承と見ており、また間もなく訪れる冬を前に最後の楽しみをしようとばかりに・・・・誰もが色取り取りに着飾った魔物や魔女の格好をして町を練り歩くようになった。
もっとも聖教の私兵団だった過去を持つが今では「法の番人」として活動している聖騎士団に関しては犯罪を取り締まる為に休み無しで働いているから御苦労な話だ。
しかし、既に引退した者達から言わせれば「昔の自分」を見る事も出来るからか?
ここぞとばかりに普段は重いのに今夜ばかりは「軽い」と称して夜の町へ繰り出す老人の姿が多く見られた。
だが、そんな元気のある者だけではない。
聖騎士団の中でも所帯持ちの人間が多く住むヴァエリエ27番通りに在る然る一軒家において一人、ベッドに眠る老人がそうだ。
老人は70代で、一人でベッドで横になっているが外から聞こえる声と、明るさに懐かしさを覚えているのだろう。
この世の「見納め」とばかりに耳を傾けている。
しかし、僅かに聞こえた数十頭の馬が一斉に蹄の音を鳴らして止まったのを聞くなり静かに体を起こした。
そして枕元に置いた愛剣を手にすると部屋の真ん中に立ち、ドアを見つめる。
その様子からは聖騎士団に居た際に渾名された「昼ランプ」の面影は一切ない。
「・・・・・・・・」
老人は自宅の中に入って来た足音で人数を把握しながら愛剣の柄に手を伸ばした。
やがて足音は自分の部屋の前で止まったので老人はスラリと愛剣を鞘から抜いたが・・・・・・・・
『夜分に失礼する』
ドアから聞こえてきた声に老人は鞘から抜いた愛剣を背中にやると片膝をついた。
それに合わせてドアが開き、ゾロゾロと黒尽くめの男性が入って来た。
そして最後の一人が部屋に入って来たが、その人物に老人は深々と頭を下げながら要件を尋ねた。
「このような御時間にお越しとは何用でしょうか?」
「・・・・見舞いに来た」
老人に問われた人物は鼻まで覆ったスカーフを付けたまま答えた。
すると老人は嘆息した。
「・・・・口が硬いと評されている“宰相”も貴方の前では形無しですな」
「私が無理に聞き出したのだ。それに・・・・来たのだろ?」
「・・・・・・・・」
老人は目の前に立つ人物の言葉を聞いて黒い瞳を細めながら呟いた。
「・・・・やはり貴方様は“騎士”ですな」
「私より・・・・そなたの方が騎士ではないか」
「いいえ・・・・私は、騎士とは名ばかりの“殺し屋”に過ぎません」
貴方様達が乗って来た馬の鳴き声と足音を聞くなりベッドから起き上がり、愛剣を手にしたと老人は語った。
「光の道を歩く騎士ならば先ず相手が誰なのか見定めた後に剣を抜きましょう。ですが私は殺し屋だから“報復”と捉えました」
『・・・・・・・・』
老人の言葉に誰もが沈黙した。
それは老人と「似たような道」を歩いたから納得できたと解釈できるが・・・・・・・・
「確かに・・・・そなたは数多の汚れ仕事をした。しかし、そなたは“ただの殺し屋”ではない。そなたは騎士として全うに生きてきたと私と妻は思っている」
その妻は孫達と祭りに行っているから言伝を頼まれたと男は言い、その言伝を老人に言った。
『貴方が“奴隷”だった頃の私の為に夜道をランプで照らした件・・・・そして子供達と孫達の為にも夜道を照らし、そして手を引いた件・・・・深く礼を申し上げます』
「・・・・・・・・」
老人は何も言わなかった。
しかし薄らと瞼に光る物を見た男は片膝をついて老人の肩に手を置いた。
「私からも礼を言う。“あの夜”に・・・・助太刀してくれた件・・・・ありがとう」
お陰で私は妻を護れたと男は言うが老人は首を横に振った。
「あの夜の件は、貴方様自身の掲げる騎士道に私は感化されたに過ぎません。貴方様は、光の世界を生きる身。対して私は夜を歩く身。だからでしょうか・・・・・・・・?貴方様が私には眩しかった」
「・・・・・・・・」
「私のような男では決して届かない存在である貴方様ですが・・・・あの時は、今のように新月の夜でした。だからこそ私は、助太刀する事が出来たのです」
私以外の「2人」も同じと老人は語り・・・・最後はボロボロと涙を零しながら言葉を発した。
「あの夜は今も忘れられません。畏れ多くも“騎士王”たる貴方様が総長を務める28リッターオルデンの中に入れたのですからね」
あの夜だけが「昼ランプ」と渾名された仮初めの姿から「本当の姿」に戻れたと老人は静かに語った。
「・・・・そなたも・・・・“夜華の騎士”も・・・・“夜光の騎士”も・・・・私の騎士団の一員だ。そう冥界へ行ったら冥王に言え」
そうすれば生前の罪を裁く冥王も多少の「気心」は見せるだろうと男は語った。
「えぇ・・・・冥王は中々に“浪漫家”ですからね。きっと気心を見せる筈です」
男の言葉に老人は涙を零しながら笑みを浮かべてみせた。
「・・・・何れ・・・・冥界で再会しよう」
「はい・・・・私めは先に旅立った2人と共に貴方様が来られるのを御待ち申しております」
「・・・・さらばだ」
「おさらばです・・・・騎士王」
男と老人は互いの異名を言うと立ち上がった。
騎士王と呼ばれた男は一緒に来た男達と部屋を出て、それを黙って老人は見届けた。
そして男達が馬に跨り去って行くのを窓から見届けると再びベッドに戻り眼を閉じたが・・・・その眼が2度と開く事はなかった。
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サルバーナ王国歴1279年11月4日。
魔の行軍日から3日が経過した日・・・・しめやかに一人の老人を弔う葬式が行われていた。
その老人は聖騎士団に50年も勤めていた人物だが、当時の彼を知る人間は口を揃えてこう評している。
「昼ランプ」と・・・・・・・・
この昼ランプとは「ぼんやりした人」や「役に立たない人」を揶揄する言葉で、老人は現役だった同僚達からは声を揃えて昼ランプと称され馬鹿にされていた。
しかし、そんな昼ランプと称された老人の葬式に出席こそしなかったがサルバーナ王国の「宰相」たるデフォー・ド・ツー・デバンズが本人名義で「香典」を差し出した事が家族を含め外野を騒がせた。
だが、宰相であるデフォーが出した香典以上に度肝を抜いたのは他でもない・・・・数年前に王位を子に譲り隠居した「騎士王」の孫達と、隠居した騎士王が見せた行動である。
騎士王の孫達は昼ランプと称された元聖騎士団の老人が墓へ埋葬される道先まで火を灯したルタバガを持ち先導した。
そして隠居した騎士王は存命していた自身が指揮する騎士団を率いて墓場まで護衛した。
この一聖騎士団に所属していた騎士に対して見せた「冥途への案内人」を目撃していた聖騎士団の総長は「あのような昼ランプにも見せる慈悲深さ」と評したらしいが・・・・当世から今世に掛けて評判は最低である。
というのも騎士王の孫達がこう言い返した事もある。
『・・・・彼の騎士は幼かった我々が夜道に慣れていない事を察し率先して足下を照らしてくれた上に手を取って案内してくれた。そして御婆様を始め婦女子に誰よりも優しく、そして誠実に接した。そんな彼を御婆様は御爺様と同じく“真の騎士”と評した。彼の騎士を“昼ランプ”と称したが貴様はどうなんだ?あのような騎士の鑑とも言える者を使いこなせなかったくせに!!』
幼子とはいえ死者を敬いつつ・・・・その人物の「本当の姿」を的確に指摘する辺りは騎士王の血筋と言うべきか?
そんな言葉を直接、浴びせられた聖騎士団の総長は何も言えなかったが後日・・・・配下の部下にこう言ったらしい。
『あのような昼ランプが真の騎士など片腹痛い。やはり奴隷という賤しい身分の女を娶った王の孫だからか?実に情けない存在だ』
幼いとはいえ遠い未来の王に対し無礼な発言と捉えられるが・・・・その報いと言うべきか?
その聖騎士団の総長は数日後に行方不明となった後に・・・・年も明け、そして雪も消えかかった春先に死体となってヴァエリエ郊内で発見された。
死因は首を圧迫された「窒息死」だった。
しかし既に3~4ヶ月も過ぎた上に評判も芳しくなかった事からか?
明らかに「殺し」だというのに碌に調査も行われず早々に「犯人不明」という形で捜査は終了した。
そんな「些細な出来事」があった数十年後に・・・・この聖騎士団総長を殺した罪人が誰かと臭わせる文章が発見された。
文章を書いたのは元聖騎士団の老人を墓まで道案内した騎士王の玄孫に当たり「冒険王」の異名を取った王の近臣が残した個人日記だった。
その日記によれば老人の過去が如何なるものだったのか、確信を持っている内容だったが、深く追求するつもりはなかったのだろう。
老人と、聖騎士団の総長を殺した罪人を・・・・このように書き遺している。
「暗夜の騎士」と「冥川の渡し守」と・・・・・・・・
夜を歩いた騎士 完